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ザクロ

 部屋に、ザクロが転がっていた。それは一つ寂しく転がっていた。部屋の中は、このたった一つのザクロの甘い香りでむせ返っていた。昔から、私はザクロが嫌いだった。このグロテスクな見た目も、この腐りかけの甘い香りも、食べた時の血のような味も。ザクロを食べる時、私はいつも人の頭を食べているような錯覚に陥り、気持ちが悪くなる。けれど、ザクロの花は美しかった。真っ赤なものや、オレンジ色と白が折り重なったもの、私はどちらも好きだった。そうだ、このザクロは庭に植えよう。もしかしたらザクロの木が芽を出すかもしれない。もしも木になったら、花だけ楽しんで、実が成る前に花を摘めば良い。私はそう思いたち、そのザクロを両腕に抱え、庭に埋めた。こんな夜中にスコップを持って庭に何かを埋めるだなんて、ご近所の人たちに何か誤解をされそうで少し怖い。けれど、これであの美しい花が家で見られるのだ。そしてあの兄も、きっともう私の所へは来られない。何故だかそんな気がした。

 私の両親は私が幼い頃に離婚し、私は父に引き取られた。父は再婚し、新しい母親と兄が私の家に来た。その母親は私にとても優しくしてくれたけれど、反対に父は私に辛く当たるようになっていった。父は私だけでなく、新しく来た兄に対しても私と同じ扱いをした。だからなのかもしれない。兄は日が経つにつれ、私に暴力を振るうようになっていた。

 「やめて!お兄ちゃん!」

私がいくらそう叫んでも、兄がやめてくれるはずもなかった。そして共働きで両親は夜まで帰っては来ない。私の叫びは誰にも届かない。ある日、兄は私を押さえつけて動けなくしてから、私の服を脱がせ始めた。その時、私はとうとうこの日が来てしまったか、と諦めに近い気持ちになり、その後すぐに悔しさや恥ずかしさ、怒りなどの様々な感情が混ざり、形容し難い感情でいっぱいになった。もしも私が男だったら、もしも相手が女だったら、もしも相手が年上でなければ、もしも今すぐにこいつを殺す術があったなら・・・。考えてもどうしようもないことが、頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。私は到底敵わない力で何度も抵抗したが、結局それは相手の行為を更に助長することになってしまった。もう声を張り上げる気力もなかった。声を張り上げたところでどうせ、私の叫びは誰にも届かない。そう悟り、全ての思考を止めた瞬間、私の意識は途切れてしまった。

 気がつくと、私はちゃんと服を着てリビングに居た。台所では母がご飯を作っている。父はテレビの前に寝そべって私に背を向けている。兄は何事もなかったように食卓の席に着きテレビを見ている。あれは夢だったのだろうか・・・。そうであってくれれば本当に良いのに。けれど、私の体の痛みが、そうではないことを物語っていた。そして、次の日も、また次の日も。毎日、毎日、毎日、毎日・・・。兄は私の服に手をかけ、体を弄り、私に行為を強要した。しかし不思議なことに、毎回意識は途中で途切れ、気がつくと両親と共にご飯を食べていたり、母とお風呂に入っていたりした。

 私は二十歳になると同時に家を出て、今は借家を借りている。そしてつい最近、あの兄が私の家へ来るようになったのだ。私は、家を出たら兄からは逃れられると思っていた。しかし、それは間違いで、兄はその日から頻繁に私の家に来るようになった。そして、また・・・。あの時と同じことが、繰り返されるのだ。

 ザクロを埋めて部屋に戻った私は、土で汚れた手を洗うために蛇口を捻った。手を洗い終え、部屋をよくよく見渡してみると、知らない間にザクロを蹴ってしまっていたのだろうか、部屋のカーペットの至るところにザクロの赤いシミがついていた。あまりにも広範囲にシミができている。これでは拭いてもとれないだろう・・・。そうだ、いっそこれも新しくしよう。兄が私を押し倒し、行為を続けたのはこのカーペットの上だ。捨てるのに惜しいくらいの愛着など持てるはずもない。むしろ、こんな汚らわしいものは早く捨ててしまいたかった。もう兄は来ないのだ。兄を思い出すようなものなど、全て捨ててしまえば良い。私は何故、もう兄が来ないと確信しているのか、自分でも分からなかった。


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