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運命の夜

「あの日、私と絵梨は深夜の学校に残ってた…」

 空に浮かんで足を組み、手を頭の後ろに廻して組んで、幽霊はゆっくりと語りだした。遙かな昔を懐かしむ口調で。


『心霊研究部』という部が、昔あったの。部員は、当時三年の私、斉藤美加と北水絵梨の二名だけっていう、生徒会からいつ同好会に格下げの通知が来るかってびくびくするくらいのしょぼい部だったけどね。

 私も絵梨も、怪奇現象が大好きって言う変わりものだった。心霊写真とか心霊現象を扱った怪しげな雑誌も買ったりしてたしね。

で、高校生活最後の夏休みを前に、私たちは、あることを確かめたかった。


 うちの高校の七不思議。


 必ずどの学校にも存在するが、七つ目は、誰も知らない。七つ目を知ると、不幸になるって言う噂もある。心霊現象部の名にかけて、卒業前にこれだけは知りたかった。

 六つ目までは簡単に知ることは出来た。プールの中で足を引っ張る女生徒の霊、三年生の某教室に夜中、受験に失敗した男子生徒の霊が出る…などなど。どこの学校にもありそうな、ありふれた話。

 では、七つ目は……?

 七つ目自体の話は聞けなかったけど、ヒントは聞いた。学校創立から勤務してる教師が、授業の合間に怪談話をして、その際ぽろりと話したことがあった。

「どうしても七つ目を知りたかったら、真夜中の学校に来てごらん。でも、七つ目を知った人は、必ず不幸になるからね…」

 タブーなんだと聞いても、どうしても知りたかった。だからあの日、絵梨と二人で真夜中の校内を彷徨った──



「本当に分かるかなぁ?」

 絵梨が不安そうな表情をこちらに向けた。いくら七不思議の究明とはいえ、明かりのない真夜中の校舎は不気味だった。私も、もうこの際すべて忘れて家に帰りたいと思うくらい。

「まぁまぁ、無かったら、それまでって事で」

 内心の恐怖を隠して、私は殊更明るい声を出した。本館は一通り見回ったけど、何にもなかった。そこで、一番怪しい北棟に向かった。

懐中電灯で足下を照らしつつ、じめじめする長い渡り廊下を進む。もし、今、見回りの用務員に見つかったら、怒られるだろうなぁ…とふと思ったけど、用務員のおじさんは酒瓶を抱えて用務員室の畳の上で爆睡しているのを確認済みだ。

 さあ時間はもうすぐ十二時。何かが起こりそうな気がする。予感がする。わくわくするけど、とても恐い。

 恐い物見たさこそが一番怖いよね、人間ってさ。寄らなければ怖い事なんて何も起きないって分かってるのに、自分から行っちゃうんだもん。


「夜の学校ってどーしてこうも不気味なのよぉ…。お化け屋敷なんて目じゃないわ!」

 学校に忍び込む前の威勢の良さは何処へやら、絵梨は今にも泣きそうな顔で辺りをびくびくしながら見回している。あたしも、明るい照明の元なら青ざめた顔色を見られる所だった。

その辺の暗がりから、何かが私たちを見ている気がする。獲物を待ち構える視線で、ぱっくり口を開けて、今にも…

 カチッ

 どこかで、時計の長針と短針の重なり合う音がした。十二時。


 キーンコーン カーンコーン


「チャイム…?」

 思わず私達は天井を見上げた。暗い校舎を、聞き慣れた鐘の音が響き渡る。ううん、聞き慣れている筈なのに、このチャイムの音はいつもと違ったわ。まるで、葬儀の時に鳴らされる、死者への弔いの鐘だった。

「え…?」

 チャイムが鳴り終わり、余韻が消えて、気が付くと──

絵梨の姿が消えていた。


「後から考えると、ヘンでしょ。そんな真夜中にチャイムなんて鳴るはず無いじゃない。ご近所迷惑にも程があるわ」

美加は天井を見上げた。つられて里美も見上げたが、当然今はチャイムも鳴らず、真っ暗な天井が見えただけだった。

「それで…?」

里美は話の続きをせがんだ。

夜中の十二時に何が起きたのか。絵梨という女生徒は、一瞬の内に何処に消えてしまったの…?


