第37話 『銀翼の天使』
「いつまでも逃げられると思うなよ!!」
飛行して逃げる『純白の復讐者』を追跡する『大地の戦乙女』の土の戦艦。
氷結した湖のほぼ中心に到達した所で『純白の復讐者』が空中でホバリングしてこちらに向き直る。
「とうとう観念したか?それではここで貴様に引導を渡してやる!」
甲板上から啖呵を切る『大地の戦乙女』。
「ウフフフ…やれるものならやって御覧なさ~い?」
再び土の戦艦の一斉攻撃が始まった。
弾幕の文字通りの空を埋め尽くす勢いの砲撃。
だが『純白の復讐者』もただ逃げ回ってばかりでは無い。
『ジェットストリームスパイラル』を的確に船体や砲台に当てて来る。
少しずつ削られていく土の船体。
前方で激戦が繰り広げられている裏で『森の守護者』が『吹雪の訪れ』の治療を終えた所だった。
「ありがとう…助かったわ」
「しっかしアンタも無茶するね~死んじまったらアタイでも治せないんだからね?」
呆れ顔の『森の守護者』。
「あの化け物があまりにも許せなかったから久し振りに頭に来たのよ」
「ハハハ…!アンタとは仲良くなれそうだよ!!」
バンバン!!と『吹雪の訪れ』の背中を叩く。
「…ちょっ…痛いって………えっ?」
『森の守護者』に苦情を言おうとしたその時、彼女はある違和感に襲われた。
これは以前感じた事のある感覚…地下、いやこの場合氷の下になるが温度が急激に上昇しているのだ。
「しまった!!マトイ…!!今すぐこの船を陸に向かって動かして!!全速力で!!」
戦闘中の『大地の戦乙女』を怒鳴り付ける。
マトイとは『大地の戦乙女』の本名の様だ。
「…何を言ってる…!?」
ちらりと横目で『吹雪の訪れ』を見やる彼女。
その様子を見て『純白の復讐者』がニタニタと嫌らしい笑みを浮かべている。
「…何が可笑しい?」
不機嫌そうに彼女を睨みつける『大地の戦乙女』。
「フフフ…これが笑わずにいられますか…あなた達はまんまとアタシの罠に嵌っているのよ~ん?」
「抜かせ…!!……何だ?!」
言うが早いか急に土の戦艦が傾き始める。
艦が乗っている氷の湖面がひび割れ船体が見る見る沈んでいくではないか。
「アハハハハッ!!アタシはただ湖の中心に向かって逃げていた訳では無いのよ?ここまでおびき寄せてから船を沈めればあなた達はどこにも逃げ場がないからね~!!」
「…クソっ!!謀られた!!」
土の戦艦は文字通り土で出来た舟だ。
舟とは謳っているが水に浸かると船体が溶け出し沈んでしまう。
しかもこの氷のひび割れは『純白の復讐者』が『テンパレーター』という魔法で引き起こしたものだ。
液体なら融点ギリギリの冷水から煮えたぎる沸騰まで自在に温度を操れる代物なのだ。
現に船が沈みかけているクレバスからはおびただしい量の蒸気が噴出していて、触ろうものなら大火傷は必至だ。
「どうするよ!?このまま船の上に居たらこの熱湯風呂にドボン!!だぞ!!」
「…くっ!!奴の狙いに気付けなんだか…」
「ちょっと!!今は反省よりこれをどう切り抜けるか考えなさいよ!!」
艦上の三人は一様にパニックを起こしている。
「仲良く茹でダコになりなさいな…『ハイドロシュレッダー』!!
空中から『純白の復讐者』が下にいる土の戦艦に向かって鋭利な爪を振り下ろすと爪の先から水で出来た刃物が幾条にも発射され船体を切り刻む。
輪切りにされた土の戦艦はいくつもの破片に別れ水に溶けて消えていく。
「うあああああああ!!!!!」
足場を失った魔法少女たちは土塊と共に沸騰した湖面に真っ逆さまだ。
「ああ…私の人生…これでお終いか…」
『吹雪の訪れ』がすでに観念して嘆く…
その時…!!高速に飛来して三人を横から掻っ攫っていった者がいた。
「…!!ツバサ?!」
『森の守護者』が驚きの声を上げる。
何と『森の守護者』、『大地の戦乙女』、『吹雪の訪れ』を三人の『果て無き銀翼』が一人ずつ抱きかかえているではないか。
「みんな!!大丈夫?!」
そしてもう一人の『果て無き銀翼』が現れた。
「…これは一体どうなっているんだ…?」
『果て無き銀翼』にお姫様抱っこされたまま『大地の戦乙女』がもう一人の『果て無き銀翼』に尋ねる。
「私の『コピー』の魔法を強化した『ファミリア』の魔法だよ!!
