第9話 こじれまくる人間関係
グロロロロロロ……
守銭奴ラゴンは高みから何度も首を振りながら何度も三人の魔法少女を見ると同時に匂いを嗅いでいる。
まるで獲物の値踏みでもしているかの様に…
「なぜだ…?奴がこんな村も町も何もないプラクティス時空に現れるなんて…」
「…ユッキー…あの怪物の事を知っているの?…さっきから随分とあの怪物について詳しい気がするんだけど…」
「それは………」
神妙な顔つきのユッキー。
『果て無き銀翼』の問いに何か言いかけたがそれ以上何も語らなかった。
やがて守銭奴ラゴンの視線が『億万女帝』に固定される。
「…ひっ!!!」
彼女は先程から地面にへたり込んだままだったのだが
守銭奴ラゴンの鋭い眼光に絡めとられ身がすくみ
尚更身動きが取れなくなっていた。
守銭奴ラゴンは『億万女帝』に向けて歩行で進行を開始した。
奴が一歩動くだけで激しい振動が起り、まともに立っていられない程だ。
「ど…どうして私わたくしの方に来るんですの~!?」
「わわっ!!お助け~!!」
狼狽える『億万女帝』と首に巻かさったフェレットのダニエル。
動くのもままならない体で地面に這いつくばり逃げようとするが
守銭奴ラゴンの歩行スピードの方が圧倒的に早い。
「あっ…!!あのままじゃ危ない!!スカイハイ!!エール!!」
『果て無き銀翼』の背中に銀の翼が生えたと同時に瞬く間に飛翔、『億万女帝』の腕を掴み上げ一気に空へと逃れた。
『エール』の魔法は自身の行動スピードを二倍に高める魔法だ。
『スカイハイ』に『エール』を重ね掛けしていなければ間に合わなかった事だろう。
「きゃあああ~!!高い~!!私わたくし高所恐怖症なんですの~!!」
「ヒャア~!!同じく~!!」
「もう~~~!!そんなこと言ってる場合じゃ無いでしょう!?」
ドクン…!!
(え…?)
『果て無き銀翼』の頭の中にとある映像と声が広がる。
『…お父様…私、お友達が欲しいの…』
とても広い書斎
大きな机に着き書類にペンを走らせている髭を蓄えた初老の紳士に話しかける少女。
年の頃は五、六歳、クルクルと巻き上げられた揉み上げ
小脇にはウサギのぬいぐるみを抱え、肩には高級そうなブラウンのバッグを掛け
上目づかいに気味に紳士…いや父親を見ている
「この間、外国の高級菓子や小遣いをあげて友達を作ったんじゃなかったのか?」
仕事の手を止め少女に問う
「あの子たちは次の日から遊んでくれなくなりましたわ…
ですから私、『腹心の友』って言うのが欲しいんですの!」
少女はバッグから一冊の本を取り出し父親に見せる。
タイトルは『赤毛のアン』
「あんなお菓子やお金をあげないと遊んでくれない子達じゃなくて
心から通じ合えるアンの親友…ダイアナみたいな子が友達に欲しいの!」
友達に対する情熱を熱弁する少女
その熱意に負け父親が言う
「…分かった…今度お前と同じ年頃の子を我が家で預かる事にするからその子と友達になればいい…」
「まあ!!それは楽しみだ事…!!ありがとうお父様!!」
父親に抱き着き満面の笑みを浮かべる少女であった…
「はっ…!?今の出来事は…夢…?」
『果て無き銀翼』が我に返ると
空中を『億万女帝』の手を掴んで飛行中の状態であった。
あれだけの出来事が眼前で起こっていたにも拘かかわらず時間は微塵も経過してはいなかったのだ。
(さっきのあの小さな女の子…あれは多分…金ちゃんだよね…?)
金ちゃんとは『果て無き銀翼』が今、勝手に付けた『億万女帝』のニックネームだ。
彼女の格好が全身金ずくめだという単純な理由でだ。
『果て無き銀翼』は『虚飾の姫君』が隠れている岩場まで飛んで行き『億万女帝』と一緒に着地した。
「きゃんっ!…あ痛たたた…もう少し丁寧に着地できませんの!?」
飛ぶという事に慣れていない『億万女帝』は着地に失敗、思いっきり地面に尻もちを付いてしまった。
「もう…文句ばっかり…」
辟易した表情の『果て無き銀翼』
彼女が『魔法少女血盟』の構成員達に逃げられたり
『虚飾の姫君』とトラブルを起こしている理由が何となくだが分かった気がした。
岩場から恐る恐る守銭奴ラゴンの様子を窺う魔法少女三人とマスコット三匹。
高速で目の前から飛び去った『果て無き銀翼』達を完全に見失った様で、辺りをキョロキョロと見渡している。
またしてもクンクンと鼻先を鳴らし匂いを嗅いでいる。
そして真っすぐにこの岩場を正面に捉え突進を開始したではないか!!
