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すると、その時――、




……ギャウゥゥゥン――ッ!?




後方から白炎狼達に水泡が浴びせられた。




「……ユウリッ!?」


振り返ると本来の姿を現したユウリが杖を片手に水属性の魔法を放っていた。




「私だって、これでも王立魔道士隊の隊員です。


 お一人で戦おうだなんて思わないで下さい!」


ユウリは水泡を放ちながら言った。




「……あ、あぁ、すまない」


ラーサーは『何故、馬車から出たんだ?』という言葉を呑み込み、白炎狼達に向き直った。


ユウリが水泡をぶつけているお蔭で白炎狼は後退りしている。




ラーサーは雌の白炎狼に斬り掛かった。


肩口をラーサーの剣が掠め、地面に倒れ込む。


そのまま止めを刺そうとしたが、雌の白炎狼が傷を負った事で雄の白炎狼がラーサーに飛び掛って来た。


盾を使ってかわしながら後ろ足を斬りつけたが、同時に炎を左腕に吐き掛けられてしまった。




「ラーサー様っ」


ユウリは直ぐにラーサーの左腕の火傷を治療しようと魔法の詠唱を止めた。




水泡から逃れた雄の白炎狼が攻撃の矛先をユウリに向け、炎を吐き掛ける。


ラーサーはその背中を斬り付けた。




……ギャウゥゥゥ――ッ!




「ユウリッ!?」


ラーサーがユウリに視線を向けると彼女は白炎狼の炎を微かに足に受けたものの、


上空に飛んでかわしていた。


しかし、目の前では地面に崩れ落ちながらも尚もまだ炎を吐き出そうとしている雄の白炎狼が


上空のユウリを睨み付けていた。




(これも大切な人達を守る為……、すまないっ!)


ラーサーは雄の白炎狼の左胸に思いっきり剣を突き立てた。




そして、まだ息のある雌の白炎狼に向き直ると、肩に傷を受けている所為で動けずにいるものの、


雄の白炎狼を殺され、その眼はラーサーを睨み付けていた。




ラーサーは一瞬、止めを躊躇った。




その隙を突いて雌の白炎狼がラーサーに渾身の力で全ての物を焼き尽くすかのような紅蓮の炎を吐き掛ける。


だが、上空からユウリが水属性の高位魔法を唱えた。


杖の先から暴れ回る水龍が紅蓮の炎を打ち消していき、雌の白炎狼を呑み込んで止めを刺した。




「……ごめんね」


ユウリは雌の白炎狼の前に下り立つと静かに言った。




「ラーサー! ユウリ!」


二匹の白炎狼が息絶え、エマが馬車を降りて駆け寄って来た。


ジョルジュも続いて飛んで来る。




「二人共、大丈夫?」


エマが心配そうな顔をする。




「あぁ、平気だ」




「私は大丈夫ですが……ラーサー様、左腕を……」


ユウリは白炎狼の炎を受けたラーサーの左腕に視線を移した。


ラーサーの真っ白い鎧の左腕が焦げ付いたように黒くなっている。




エマがラーサーの籠手を外す。




「え……?」


ユウリはラーサーの左の手の甲から手首の上にかけて薄っすらと火傷をしている腕を目にして驚いた。




「あんなに激しい炎を受けたのに……ラーサー様は普通の方より火の耐性がとても高いのですね?」




「あぁ……、そうかもしれないな」




「……普段から鍛えてるからじゃない?」


エマはラーサーの籠手の焦げ付き方と腕の火傷を見比べて言った。




「でも、思ったより軽い火傷で良かったです」


そう言いながらユウリはそっとラーサーの左腕に触れ、火傷を治した。




「凄い……ユウリ」


エマは目の前でラーサーの火傷をいとも簡単に治したユウリの能力に感動していた。




「エ、エマさんは……こんな私の姿を見て、驚いたり、怖いとは思わないのですか?」


エマの反応に驚くユウリ。




「どうして?」




「だって……セシルのような普通の有翼人はとても綺麗な純白の翼ですけれど、


 私は……見ての通り真っ黒なカラスみたいな翼ですし、目の色も魔族と同じ紅い色です……」




「ユウリは自分の姿をちゃんと鏡で見た事はある?」


すると、エマが笑いながらそんな事を言った。




「え?」




「私、ユウリはとても美しい姿をしていると思う。普段の姿もだけど、本当の……今の姿も綺麗よ?


 だって、私達人間からしてみれば翼を持っている事だけでも凄い事だし、


 もちろん、真っ白な翼も素敵だけれどユウリの翼も素敵だと思う。


 黒ってね、どんな色にも染まる事はないでしょ?


