第5話 魔力とは
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この村では四季はあるものの、1年は16カ月に分割され、春夏秋冬はそれぞれ4カ月ずつ、1カ月は30日とわかりやすい日数計算を行っている。時計という概念はなく、日の
昇り降りがその日の生活を左右していた。
日本のように春に桜、秋に紅葉といった季節特有の風物詩がこの村にはなく、単純な気温の変化と木々の色の移ろいだけが四季の判断基準となる。アキは寂しさを感じつつも、幼児での生活にも慣れ、8の月の今日、アキの日常に新しい項目が追加されていた。
朝起きるとリリに挨拶をし、外に出て顔を洗う。
母親を起こしに行くも断念し、リリとバトンタッチ。
どこかしら痛々しい姿のナディアを加えての朝食。
リリにいってらっしゃいをした後は、朝食後の睡眠と夢の中で詩やディアの武芸のお相手。
お昼になると、一時戻ってきたリリと3人で昼食。
お昼からはリリに同行して薬屋で修行を行っていた。
夏真っ盛りのこの村では流石に人の姿は少なく、各々の家で洗濯物を干す家人以外は皆日陰で休憩を取りながら農作業などの仕事に励んでいる。
当然薬屋は今日もお客はいなかった。お客は。
「リリさん。今日も暑ぃな~。仕事になんねえよ。」
大きな声で大きな図体を弾ませながら店に入ってきたのは隣で金物屋を営んでいるパザン。象人族の老人でリリと茶飲み友達の大柄の人物である。大きなゾウ耳がいつも扉につっかえる。象人族はゾウ耳しか獣人族としての特徴がなく、象鼻や象牙がないのを残念に思ったのが、アキの第一印象であった。
昼を過ぎ気温が最大になるこの時間帯に鍛冶などできないとほぼ毎日、パザンは比較的涼しいリリの店に涼みにやって来る。
「おっ、坊主。精がでるな。そんなに頑張って倒れんなよ!」
リリが働いていない訳ではないが、この村の人口は100人程度。来店するお客も限られている。リリもパザンも趣味程度にしか店をやっていない。そんな中アキはリリから指導や投薬されていない時は、暇を持て余し薬品の整理整頓ついでに勉強しているのだ。
「パザンさん、こんにちは。師匠呼んできますね。」
「勝手に座って待ってっから、そんなことせんでいい!」
パザンの声は低く、腹に響く。裏で調合しているリリが気付かないはずもないのだが、アキの社交辞令はガサツな村人たちには痒くなるものがある。
この村で唯一の人族であるアキ。獣人族と人族の確執は深く、通常ではどちらかがどちらかを受け入れるというあり得ないことがこの村では起きていた。
村の顔役であるリリの孫兼弟子という名目とアキが彼らを差別しないこと、アキ自身の人当たりの柔らかさ、そしてナディアの過去と背景。若干名はまだ受け入れきれてないもののアキはこの村の一員として皆に認識させていた。
「あら、パザンさん、いらっしゃい。」
リリが奥から顔をだす。リリの田舎に似合わぬ上品さはひそかに村の老人の中で人気の的である。
「リリさん、お邪魔しとるよ。」
リリはパザンが座っている椅子の隣に腰かけると世間話を始めた。これは長くなるなと判断したアキは「師匠、傷薬調合しておきます。」と了解をとり、奥の部屋で調合を始める。
傷薬の調合の過程は難しいものではなく、大森林の入り口に繁殖している白い薬草に綺麗な水を加え、すり潰しながら自身も魔力を限界まで注入し馴染ませるというものである。
魔力操作の修行の初期としては、珍しくない方法の1つでアキは最近やっと1人での傷薬の調合を許可された。アキはすり鉢に材料を投入すると、手順を思い出しながら作業を開始する。
アキがリリに弟子入りした翌日から早速、修行は開始された。基本となるのは魔解薬の投与。安全のため、通常よりも濃度を薄めたものを複数回に分けてアキに投与する。全部で10回の投与の予定だったが、7回を終えた時点でリリには違和感があった。
(おかしい。そろそろ魔力が飽和して拒絶反応がでても不思議じゃないのに。)
魔法の適正には当然種族内でも個体差があり、監督者のもと、魔解薬の投与量は調整される。しかし、体も心も未熟なはずのアキがこの量を摂取しても反応を示さないのは十分に異常と判ずるに足る事例だった。
(やっぱりこの子は特別な子なのかしら。)
既に8杯もの液体を飲み干し満腹気味のアキは先ほどから顎に手をかけ考えこんでいるリリに話かける。
「師匠。どうかしたのですか?」
アキの声にはっとなったリリは自分の考えと伝える。
「アキ、あなたの魂の容量はどうやら他人よりも大きいみたいなの。つまり魔解薬の量が少なかったみたい。ちょっと量を増やすから、少しでも異変を感じたら教えて頂戴。」
《そりゃあたいたちがいるからね。人よりも大きくないと困るってもんよ。そりゃ!!》
<…………………………………………………………あっ!!!>
最近、アキが起きている間は暇を持て余している2人組はテレビゲームにはまっており、脳内ではディラの運転するゴーカートが詩から青いトゲの付いた甲羅をぶつけられていた。
「師匠、胸が苦しくなってきました。」
「そ、そう。わかったわ。ここが限界のようね。」(なんてことなの……。)
アキから了承を得たリリは投与濃度を上げ投与量を増やし、遂には人族平均の4倍近い量をアキは飲み干すことに成功した。想像しえなかった事態にリリは先ほどから平静を保つことで精一杯であった。
魔力と融和したアキは体中に流れている魔力を感じていた。
(ファンタジーの世界だな。)
などと、ニヤニヤした表情を隠しきれないでいると、リリから声を掛けられる。
「これから少しずつ魔力の使い方を教えていくから、絶対に1人で魔力を操作したらダメよ!」
「はい。」
リリの少し厳しい口調にアキは素直に返事を返す。
すると、アキの頭にそっと添えられる手があった
「厳しいことばかり言ってごめんね。」
そんなことを思い出しながらリリとパザンが談笑している声をバックミュージックにアキは1人で調合を続ける。
日が傾き始め、空に赤みが付き始めるとリリと共に薬屋を閉めアキは帰宅の途に着く。自宅が見えたころにアキたちを呼ぶ声がする。
「アキ~。リリさ~ん。おかえりにゃさ~い。」
洗濯物を取り込んでいる最中のナディアがいた。2人に向けて大きく手を振っている。リリのお気に入りのブラウスが大きく宙を舞っている。手を振るスピードが速く洗濯物の束からこぼれたのであろう。
「わ、私のブラウス…」
夕日に映える2人の影が離れていく。早足になって家に向かうリリと家に着くのを遅らせようと歩く速度を遅らせるアキがいた。
第1章ではどうしてもほのぼの回が多くなります。2章、3章から戦闘や戦争といった回があります。タグからジャンプしてきた方々には申し訳ないですが、ご了承ください。