第6話 肉とガキ
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冬を越え年が変わり3の月になる。
先月アキは誕生日を迎え4歳になった。
今日アキはナディアと共に大森林に入り狩りを行う最初の日である。
この1年間魔力操作の訓練を行い、先月の誕生日にリリから魔法の自由使用許可を得たのだ。
「母さん、早く行きましょう。」
昨夜から準備しておいた狩りの道具を握りしめ、まだ家の中で準備しているナディアを呼ぶ。
ナディアはしばらくするとリリと共に姿をみせる。
「ナディア、アキのことを頼みましたよ。」
「はい。リリさん。お任せください。」
2人はリリに挨拶を終えると、森に入って行く。
大森林はその木々の多さと高さから昼間でも薄暗い。加えて足元は草が生い茂り、所々ぬかるんでおり、相当に熟練した狩人でもない限り奥には進まない。いざというとき全速力で逃げることが出来ないからだ。
そんな大森林を2人の親子が凄まじい速度で分け入っていく。アキとナディアである。
アキはこの1年で魔法による身体強化術をマスターしており、魔法を使えば獣人族にも匹敵する身体能力を発揮することができていた。
さらに、夢の中では詩にせがまれて、詩による、詩のための、詩のアスレチックスパークになぜかアキがチャレンジさせられており、リアルサスケと言わんばかりに人体改造されていたのだ。
アキとナディアが森の上を走り続けてからしばらくすると、前方走っていたナディアが手を挙げアキに停止を促す。
ナディアの表情は真剣そのものであり、普段の言動からは想像できない迫力がある。
「下におりるよ。」
そっと耳元で呟いたナディアに従い、アキたちは地面の上に降り立つ。
「アキ、これ」
ナディアが指さした場所には泥に10cmほどの足跡が型どられていた。
「猪だよ。まだ新しい。」
ナディアお手製の弓に、パザン特注の矢を番えアキは準備する。
「風下から追うよ。」
ナディアを先頭に足跡を追跡するが、ナディアは後ろをついてくるアキの足音の小ささに驚く。
(リリさんが特別だって言うのもわかる気がするにゃ。)
もちろん詩の趣味がもたらしたものだが、既に無意識に仕込まれているアキは自分の足音など気にしてはいなかった。
ナディアがそんなことを考えていると、獣の臭いが強くなり始める。
(近い。)
アキを近くに寄せ、決して離れないようにすると猪の姿を拝むためにゆっくりと索敵を開始するナディア。
直ぐに猪を発見する。
距離にして50mほど。ナディアはアキに弓を引かせると同時に自分も弓を引く。今回の狩りはアキの実践練習という一面もあるが、単純な食糧確保という意味もある。
2mはありそうな目の前の獲物はなんとしても逃がせない。
「アキ、自分のタイミングで放しにゃさい。」
ディアとナディアに散々教わった弓術。アキが今までに射た矢の数は夢の中まで数えると一万を超えている。体が全てを教えてくれる。
シッ!!
