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第8話 戦 (前編)

ゴブリン。

ファンタジー小説や映画で登場する生物。この世界でもそれは例外ではない。

小学生ほどの背丈に緑色の皮膚。腰には申し訳程度に腰巻を巻いており、鋭い目つきとキバ、尖った耳がエルフ族のそれと似通っており、一部の学者がエルフ族の親類種と持論を展開したところ、凄まじいバッシングを受けたという。

それほどまでに嫌われる理由のひとつとして、その繁殖力と生存能力の高さが挙げられる。

ゴブリン種は多産であり、1匹のメスから5匹~10匹の子が生まれる。

妊娠期間も半年と短く、赤子から大人の大きさになるまで2年もかからない。

一方で他の肉食生物の補色対象になることが多く、通常ではあまり脅威になりえない。

何らかの外的要因で生態系が崩れない限りは。


ゴブリンは雑食である。食べることができそうなそうなものはなんでも食べる。動物の死骸でさえも。そしてその遺体が残した骨などの鋭利なものを加工して武器を造り、また他の動物を襲う。

そうした生態が解明されてからはより一層嫌悪される存在となったのである。





戦端は前触れもなく開始された。

森に最も近い家に登っている家族が矢を射始めた。だが、まだ森から姿を出したばかりで距離のあるゴブリンにはまるで当たらない。


《指揮者もいないし、一斉射撃しないと効果薄いでしょ。》


詩はそう言って呟くが、どちらも村人には酷は要求だ。指揮者がいないのはもちろんそうだが、家の強度が弱いため、皆でまとまって屋上に登ればたちまち底が抜けてしまう。


先頭に立って向かってくるゴブリンに1本の矢が刺さる。後続が次々と押し寄せてきているため、止まることは許されない。肩に刺さった矢に痛みを感じ、ギギッと醜い声を上げるもその歩が緩まることはなかった。


アキもその様子から目が離せない。

弓矢に長けたリリやナディアは既に矢を放ち始めており、長距離にもかかわらず一撃でゴブリンを仕留めていた。

アキは逸る気持ちを押さえられない。戦場の空気がアキの冷静な思考を食い散らかしていた。

思わず弦を引き縛り、適当なゴブリンに狙いを定める。


<…待って。まだ早い…>


ディラの声がアキの耳に届く。その声で少し冷静さをとり戻し力が緩む。


《ったく、せっかちな男は女にモテねえぞ。》


語彙力が増してきた詩の言葉に苛立ちを覚えつつも、その真意に気付いたアキはその言葉に素直に従う。「本当に年下なんだよな…。」などと考えてしまう。

以前聞いた話によると、詩は20歳で、ディラは17歳で前の世を去っている。アキよりも遥かに若い。昔の人の人生経験の密度には脱帽する思いのアキだった。



<…今!!…>


などと考えているとアキの射程にゴブリンが点在し始めていた。ゴブリンの足は決して速くない。ディラの声に従いアキは落ち着いて狙撃を開始する。


プギャ!


アキの放った矢はゴブリンの喉に命中し、即座にその命を奪う。命中と絶命したのを確認することもせず、直ぐに次の矢の準備をするアキ。一度峠を越えてしまえば2度目からは落ち着いて対処できた。

その様子を横で見ていたリリは感心すると共に驚きを隠しきれない。


(この子、初めての戦闘だろうに。一体どうなっているの。)


隣の家の屋上で、強弓を引き唸るような矢の音を立てているパザンも同じであった。


(ったく、怪童ってのはリリさんとこのガキのためにある言葉だな。)


自分の孫に目を向ければ頭を抱えてうずくまり泣いている。これが普通のガキだろうがと思いつつもパザンはさらに矢を放つ。



村はゴブリンで埋め尽くされていた。それぞれの家に群がるゴブリン。数百ものゴブリンが殺到している。飢えているのであろう。息絶えた仲間に皆目も向けない。

食糧は皆屋上に持って上がっているし、食糧になりえる人もみな屋上である。


いくつかの家は屋上に登る際に使用した梯子をそのままにしてある。そうしておけばゴブリンはその梯子を使って登ってくるので、迎撃しやすいのだ。パザンの家もそうであったが、既にゴブリンの数が多すぎて梯子を破壊している。