「絵梨?」

 今いるこの廊下のど真ん中から、一瞬にして、絵梨の姿がかき消えてた。

「や…やだ、絵梨?何処!?」

 あたしはパニックを起こしかけたわ。そりゃそうでしょ。チャイムが鳴ったと思ったら、たった一人、真っ暗な廊下の中に取り残されたんだもの。

北棟にある全ての教室は鍵がかかっているから、絵梨が悪戯心を出して隠れたとは考えられない。だいたい隠れる時間も無かったし物音もしなかった。例えチャイムの音に心を奪われていたとしてもそれくらいは気づける筈。

「ねぇ…絵梨?」

怖くて怖くて、その場から動けずにキョロキョロするしか無かったわ。懐中電灯は絵梨が持っていたから、あたしには何の明かりも無い。

 そして……


 そこで、美加は口をつぐんでしまった。目を伏せて、話の続きを語るのを迷っているらしい。最初に姿を現した時の陽気さは影を潜め、暗い影が美加の表情を覆っていた。

「一体何が…?」

 里美は、美加の心境を思いつつも、それでも先を聞きたかった。絵梨が消えて、その後、美加はどうしたのか。どうなったのか…。

「…………あの時──」

 数分経って、 再び美加が口を開きかけた時、


「美加!」


 誰かが呼びかける声がした。

振り向いた美加の視線の先に、いつの間に現れたのか、制服を着た女生徒がもう一人立っている。

 ああ、この人が美加の話の中に出てきた、心霊研究部の部員の片割れ、北水絵梨だ。

 流石に、ここまで来ると里美の感覚も麻痺するらしい。

今まで話を聞いていたので、ちょっと驚いたくらいですんだ。

幽霊が二人も目の前にいる。滅多に体験できることじゃないよね。

 この二人が自分に危害を加えるとは、里美は思わなかった。それより、もっと話を聞きたい。

「何やってんの?こんなとこで」

 絵梨の動作は軽やかで、その足元も心なしか浮いて見える。

さらさらの茶色がかった長目の髪は、里美のようにブリーチをかけたわけではなく、地毛なのだろう。

白いヘアバンドがよく似合っていた。

「この世界に迷い込んだ、不幸な後輩とお話ししてたのよ」

 美加が里美の方を示しながら答えた。

絵梨はそこで初めて里美の存在に気が付いた様に視線を向けると、「ああ」と頷いた。

彼女も美加と同じく、里美が七不思議の話をしていたのを知っていたのだろう。

だけど、『この世界』って言うのは?


「そうそう、花子さんがお話ししないかって呼んでたわよ。行かない?」

 その会話に、里美はまた固まった。

 花子さん?花子さんって、あの、トイレの怪談の…?

 呆気にとられている里美をよそに、それを聞いた美加は

「あ、ホント?」

 と、今にもその場を立ち去ろうとしている。はっと我に返った里美は、慌てて呼びかけた。

「まっ…待って!七つ目の話って…?!」

 背中を向けかけた二人の動きが一瞬止まった。その瞬間を、里美は忘れられない。

里美の背中を、ぞくっと冷たい何かが走り抜けた。

 絵梨が、ゆっくりと視線を向け、タブーを犯そうとした哀れな後輩に答えた。

「誰も…知ってはいけなかったのよ」

 その瞳は、どこまでも冷たく暗かった。絶望に彩られた目。生者の目ではない。

間違い無く彼女たちは、この世の者ではない…。

「そう…」

美加が言葉を続けた。

「生きてる人は、誰も…」

 美加の目の中に、一瞬、数年前の風景が見えた気がした。

中庭で仲良くお弁当を広げている美加と絵梨。文化祭に出す部の発表はどうしようかと頭を悩ませている二人。未来を夢見て、これからの可能性は無限なのだと信じている、生きている彼女たちの、かつての姿を。

「今なら、まだ大丈夫。早く、生きてる人の世界へ戻りなさい」

 ふっと表情を和らげて、絵梨が言った。里美は弾かれた様に廊下の壁に掛かっている時計を見た。


 十一時五十五分。十二時になったら──


「あなた達は…?」

 美加と絵梨は、何処へ行くの?

「私たちは、ここから動けない。学校という世界から、逃れられない」

 美加が哀しげな笑いを浮かべた。

「卒業できないもんね」

 絵梨が、初めて茶目っ気を出した声を出した。

卒業できないから、いつまでも高校生のまま──学生のままで、学校の中を彷徨うしかない。

 言葉を交わしている間にも、二人の体の輪郭がだんだんと朧気になってきた。

「ねぇ、あなたが開けようとしたこの扉が、かつて私たちが居た心霊研究部の部室だったの。私たちが消えたことで部は消滅、部室は倉庫になっちゃったけど…」

 話し続ける美加の体は、向こうの窓が見えるくらいにどんどんと透けていく。

「あなただけでも覚えていてくれない?かつて私たちが生きていた場所を」

 寂しげな笑いを浮かべた美加の願い。絵梨も同じ様な表情で里美を見ている。

「私たちはここにいたの。そして、今もいるんだって……」

 そして、二人の姿は消えた。


 その後の事は良く覚えていない。気が付くと、里美は校舎を出ていて、校門の外でじっと校舎の壁に掲げられた大時計を凝視していた。


 カチッ。


 長針と短針が重なった。十二時。

 何も起きなかった。チャイムも鳴らなかった。

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