↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元ご主人様に捨てられた猫ですが、冷遇令嬢を最強にして見返します  作者: 夢乃舞家


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/1

元ご主人様に捨てられた猫ですが、冷遇令嬢を最強にして見返します

「猫? 竜じゃないのかよ」


 召喚陣の上で目を開けた俺様に、あいつが最初にかけた言葉がそれだった。

 いらないなら、断ればよかったのだ。召喚した魔物と契約さえしなければ、魔物は元の世界へ戻り、召喚はやり直せる。あいつも俺様も、そんな決まりを知らなかった。


「仕方ない。猫でも使い魔は使い魔だ。ほら、契約するぞ」


 差し出された魔力に、俺様は前足をのせた。


「……どこだ、ここは」

「うわっ、しゃべった!?」

「しゃべるさ。それより、お前は誰で、ここはどこだ」

「俺はギルベルト。この家の跡取りで、今日からお前のご主人様だ」

「跡取り?」

「そうさ。本当は誕生日まで召喚は禁止なんだけど、あと五日が待ちきれなくてさ」


 得意げに鼻を鳴らすその顔を見て、偉そうなやつだが気に入った、と俺様は思った。

 様子が変わったのは、その三日後だった。


「適正年齢を待てなかったことは、まだいい」


 書斎の机の向こうから、当主はあいつを見下ろしていた。俺様はあいつの足もとで、それを聞いている。


「問題は、なぜ契約した」

「え……だって、召喚したら契約するものでしょう、父上」

「契約しなければ、魔物は元の世界へ戻る。やり直せたのだ」

「……は?」

「契約できる魔物は一体だけだ。お前の魔力なら、格上と組まねば力を出し切れん。それを、よりによってこんな猫のような下等生物と」

「ニャアッ」


 下等生物とは何だ、と言ったつもりだった。だが当主は眉ひとつ動かさない。契約者でない人間には、俺様の言葉はただの鳴き声にしか聞こえないようだ。


「……なら、契約破棄して召喚し直します」

「簡単に言うな」


 当主の声が、一段低くなった。


「召喚の儀式は、陣の用意からやり直しだ。魔石もまた要る。それに、契約を破棄した者は、ひと月は新たな契約を結べん決まりだ」

「ひと月も……」

「召喚もただではないのだ。この馬鹿者が」


 その晩、あいつは俺様の首根っこをつかんで、屋敷の裏の森へ入っていった。


「おい、待て。契約を破棄するなら、元の世界へ返してくれるんじゃないのか」

「返還にも魔石がいるんだとよ。召喚し直す分だってかかるのに、猫一匹に使えないと言われたのさ。しょうがないだろ」


 悪びれた様子もなく、あいつは肩をすくめた。


「ふざけるな、俺様を元の世界へ――」


 言い終わる前に、胸の奥でつながっていた何かがぷつりと切れた。


「ニャア!」


 続きは、ただの鳴き声になった。


「じゃあな、駄猫」


 あいつは振り返りもせず、明かりの灯る屋敷へ帰っていった。


 それから俺様は、この森で暮らしている。鼠を追い、木のうろで雨をしのぐ毎日で、話し相手もいなければ、元の世界へ帰る方法もない。

 それでも、腹の底で決めていることが一つだけある。

 いつか必ず、あいつを見返してやる。


 その日、森の端にある古い建物の裏手から、どん、と地面を揺らす音がした。

 様子を見に行くと、焦げた草の上で、少女がうずくまって咳き込んでいた。


「けほっ、けほ……また、失敗……」


 着ている服は仕立てのいい生地なのに、裾はほつれ、泥と煤で汚れている。お屋敷の使用人が、お古でも回されているのだろう。

 だが、俺様の目が止まったのは服ではなかった。

 この目には、人の目に見えない魔力の流れが見える。少女の体の中では、あいつとは比べものにならない量の魔力が渦を巻いていた。そのくせ流れはあちこちで詰まっていて、行き場をなくした魔力が内側から体を押し返しているようだった。


