第36話 魔法少女の本懐
「えらいこっちゃ…えらいこっちゃ…！！」
『億万女帝』を担ぎ上げたまま走り続けるペンタス。
いくらマスコットの中でも大柄で力持ちだとしてもそろそろ体力が限界に近付きつつある。
「…うっ…ああああ…」
顔面蒼白でうめき声を上げる『億万女帝』。
彼女の容態はとても危険な状態だった。
目は虚ろ…体は小刻みに痙攣している。
「お嬢～！！こんな所で死んじゃ駄目だ！！」
ダニエルも並走して声を掛けるが返事は帰ってこない。
そこへ一行の前に立ちふさがる様に人影が現れた。
「！！…誰だ！？…って…あんたか…」
ダニエルが前に出てその人影を怒鳴り付けるがその人物を見て安堵の声を上げる
「いや～待たせたね～皆の衆！！アタイが来たからにはもう大丈夫だ！！」
その人影は『森の守護者』その人だったのだ。
「…はぁ…はぁ…はぁ…」
右肩を押さえて肩で息をする『吹雪の訪れ』。
押さえた右肩以外にも身体の至る所に裂傷があり鮮血が滴っている。
疲労で動きが鈍った所に『純白の復讐者』の鋭い爪を喰らってしまったのだ。
真っ白なコスチュームが真っ赤に染まりつつあった。
「…手こずらせてくれたわね～ん！！でもこの結果になるのはあなたなら分かっていたはずよね？！」
『純白の復讐者』は無傷だった。
いや正確にはそうではない…彼女の身体はどんなに斬り付けられようが魔法で吹き飛ばされようがたちどころに再生してしまうのだ。
現に戦場になっている氷上には彼女の手足や頭であった物がゴロゴロといくつも散乱しているのだから…
「…私が倒れても…きっと仲間がお前を倒す…！！」
満身創痍でも眼光鋭く『純白の復讐者』を睨みつける『吹雪の訪れ』。
「負け惜しみにしか聞こえないわね～ん？…あなた…そろそろ死んでくれないかしら…」
右手を高らかにかざすとその鋭利な爪が輝く…このまま振り下ろされたら『吹雪の訪れ』の今の状態では確実に切り裂かれるだろう…
だがそこで地響きが起る…
それは微弱な物だったが段々と大きくなる。
何か巨大な物が近づいて来ている感じだ。
メキメキと木々をなぎ倒し現れた物は土色の巨大な戦艦であった。
甲板には『大地の戦乙女』と『森の守護者』が乗っている。
この艦は『果て無き銀翼』のアドバイスの元、『大地の戦乙女』が鍛錬を重ねて完成させた『グランドシップ』の魔法で造り出された物だ。
「てーーーーーっ！！！」
『大地の戦乙女』の号令により
その戦艦の甲板上に設置してある三連砲から岩石の砲弾が放物線を描いて『純白の復讐者』に降り注ぐ。
「…なっ…何なの？！この船は！！」
慌てて飛び立ち空中に逃れる『純白の復讐者』であったが土の戦艦のハリネズミの様な対空砲が火を噴き彼女をけん制する。
「『アイビーウイップ』！！」
『森の守護者』が蔦の鞭を伸ばし下に居た『吹雪の訪れ』の身体に巻き付け甲板の上まで引っ張り上げる。
「アンタ…中々やるじゃないか…見直したよ！！」
「ちょっと…！！怪我人なんだからもっと優しくしなさいよ…」
「悪い悪い！！さあこっちへ！！」
ふらつく彼女を後方に下げて休ませる。
「『レールキャノン』！！てーーーーーっ！！」
土の戦艦の艦橋の基部にはロングバレルの大砲が設置してあり目にも止まらぬ速さで岩石弾を発射、風切り音が響き渡る。
そしてその弾は見事『純白の復讐者』にヒットしたのだ。
「キャアアアアア！！！」
『純白の復讐者』から悲鳴が上がった。
「アナタ！！お友達を殺す気なの？！」
自身の腹を両手で抱えながら声を張り上げた。
その大きい両手の平で隠された腹部には丁度チヒロが居る。
「ああ…そうだ…貴様の様な身も心も醜い化け物の身体の一部にされている位なら…いっそ貴様ごと葬ってやろうと思ってな…」
冷たく据わった目で『純白の復讐者』を睨みつける『大地の戦乙女』。
「…チィッ！！」
『純白の復讐者』は体勢を立て直すべく湖の奥へと飛び去った。
「逃がすと思うか！！」
土の戦艦も氷上を進み後を追う。
湖面の氷はこの巨大戦艦が乗ってもひび一つ入らぬほど丈夫であった。
「ツバサ～…」
無言で膝を抱え顔を埋める『果て無き銀翼』に心配そうに声を掛けるユッキー。
ツバサの心は折れかけていた…自分の友達同士が殺し合おうとしている…
その事に対して何も出来ない自分に不甲斐なさを感じていたのだ。
「…あなた…本当にこのままでいいのですか…？」
不意に声を掛けられ顔を上げると…すぐそばに『億万女帝』がいた。ハンマーの柄を杖代わりにしてこちらに歩いて来るが、途中で力尽きハンマーを放り出し膝ま付いてしまう。
ここに来る途中で『森の守護者』に会い傷を魔法で治療してもらったが、大量失血と体力の消耗のせいでここまで来るのがやっとだったのだ。