この子達はある程度自分で考えて行動するんだ~」
えへへと頭に手を当ててはにかむ『果て無き銀翼』。
「みんなは金ちゃんが待ってる向う岸に避難してて!!」
『果て無き銀翼』の命令で三人の分身体が頷き遠くの対岸目指して飛行体勢に入った。
「おい!!ツバサ!!アンタまさか一人で戦うつもりかい?!」
『森の守護者』が声を張り上げる。
「大丈夫…!!必ずお姫ちゃんを取り戻して帰るから…行って!!」
「ちょっと待てって…!!おーーーーい!!…」
三人の魔法少女を抱えた三人の分身エターナルは勢いよく飛び去って行きあっという間に見えなくなっていった。
「あ~ら…あなたはもう来ないんじゃないかと思っていたら…仲間を助けるために一人で残るなんて…健気じゃな~い?」
フフンっと嘲り笑う『純白の復讐者』。
「白猫さん…私は一つだけあなたに聞きたい事があるんだけど…」
「あら…何かしら?言って御覧なさ~い?」
「あなたの今の名前…『純白の復讐者』ですよね…一体何に復讐しようとしてるの?」
「………」
その質問に押し黙る『純白の復讐者』。
いつものふざけた言葉は出て来なかった。
「…これは敵討ちよ…私のパートナーだった子のね…!!」
「まさか…あなたも魔法少女の…?」
「そうさ!!アタシも元は魔法少女のパートナーだったのよ!!」
驚きの新事実…白猫ママがそうだったとは…
「…この魔法を使う度にお金が掛かるシステムにあの子は殺された…!!」
「…えっ?」
それは一体どう言う事だろうか…
「ツバサさん…あなたも経験が無いかしら?お小遣いが足りなくて『週刊 魔法少女』が買えなかったり、魔法が使えなくなったり…」
「………」
ツバサも初期の頃は金策に苦労した口だ。
実際『週刊 魔法少女』を買い逃しそうになっている。
「アタシのパートナーは家がそんなに裕福じゃなくてね…月千円で今時何が出来るって言うのさ…」
「………」
「だからあの子は魔法少女の活動資金欲しさにファンタージョンで魔法少女を狩るようになった…
そしてとうとう現実世界でも他人のお金に手を出してしまった…それを親に見つかりお小遣いを一切もらえなくなってしまったのさ…
そのせいで絶望してあの子は建物から身を投げ命を絶ってしまった…」
「そんな…!!」
そんな事が過去にあったなんて…ツバサはいたたまれない気持ちになって胸が締め付けられる思いだった。
「その後…魔法少女狩りを止めなかったマスコットと言う事でアタシは責任を取らされマスコットの資格を剥奪された…確かにアタシはその事実を知っていたさ…でも仕方が無いだろう?!あの子が可哀想じゃないか…!!せっかく魔法少女になったのにお金が無いせいで何も出来ないなんて…!!」
『純白の復讐者』が思いの丈を大声でぶちまけた。
「…私だってお金には困ったよ…でもだからってやっていい事と悪い事はあると思うの!!」
「…ぐっ!!知ったような事を!!あなたにあの子の何が分かると言うの!?」
『果て無き銀翼』と『純白の復讐者』が正面から睨み合う。
「その子は魔法少女を辞める選択だって出来たはず…それなのに自分勝手に振舞って追い詰められて…!!結局は困難に立ち向かわずに逃げたんでしょう?!」
「何を偉そうに!!お前だって何度も困難から逃げていたじゃないか!!アタシはずっとお前を監視していたんだから知っているのよ?!」
恐ろしいカミングアウト…ツバサたちは何らかの方法で彼女にずっと見張られていたのだ。
「そうね…だから私はもう逃げない…お姫ちゃんを取り戻してあなたを倒すまでは…絶対に…!!」
『果て無き銀翼』の瞳には強い意志が籠っていた。
「…じゃあやって御覧なさいよ!!」
『純白の復讐者』が一気に間合いを詰めて来る。
「『ハイドロシュレッダー』!!」
大きな手の爪を横薙ぎに振るうが既にそこには『果て無き銀翼』は居なかった。
「どこを攻撃しているの…?私はここよ…?」
「何!?」
慌てて声のする方を見る…『果て無き銀翼』は『純白の復讐者』の後方の遥か上空に浮遊していた。
「それじゃあ今度は私の番ね…ふうううう………『エンジェルインストール』!!
マジカルプリカをステッキにはめ込まれたカードリーダーに当てる。
『カキーン!!ハイリマシター!!』
拳を握って肘を腰の辺りに据える脚は肩幅程に開き全身に力を籠める。
するとまるで炎の揺らめきの様に銀色の魔法力が体外に放出された。
ブウゥゥゥゥゥゥン…
身体中がスパークしている…それどころか…『果て無き銀翼』の姿自体が変化していた。
身体が18歳くらいの少女に成長しており、
水色のツインテールと髪の毛は全て銀色に変わり瞳は緋色、
右手には翼を模した装飾のある長杖を持ち、
背中には美しい銀色の羽が二対、四枚生えている。
頭上には金色に輝くリングが浮遊しておりまるで天使だ。
「…何っ…何なのその姿は…!?あなたが…まさか天使にでもなったと言うの?!」
その神々しい姿を目の当たりにして動揺を隠しきれない『純白の復讐者』。
「今の私は『銀翼の天使』!!
さあ戦いを終わらせましょうか!!」
『銀翼の天使』はマジカルロッドを自在に回転させてからビシィ!!とポーズ決めた。