戦闘が始まって15分が経とうとしていた。矢を放ち続けたリリたちの手は血豆がつぶれて真っ赤に染まっている。矢の数も無限ではない。矢筒の底も見え始めた。


他の家では、折り重なったゴブリンの死体を足場に何体かのゴブリンが屋上に登ろうとしていた。剣や槍に武器を持ち替え、戦闘している村人もいる。


さらに戦闘は続いていく。アキの矢は既に尽きていた。アキは短剣に持ち替えるとパザンの家の上に飛び移りパザンの援護をする。


「はぁはぁ…。悪ぃな。坊主…」


「…はぁはぁはぁ」


返事をする気力すらアキには無かった。時折薬屋の様子を窺い、自分の家族の安否を確認するのが精いっぱいである。


ふぇぇぇぇぇぇん。


足元で泣くパダイがいる。パダイの母親はパダイを抱きしめ剣を片手に周囲を警戒している。アキは仕方がないことだと理解しつつも、少し鬱陶しくも思っていた。

もはや心に余裕が無かったのだ。

と、薬屋の屋根の縁に緑色の手がかかるのを見つける。

リリもナディアも矢をいることに夢中で気付いていない。


(まずい。)

アキは空気中の水分に自分の魔力を放出させ、混ぜ込む。そして分子運動を緩やかにさせると短槍の形を形成すると、そのまま投擲する。

精霊魔術に分類される魔法だ。



戦闘が始まってから、薄くではあるがアキは自分の体に身体強化魔法をかけ続けている。体を巡る魔力を増幅させ留めることで、筋肉の強度や血流の速度、骨密度を上昇させる魔法である。後遺症がでないように、リリの指導の上、十分に魔力を絞った魔法であるが、長時間使用すれば神経もすり減り、精神的な疲労はかなりのものであった。



そのうえで集中力を必要とする精霊魔法を放ったのだ。アキの目からは光が消えかかっていた。


《アキ、よく聞きな。このままではアンタぶっ倒れて殺される。アタイらもそれは嫌だから。村に伝わる奥義の一つを今教える。いいね!》


アキは返事すらできない。




《いいか。今アンタは心も体も限界だ。だがまだ技をつかうことはできる。現に今もゴブリン1匹斬り殺したしな。》


早くしろよと文句を言いたくなるアキ。そんなアキに構わず詩は続ける。




《技の極だ。いいか!動き回るな!余計疲れる。散々アタイが痛めつけてやったろ。思い出せ。常に相手の出方を窺え。観察しろ。放っておいても向かって来てくれる敵さんだ。四肢か急所のみを狙え!武器を合わせるな!いいな。そうすりゃお前流の技の奥義にたどり着く。以上!》




相変わらず雑な説明をする詩。こんな場面でも自分を崩さない詩の姿勢に少しだけ励まされるアキだった。


それからアキは動きを止め、敵の様子だけに集中する。


屋上に登って来る敵は薬屋を合わせてもせいぜい10秒に1匹。登ってくるまでは一切手出しせず、敵の投擲物だけに注意を払う。

幸いこのゴブリンの投擲物はせいぜい小石程度のものであるし、速度も大したことはない。見てからでも十分避けることができた。


また一匹登ってくる。薬屋の上だ。


アキは剣を体の正面に構え、飛び移る勢いを利用してゴブリンを串刺しにする。返り血を浴びぬように体をひねり、目の前で息絶えたゴブリンが手放した石包丁を空中で掴むとそのまま下にいるゴブリンに投げる。



突き刺さった短剣を抜き、死んだゴブリンの下あごを手で支えると、そのまま更にこれも別のゴブリンの頭に向けて目いっぱいに投げたのだ。

直ぐに頭蓋骨同士がぶつかり砕け散る音が聞こえる。


パルルークと同じ、最小の動きで最高の結果を導くアキなりの戦い方だった。




パザンと薬屋の屋上には十数体のゴブリンの屍があった。

そのほとんどはアキが始末したものである。

下で騒いでいるゴブリンの数もかなり減っていた。



パザンはその様子を見て事態が沈静化したことを確認した。



凄まじい轟音を聞くまでは。


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