「…金ちゃん！！大丈夫？！」
慌てて彼女の元へと駆けつける『果て無き銀翼』。しかし『億万女帝』は手を上げ『果て無き銀翼』の差し出した手を跳ねのけた。
「えっ…？」
一瞬たじろぐ『果て無き銀翼』。
「ツバサさんは…本当にこのまま『大地の戦乙女』がチヒロを手に掛けるのを黙って見ているおつもり？！」
「そんなこと言われても…私にはどうする事も出来ないし…」
『億万女帝』の剣幕に叱られた子供の様に下を向き口ごもる『果て無き銀翼』。
「…見損ないました…私は今からあちらに行って『大地の戦乙女』を説得してまいります…あなたはここに居てずっといじけていなさいな…」
「お嬢…いくらなんでもそれは言い過ぎ……？」
よろよろと立ち上がりおぼつか無い足取りで来た方向に戻る『億万女帝』の目には涙が溜まっていた。
ダニエルはそれ以上口を開く事は無く静かに付き従った。
「…金ちゃん…」
立ち尽くす『果て無き銀翼』。
ピロロロロロロ…
突然彼女のカードリーダーが鳴り出す。
懐から取り出すが『非通知』になっており誰から掛かって来たのか分からない。
「…一体誰？こんな時に…」
『果て無き銀翼』は怪しいと思いつつも通話する事に決めスイッチを押した。
「もしもし…？」
『は～い！！初めましてエターナルさん、私は『平和の創造者』よ！！』
妙に能天気な少女の声が聞こえて来た。
『平和の創造者』と言えば、先日『地獄の吐息』と戦った時に『億万女帝』を通して助言をくれた人物だ。
「あの…いたずら電話なら切りますよ？今取り込んでるんで…」
『あっ…ちょっと待ってよ！！お話しましょうよ～…あなた悩んでるんでしょう…私なら相談に乗るわよ？』
「嘘…！！あなたに何が分かるんですか？」
不機嫌そうに声を荒げる『果て無き銀翼』。
『分かるわよ…？ある魔物を倒すのには核として取り込まれた友達を殺さなきゃならないのにその子が可哀想で自分にはそれが出来ない…でも別の友達がその子を殺しに行ってしまって本当は止めたいけどそれでは魔物を倒せない…それで怖気づいて何も出来ないで立ち尽くしている…そんな所でしょう…？』
「…なっ？！どうしてそんな…！！」
『果て無き銀翼』はキョロキョロと周りを見回してしまった。
まるで近くで見ていたかの様に的確に、歯に衣着せぬ発言がツバサの胸に突き刺さる。
『…じゃあ聞くけどさ～あなたは結局どうしたいのかな？』
「それは…」
『平和の創造者』の質問にハッキリした返答が出来ない『果て無き銀翼』。
仕方が無いので『平和の創造者』は助け舟を出す事にした。
『それじゃあ私がいくつか例を挙げるからそれに答えて頂戴』
「うん…」
『あなたはお友達を殺したくないし助けたい…』
「うん…」
『でも魔物も倒さなきゃいけないとも思う…』
「うん…」
『…どちらかしか選べないって言ったらどっちを選ぶ？』
「えっ………」
ここで『果て無き銀翼』が完全に言葉を失う。
チヒロを殺さないでいたら『純白の復讐者』は殺戮と破壊の限りを尽くすだろう…当然自分も含めた魔法少女たちもその対象にされてしまう。
片や『純白の復讐者』を倒すと言う事は、チヒロの命を奪う事に繋がる…もはや中学生の女の子が選べる二択では無いのだ。
「…そんなの…そんなの選べないよ！！私に…私にどちらも両立出来る力が有ったら…！！！」
自身の非力さを嘆く悲痛な叫び…
それを黙って聞いていた『平和の創造者』はこう言った。
『…合格よ…お友達一人救おうとしない魔法少女に世界は救えないもの…』
「えっ…？」
『あなたに三つ、魔法を貸してあげる…今そちらに送るわ…』
ピロンピロン…
『果て無き銀翼』のカードリーダーに着信があり、そこには魔法が三つ記されていた。
「こっ…これは？」
・クリエイト…無属性 新たに魔法を生み出す事が出来る。
・ミキシング…無属性 複数の魔法を混合する事が出来る。
・レンタル…無属性 属性を無視して魔法の貸し借りが出来る。
「…見た事の無い魔法ばかりだ…」
マスコットのユッキーですら知らない未知の魔法…
『…ツバサ…ここからはあなたが自分で考え自分で行動するのよ？
自分の出来る事、出来ない事、成し遂げたい事、許せない事を自分で判断するの…』
「…私に出来るかな…」
まだ少し自信なさげな『果て無き銀翼』。
『大丈夫！！何たってあなたは私の…ゴホン！！…物事は強く念じた事の方に転がるものよ？』
何故か途中言葉に詰まった『平和の創造者』であったが更に『果て無き銀翼』にエールを送る。
『さあ早くお行きなさいな…どうせなら不可能を可能にしてらっしゃい！！』
「はい！！ありがとうございます！！」
『果て無き銀翼』は元来の明るさを取り戻しすっきりとした表情で大空へと飛び立った。