『……なんだこいつ。すごい魔力だな。だが、あの状態じゃ……いつか体が壊れるぞ』


 つぶやいた声は、もちろん「ニャア」としか聞こえない。

 俺様は茂みを抜けて、少女のそばまで歩いていった。足音に気づいた少女が顔を上げる。


「あ……猫さん。ごめんなさい、びっくりさせちゃいましたよね」


 細い腕が伸びてきて、俺様はひょいと抱き上げられた。


「怪我はしてない? ……あら?」


 少女が俺様の前足をひっくり返し、肉球をのぞきこむ。


「これ、召喚の紋章……あなた、召喚獣だったのね」


 そうだ、と言ったところで通じない。


「ご主人様とはぐれちゃったの? すみませーん! どなたか、この子のご主人様はいらっしゃいませんかー!」


 返ってきたのは、森の鳥が飛び立つ音だけだった。


「……いないみたい」


 いるものか。俺様は捨てられたのだ。

 少女はまた咳き込んで、胸を押さえた。

 腕の中から見上げると、詰まった魔力がまたひとつ、ぎしりと軋むのが見えた。おそらく魔力が逃げ場を失って体に負担がかかっているのだろう。

 ……べつに、助けてやるわけじゃない。これだけ上等な魔力を腐らせておくのが、もったいないだけだ。ついでに、この下手くそな魔力の流し方も何とかしてやるか。

 俺様は肉球を少女の手のひらに押し当てて、自分の魔力を流しこんだ。


「え……? あったかい……これ、魔力?」


 少女は目を丸くしたが、手を離さなかった。少しためらってから、俺様の魔力に、自分の流れをそっと重ねてくる。


「あれ? ……なんだか熱く」


 肉球の紋章が熱を持った。

 次の瞬間、少女の中で詰まっていた魔力の一部が、せきを切ったように俺様の側へ流れこんできて、尻尾の先まで体じゅうに力が満ちていく。少女の頬には、見る間に血の気が戻っていた。


「あれ……息が、苦しくない……」


 胸の奥で、あの晩あいつに切れたのと同じものが、もう一度つながったのがわかった。

 俺様は少女の腕の中で、ひとつ咳払いをした。


「……よし。聞こえるか、下手くそ」

「ね、猫がしゃべったぁ!?」


*


「え、えっ、猫って、しゃべるんでしたっけ!?」

「普通の猫はしゃべらねえよ。俺様は召喚獣だぞ」

「で、でも、さっきまでニャアって……」

「契約した相手としか、言葉は通じねえんだ。前もそうだった」


 少女は俺様を抱えたまま、ぱちぱちと瞬きをした。


「契約……わたし、いま、契約しちゃったんですか?」

「したな」

「どうしよう。召喚もさせてもらえないのに勝手に……」


 使用人が勝手に使い魔を持てば、叱られもするだろう。俺様の知ったことではない。


「……えっと、わたしはエステルです」

「お前、この屋敷の下働きか」


 エステルは少しだけ目をそらした。


「……そんなところです」

「ふうん」

「あなたのお名前は?」

「そんなものは無い」

「じゃあ……昔読んだ本で、黒猫のことをネロって呼んでいたから、ネロ」

「勝手に決めるな」

「ネロ。ね、ネロ」

「……好きに呼べ」


 俺様はエステルの腕から飛び降りて、草の上に座り直した。


「言っておくが、俺様は気まぐれで契約しただけだ。もう破棄してもいいんだぞ」

「破棄しません」


 即答だった。


「わたしを選んでくれたのは、ネロでしょう? 温かい魔力を流してくれたのは、ネロのほうからでした」

「それは……」

「それに、破棄したら、ネロはまたひとりになっちゃいます」


 控えめな声のくせに、引く気配がまるでない。


「……勝手にしろ。そのかわり、契約したからには、俺様の野望に付き合ってもらう」

「野望?」

「俺様を捨てた奴を見返す。それには、お前の魔力が要るんだよ」

「捨てた人って、誰なんですか?」

「お前にはまだ関係ない」


 俺様は尻尾で地面をはたいた。


「だから、お前には俺様にふさわしい主人になってもらう」


「まず、その下手くそな魔力の流し方からだ。手を出せ」


 差し出された手のひらに肉球をのせると、契約でつながった分だけ、エステルの中の流れが前よりよく見えた。

 それどころか、少しなら指で押すように動かせる。


「右の手首で止まってるな。息を吐きながら、そこに魔力を通して火を出してみろ」

「は、はい……ふう……」

「力むな。無理やり通すんじゃなくて流すんだ」

「流す……」


 詰まっていた魔力の流れが、俺様の押した分だけ手首の先へ抜けていき、エステルの指先に小さな火がぽっと灯った。


「わっ、つきました!」

「消えかけてるぞ。流れを止めるな」

「む、むずかしいです……」

「慣れれば簡単にできるようになる」


 それから毎日、エステルは離れの裏で特訓をした。


「今日は左肩だ」

「けほっ……」

「咳が出たら休め。無理して倒れられたら困るんだよ」

「ふふ。ネロって、優しいですね」

「困るのは俺様だって言ってるだろうが」


 咳は日ごとに減っていった。

 変わったのはエステルだけではない。魔力を整えるたびに、あふれた魔力が契約を伝って俺様の側にも流れこんでくる。気づけば、前は枝を三本伝って登っていた木の上まで、一跳びで届くようになっていた。随分と身体能力は上がったようだ。