 それだけ強いものを持っている証拠だと思うの」




「エマさん……」




「それより、ユウリも足に炎を受けていたようだけど、大丈夫?」




「はい、私は半分魔族だから元々火の耐性が高いので、あの程度の炎が掠った位でしたら全然平気です」


ユウリはそう言って笑うと、二匹の白炎狼の屍に目をやった。




「夫婦だったのかもしれないですね?」




「そうね……ラーサー、この白炎狼の亡骸はどうするの?」




「普通の狼ならこのまま放っておいてハイエナにくれてやるところなんだが……、


 白炎狼は毛皮や肉が高く売れるから持ち帰って国王様の指示を仰ごうと思うんだ。


 だが、流石に俺一人では持ち帰るのは無理だから一度城に戻って、


 後でまた団員達と一緒に引き取りに来ようと思っている」




「それでしたら、私が急ぎ城に戻ってクレマン様に知らせて参りましょう」


そう口を開いたのはジョルジュだった。




「そうしてくれるとありがたい。宜しく頼むよ」




「はい、畏まりました。ラーサー様達はこのままここでお待ち下さい」


ジョルジュはそう言って大きく羽ばたき城へ向かって飛んで行った。






そうして、三人でジョルジュを見送った後、


「あれは……」


ラーサーが白炎狼の亡骸の少し先に何かを見つけた。




「ラーサー?」


エマとユウリが首を捻る中、ラーサーがその“何か”に近寄って行った。




すると、一人の男が仰向けに倒れていた。


三十代前半の見たところ農家の男だろうか?