アキが矢を放つと、続けて直ぐにナディアも矢を放つ。
2人とも2の矢の準備に取り掛かるが、今回に限ってはその矢は必要なかった。
アキは目の前に横たわる猪を見下ろす。ナディアにナイフを手渡され、血抜きをするために首元の刃を突き立てた。今までに魚釣りなどでした行為とは桁違いの罪悪感に襲われる。
だが、森の中でいつまでも血の匂いをつけたまま留まる訳にいかないというナディアの言葉に急いで吊るして血抜きを終える。
猪を近くにあった太めの枝にくくり付け、ナディアと2人で担いで持って帰る。
血の匂いを隠すため、リリ特製の薬湯を猪にかけているが、帰路の危険度は往路とは比較にならない。
ナディアの顔も緊張で強張っていた。
結局、行きにかかった3倍の時間で村に到着する。
太陽が顔を出し、急に気温が上がったように感じる。
「よく頑張ったね。アキ。」
猪を下すとナディアは、アキにそう語りかけアキは緊張が解け腰を抜かしてしまうのだった。
ナディアからアキは獲物の解体の手ほどきを受け、解体を終える。
切り取った猪肉は村の皆にお裾分けすることになった。
普段お世話になっているパザンに矢のお礼も兼ねて猪肉を持っていくのはアキの役割だ。葉に包んだ大きい肉塊を持って村の反対側にあるパザン宅に向かう。
「おい!人族が来たぞ!」
罵るような声と共に、アキに石が投げられる。アキは頭だけを振り石を避け、飛んできた方向へ視線を向ける。
3人のネコ人族の子らと1人の象人族の子がいた。どうやら象人族の子がネコ人族の子にいじめられている場面にアキは遭遇したようだ。4人ともアキは知っている。
パザンの孫のパダイ。
ネコ人族の三つ子、カカ、タタ、ヤヤ。
皆、アキと同年代の子供たちである。
石を避けられたことに腹を立て、1人のネコ人族の子が再度石を投擲する。アキはこれも上半身をひねって難なく躱し、集団の元へ歩を進める。
「な、なんだよ。汚らわしい人族が!!」
三つ子の1人がアキを罵倒する。少しイラッとするアキであるが、所詮子供の言葉であるし、今は肉で両手が塞がっている。相手取るのも面倒だった。
「何とか言えよ!!人族!!」
ネコ族の子らの暴言は止まらない。獣人族の子はこの年代になると体が大きくなり、力がつくことで増長することが多いのだとアキは以前リリから聞いていた。一次反抗期かな。などとアキは思っていたのだが、目の前のガキどもは正にそうである。
「パダイ。立てる?」
パダイを見るに怪我こそしているものの重篤なものではないと判断したアキはそう言って促す。
「う、うん。」
象人族特有の大きな体がパダイにはすでに現れており、身長はすでに150cmを越えている。アキよりも20cmは高かった。しかし、パダイの声は体格に似ずにとても小さく、その性格をそのまま表現していた。きっとこの性格で苦労しているんだろうな。とアキが考えていると、
「おい!!無視するんじゃねぇよ!!」
と、アキに殴りかかってくるネコ族の子。アキは足を残しつつも体を反らしてその拳を避ける。足に引っかかった子どもは派手に転んだ。結構な勢いで殴りかかったのだろう。
「「あぁ、タタっ!!」」
転んだ子に心配そうな声をかける2人。あぁ、その子がタタなんだ。とやっと1人目の見分けがつくアキ。この三つ子は本当に見分けが付きにくい。
「パダイ、帰ろう。」
ワンワンと泣くタタを他所にアキはパダイを連れてパンザの家に着く。
「パザンさ~ん。こんにちは~。」
ドアをノックし、パンザを呼ぶと奥からドカドカドカと大きな足音を響かせながらドアを開けパンザが顔を出す。
「お~、坊主。どうしたなんか用か?おっ、パダイどうしたその怪我!!」
「ちょっと転んじゃったみたいで。手当してあげてください。後、これ、今日狩りに行って猪を仕留めたんです。パザンさんの矢のおかげなので、これはお礼兼お裾分けです。」
事前に決めていたセリフをつらつらと並べるアキ。すっと肉を差し出す。
「そうか悪ぃな。感謝するぜ。パダイ、母ちゃんに薬塗ってもらえ!」
「う、うん。アキくん、ま、またね。」
「パダイ、またね!」
パザンは孫に家に入るよう促すと、パダイはアキにバイバイをして姿を消す。残ったパザンはアキに言葉を続ける。
「で?喧嘩か?」
「はい。そうです。実はですね…。」
パザンは90歳を迎える生き字引だ。アキもパザンを騙せると思って嘘を付いた訳ではない。事のあらましをパザンに伝える。
「そうか…。世話かけたな。」
「いえ、じゃあボクはこれで」
そう言って帰宅するアキ。アキの後ろ姿を見ながらパザンは呟く。
「くっくっく。本当に気色の悪いガキだな。」
明らかに年不相応なアキに原因があるのだが、パザンの浮かべる表情に悪しきものはうかんでいなかった。