「ツバサちゃん…!!あの怪獣こっちへ向かって来るよ!!」
「何で~!?あいつそんなに鼻が利くの?!」
全員必死に守銭奴ラゴンの追跡から走って逃げる。
「奴はイェンや金銀財宝、金目の物に目が無いでありんす!実際それらを食料にしてるでありんすから!」
「それで一番イェンを持ってる金ちゃんを狙って来るのね…」
守銭奴ラゴンが『果て無き銀翼』、『虚飾の姫君』から離れて逃げている『億万女帝』の方へと目標を絞っていく。
守銭奴ラゴンはついには二人を無視して完全に『億万女帝』だけを追いかけ始めた。
「このままじゃ金ちゃんが危ない…!!エアリーシュート!!」
『果て無き銀翼』が守銭奴ラゴンの背に向けエアリーシュートを放つ。
しかしヒットはしたものの、鱗状のイェンのコインがチャリチャリと音を立て数枚剥がれ落ちるだけで全くダメージになっていない。
「何て事なの…今までのカキン虫とは比べ物にならない…」
剥がれ落ちたコインが『果て無き銀翼』のマジカルステッキへと吸収される。
あの鱗コインは攻撃を与えた者の収入になるようだ。
しかし何故か守銭奴ラゴンが動きを止め、こちらへと振り返った。
鼻息も荒く、あからさまに怒っている様だった。
「守銭奴ラゴンはその名の通り金にがめついんでありんす!!それがどんなに些細な金額だとしても…」
「そうなんだ…まあ金ちゃんの逃げる時間を稼げるならそれでいいわ!!」
踵を返し、追って来る守銭奴ラゴンから走って逃げる『果て無き銀翼』達。
「恐らく奴がこの『プラクティス時空』に現れたのは大討伐の為に集まった魔法少女達が持つ大量のイェンの匂いを嗅ぎつけた為…
招集を掛けたのが逆に仇となったのかも知れないでありんす!!」
「そう言う事なの?ねえ!お姫ちゃんも金ちゃんの援護を…!!」
「………」
『果て無き銀翼』が話しかけるが『虚飾の姫君』からすぐには返事が返ってこない。
やや遅れて彼女がつぶやく様に言い捨てる。
「…嫌です…」
「え!?」
『果て無き銀翼』は耳を疑った。
まさか拒否の言葉が返って来るとは想像していなかったからだ。
「嫌なんです!!あんな身勝手な人を助けるのは…!!
いくらツバサちゃんのお願いでもこればかりは聞けません!!」
『虚飾の姫君』が急に激昂して喚いた。
「どうしたのお姫ちゃん?!こんな時にそれは無いんじゃない?!」
『果て無き銀翼』が『虚飾の姫君』を落ち着かせようと彼の右腕を掴んだ…途端…
ドクン!!
「…また!?…」
先程『億万女帝』に触れた時同様に自分の記憶では無い光景が『果て無き銀翼』の脳内に再生された。
「…済まない…チヒロ…」
半ズボン姿の幼いチヒロの肩に手をついてひざま付き謝る中年男性。
「…パパ…どうして!?」
涙ぐみながら叫ぶように問いかけるチヒロ。
どうやらこの中年男性はチヒロの父親の様だ。
「パパの会社が倒産して出来た莫大な借金を財前様が一時的に立て替えて下さるんだ…但しチヒロ…お前を財前様に預けるのが条件でな…頼む…分かってくれ…」
顔をくしゃくしゃにして頭を下げるチヒロの父親。
黒服に黒サングラスの男2人がチヒロを両側から掴み
黒いリムジンへと乗せようとする。
「そんな!!そんなのヤダよ!!助けて!!パパ!!助けて!!」
チヒロも抵抗するが男達にはまるで歯が立たない。
簡単にリムジンへ乗せられてしまった。
尚も車の窓を内側から叩いて父親に助けを乞うチヒロであったが
防音加工がされているらしく声は全く外には聞こえない。
そしてそのまま無情にもリムジンは走り去っていった。
「…本当に済まない…」
アスファルトの地面に四つん這いになってチヒロの父は泣きじゃくるしかなかった…
「…はっ!?…今のは…もしかしてお姫ちゃんの記憶…?」
さすがに二度目ともなるともう偶然ではないと確信する『果て無き銀翼』
これは何か自分に新しい能力が備わったのではないか…
そう思いマジカルカードリーダーに目を移すと…
『アビリティ修得 リーディングエアを発動中』