「っ!?」


ラーサーが慌てて駆け寄ってみると胸に深い引っ掻き傷があり、傍らには白炎狼の子供の亡骸が横たわっていた。


その亡骸には数本の矢が刺さっており、男が弓と矢筒を背負っている事からして白炎狼の子供を仕留めて


亡骸を持ち帰っているところを親の白炎狼が追い掛けて来たのだろう。




ラーサーは男の手首を取り、生死を確認した。


「……っ? 生きてる」


男は奇跡的にまだ息をしていた。




「ユウリ! 来てくれ!」




「はい」


ラーサーに呼ばれ、ユウリは急いで彼の所まで翼を広げて飛んで行った。


エマも後を追い掛ける。




「相当の深手を負ってはいるが、まだ息があるんだ。治してやってくれないか?」


少し早口で言ったラーサー。




「はい」


ユウリは返事をしながら杖を男に翳した。


胸の傷が見る見る塞がっていくのに比例してラーサーとエマの目と口が開いていった。




「……う、う……」


男はまだ完全に塞がっていない傷が痛むのか意識が戻ると顔を顰めながら身を捩じらせた。




「もう少しですから、動かないで下さい」


ユウリが優しく男に言う。




そうして、胸の傷が完全に塞がると男がゆっくりと目を開けた。


「うわぁっ!?」


ユウリの姿に驚いて一気に目を見開く。




「こら、命の恩人に対してその反応はないだろう」


ラーサーがムッとした口調で言う。




「大丈夫です、ラーサー様。こういう反応は慣れてますし、予想はしてましたから」


ユウリは苦笑いした。




「“命の恩人”って……あ、あんたが……俺を助けてくれたのか……?」


ユウリの姿に目をパチパチさせながら男が口を開いた。




「ユウリの癒しの力がなかったら、お前はこの世にいなかっただろうな」


ラーサーがそう言うと、男は改めて今、自分が置かれている状況を把握しようと辺りを見回した。




「あ、あの白炎狼……っ、あれ、あんた達が倒したのかっ?」




「まぁ……そうだが……もしや、其処の白炎狼の子供を仕留めたのはお前か?」




「あぁ、そうだ。白炎狼は金になるって聞いたから、親は無理だけど


 子供ならなんとかなるかもしれないと思って森の奥まで行ってみたんだ。


 そうしたら、其処のちっこいのがうろうろしててさ、周りを見たら親が一緒にいなかったから


 弓で仕留めて持って帰ってたんだよ。


 そうしたら、いつの間にか親が二匹揃って追っ掛けて来てて、


 振り返ったところを襲われたんだ……で、気が付いたらあんた等がいたって訳だ」




「お前は運がいい奴だ……」


ラーサーは呆れたように言うと今度はキッと男を睨み付けた。




「な、なんだよ……?」




「白炎狼は元々むやみに人間を襲ったりはしない動物だ。


 それに仲間意識がとても強い動物だから自分達の家族や仲間が襲われた時は


 襲った相手をとことんまで攻撃する。


 だからお前が子供の亡骸を持ち去ろうとしていたところを襲い、其処へ俺達が通り掛った。


 白炎狼は俺達の事をお前の仲間だと思ったんだろうな。


 今回はたまたま俺達が通り掛って運良く倒せたから助かったが、もし通り掛るのが遅かったら、


 お前は胸の傷だけじゃなく、首を噛み切られてるか炎で丸焼きになってるところだろう。


 それに、運良く子供の亡骸を持ち帰る事が出来たとしても、親が子供とお前の匂いを辿って、


 町まで追い掛けて行って暴れ回り、町中の人々を襲っていただろうな。


 そして、原因を作ったお前はたくさんの人達から恨みを買って弔って貰う事もないだろう」




「そ、そんな……大袈裟な……」


男はラーサーの言葉に顔を引き攣らせた。




「だいたい白炎狼の毛皮と肉が何故高いのか、考えればわかるだろう?」




「そ、そりゃ、まぁ……」




「このランディールの森には、この親子の白炎狼三匹しか住んでいなかったようだな。


 他にもいれば、きっとその全てが此処までお前を追い掛けて来ていただろう」




「じゃ、じゃあ……もう、この子供の白炎狼の亡骸を持って帰っても襲われないんだよな……?」


男が不安そうに言う。




「あぁ、白炎狼にはな。だが、今度は賊が襲って来るだろう。


 何せ大金をぶら下げて歩いているようなものだからな」




「えぇっ!?」




「心配するな、もうすぐ親の白炎狼の亡骸を引き取りに仲間が来るから、


 そうしたら町まで送ってやる」


ラーサーはそう言うと軽く溜め息を吐いた。




「ラーサーってお人好しねー? お金目当てで死に掛けてその上、


 私達に巻き添えを食わせた人にそこまでするなんて」


エマは苦笑いした。




「ただの金欲しさで白炎狼を捜しに森の奥深くまで来るとは思えないからだ」




「おじさん、どうしてそこまでしてお金が欲しいの?」


エマが男に訊ねる。




「実は……お袋が過労で倒れてしまって……うちには小さな子供が三人もいるし、


 その上、一昨日双子まで産まれて……。


 嫁さんもまだ働ける状態じゃないし、親父はもう死んでていないし……。


 畑もこの間の台風で駄目になっちまったし……」


情けない声で男が理由を話し始める。




「昔、友達とよくこの森に野兎とか狐とか狩りに来てて……、その時よりは腕は落ちてるだろうけど……、


 もうこれしかないと思ったんだ……」




「だからって、こんな危険を冒すなんて……もう少しで大切な家族に二度と会えなくなるところだったんだぞ?


 何か困った事があるなら城の方へ相談に来るよういつもランディール国王様が仰っているだろう?」




「だって……台風被害の後処理も城から兵士がたくさん来て手伝ってくれたしよ、


 これ以上は甘えちゃなんねぇと思って……」


ばつが悪そうに俯く男。




「そりゃ、自分でなんとかしようとした努力は立派だが、後処理を手伝っただけでどうにかなった民もいれば、


 お前みたいにまだ泣いている民もいる事は事実だ。


 その泣いてる理由が少しの手助けでどうにか解決するなら、どうにかするのも俺達王立騎士団の大切な仕事なんだ」




「……へっ? 騎士団っ? あ、あんた達、王立騎士団の人なのかっ?」




「私はただの侍女だけど、この二人は王立騎士団の騎士と王立魔道士隊の魔道士よ」


エマが今頃気が付いたのかと言わんばかりにクスクス笑いながら言った。




「さっき……あんた、この人の事を“ラーサー”って呼んでたよな?


 て事は……ま、まさか……王立騎士団副団長のラーサー=シルヴァン様かっ?」


男は声を上擦らせながらエマに訊ねた。




「そうよ」


エマがにっこり笑って答えると、


「噂には聞いていたけれど……こんなにお若いとは……」


男はラーサーの顔をマジマジと見つめた。




「噂って……」


ラーサーが恥ずかしそうに視線を外す。




「『王立騎士団の副団長のラーサー=シルヴァン様はすごく腕が立つお方だ』って


 城下町じゃ専らの評判ですよー。


 いやぁー、なるほど確かにお強い……だって白炎狼二匹を同時に相手にしても倒してしまうんだから」




「いや、これはユウリがいたから倒せたんだ。彼女の援護がなかったら今頃俺も死んでいた」


ラーサーは照れ臭そうにユウリに視線を移した。




「そういや、あんた……」


すると、男はユウリに視線を移し、


「この森に住んでいる女の子か?」


と、言った。

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