「…何これ…」
いつの間にか知らない能力に目覚めていた様だ。
「ツバサちゃん危ない!!」
『虚飾の姫君』の声で我に返ると守銭奴ラゴンがすぐ目前まで迫って来ていたのだ。
「も~~~~!!しつこいのよあなた!!出でよトルネード!!」
守銭奴ラゴンに向けてトルネードを放つ。
竜巻に取り巻かれ僅かに動きを止める守銭奴ラゴンであったが
すぐに竜巻を打ち破ってしまった。
「そんな…!!トルネードが効かないなんて…!!」
さすがに四大カキン獣と呼ばれるだけの事はあるのだろう
初級程度の拘束魔法など効く筈も無い。
攻撃した事によってまた僅かばかりのコインが『果て無き銀翼』のカードリーダーへと吸い込まれて行く。
それを見て更に激昂する守銭奴ラゴン。
とにかく自分のコインを取られるのが嫌なのだろう。
「これでも喰らいなさい!!ゴールドスプラッシュ!!」
守銭奴ラゴンの背後から声がしてジャラジャラとコイン同士がぶつかる様な音がした。
『億万女帝』の魔法攻撃だ。
彼女の持つゴールデンハンマーから無数のコインがまるで水流の様に勢いよく守銭奴ラゴンに放たれる。
すると守銭奴ラゴンはこれまでに無い位俊敏に振り向きゴールドスプラッシュに向かって口を開いた。
次々と飲み込まれて行くコイン…
「まあ!!馬鹿にして!!こうなったらあなたの胃袋が破裂するかわたくしのイェンが尽きるか勝負ですわ!!」
ムキになってコインの放出量を増やす『億万女帝』
するとどうした事か守銭奴ラゴンの体が見る見る大きくなっていくではないか。
「あれでは駄目だ!!奴は金目の物を飲みこんで直接体の構成素材にしているでありんす!!」
「金ちゃん!!今すぐ魔法を使うのをやめて!!これじゃあただドラゴンにご飯をあげてるだけだよ!!」
「何を仰るの?!もっと攻撃しなければこのモンスターを倒せません事よ!!」
『果て無き銀翼』とユッキーの制止を聞かず攻撃を止めない『億万女帝』
しかし彼女の足元に激しく水流が放たれたのだ。
「きゃっ!!何をなさるの!?」
突然の出来事に驚きゴールドスプラッシュを中断せざるを得なかった。
彼女を狙って水流を放ったのは『虚飾の姫君』だ。
「あなたがツバサちゃんの言う事を聞かないからだろう!!」
多少ドスが効いた声で怒鳴る、こう言う所はやはり男の子なんだと再認識させられる。
「あ~~~もう!!!いい加減にして~~~!!!」
「「………!!!」」
押し黙る一同…
温厚な『果て無き銀翼』の堪忍袋がとうとうキレてしまった。
何故か守銭奴ラゴンも動かない…完全に停止している様だ。
微かに寝息の様な音が口元から聞こえる。
「…これは一体どうなっているんだ…?」
ダニエルが岩陰からこっそりと覗き見ている。
ドサクサに紛れて一人だけかなり離れた所まで非難していのだ。
「恐らく急激にコインを取り込んだ事によって消化が間に合わず
胃袋にエネルギーを集中させる休眠モードに入っているんだと思うでありんす」
「…じゃあまた動き出すの?」
心配そうな『果て無き銀翼』。
「消化が完了したらそうなるでありんすな」
「ならば今の内に一斉攻撃で倒してしまえばよろしいのではなくて?」
ゴールデンハンマーを守銭奴ラゴンに向けて構える『億万女帝』
「お前様方の攻撃魔法では奴に止めを刺せずにただ起こしてしまうのが関の山でありましょうな」
「ならどうしたらいいんだい…」
気怠そうに『虚飾の姫君』は肩をすくめて見せる。
「ここは一旦安全な所…ツバサの部屋で対策会議をしようと思うでありんすが…?」
「…分かりましたわ」
仕方ないと言った様相の『億万女帝』
「え?ツバサちゃんの部屋?それは是非!!」
色めき立つ『虚飾の姫君』
「えっ…えええええええ!!!!!!?ちょっと!!勝手に決めないでよ~!!」
1人頑なに反対するツバサであったが聞き入れてもらえなかった…。
かくして『守銭奴ラゴン災害対策本部』がツバサの部屋に設置される運びとなった。