「はい、今日のぶんです」


 夕方になると、エステルは固くなったパンを半分に割って、大きいほうを俺様の前に置く。

 離れに届く食事は、いつもこれだけらしい。


「……お前の分が減るだろ」

「わたしは、あまりお腹がすかないので」

「俺は森で済ませてるから問題ないぞ」


 そう言って、無理やりエステルにパンを食べさせる。

 この家は、下働きをこき使いすぎだ。

 エステルがパンを食べている姿を見ながら、俺は木々の向こうに見える本邸の明かりをにらんだ。


「ネロ、見ててください」


 ある日の夕暮れ、エステルは手のひらを空に向けて、ゆっくり息を吐いた。

 指先に灯った火は、もう揺れていない。


「明日には、ちゃんと魔法の形になる気がします」

「ふん。明日と言わず、今日やれ」

「えええ、急に厳しい!?」


*


「いきます……!」


 翌朝、エステルは離れの裏で、枯れ木に向かって両手を構えた。

 俺様は彼女の足首に肉球をのせたまま、魔力の流れを見ていた。


「しっかりと魔力の流れを感じろ」

「ふう――」


 手のひらから飛び出した火の玉は、ぶれずにまっすぐ飛んで、枯れ木の幹に当たってはじけた。


「できました! ネロ、見てました!? いま、ちゃんと飛びました!」


 次の瞬間、俺様は抱き上げられて、ぐるぐると振り回されていた。


「おい、やめろ、目が回る!」

「だって、初めてなんです。一度だって、ちゃんと飛んだことなんてなかったのに……!」

「……まあ、及第点だ」


 そう言いながら、俺様は喉が鳴るのを止められなかった。


「朝からうるさいと思ったら」


 木々の向こうから、聞き覚えのある声がした。

 振り向くと、あいつが立っていた。隣には、人の背丈ほどもある銀色の狼が控えている。


「裏で爆発ばかりさせてる出来損ないが、最近は妙におとなしいと思ったら……火の玉ひとつで大はしゃぎか」


 エステルは何も言わずにうつむいた。俺様を抱く腕が固くなる。


「……あ? その黒いの」


 あいつの目が、俺様の上で止まった。


「あのときの駄猫か。まだ生きてたのかよ」

『てめえ、よくも俺様を――!』

「ニャアニャアうるせえな」


 通じない。俺様の言葉は、もうこいつには届かないのだ。

 あいつは鼻で笑って、エステルと俺様を見比べた。


「なるほどな。出来損ないの妹には、俺が捨てた猫がお似合いだ」


 ……妹?

 使用人じゃなかったのか。上等な服を汚したまま、半分のパンを俺様に寄こして、離れの裏でひとり火を暴発させていたのは、あいつの妹だった。

 この家は、俺様と同じように、こいつのことも捨てていたのだ。


「……捨てた人って」


 エステルが小さくつぶやいた。


「お兄様、だったんですね」


 それから、腕の中の俺様にだけ届く声で言った。


「……黙っていて、ごめんなさい」


 謝るのはお前じゃねえだろう。


「今年、王都魔法学園の入学試験で、俺はこいつと首席を取る」


 あいつは銀狼の首をなでながら、得意げに言った。


「召喚も許されなかったお前には、一生縁のない話だけどな。それより、父上に言っておかないと。家の許しもなく使い魔を持ったなんて聞いたら、どんな顔をするか」


 あいつは楽しそうに笑って、本邸へ戻っていった。


 当主が離れに来たのは、昼を過ぎたころだった。


「家の許しなく契約した者を、この家には置いておけん」


 当主は、エステルの腕の中の俺様を見向きもしなかった。


「契約破棄をするのなら、滞在を許そう」


 エステルは、俺様を抱く腕に力をこめた。


「破棄しません」

「……ならば、今日中に出ていけ」


 それだけ言って、当主は背を向けた。


 夕暮れ、エステルは小さな鞄ひとつを提げて離れを出た。持ち物は、それで全部だった。


「……すみません、ネロ。わたしのせいで、住むところがなくなっちゃいました」

「俺様はもともと森暮らしだ。気にするな。それよりもお前はよかったのか」

「いいんです。わたしにはネロがいます。わたしの初めての友達を置いていけません」


 俺様はエステルの肩に跳び乗った。木々の向こうでは、本邸の窓に今夜も明かりが灯っている。


「見返すだけじゃ足りねえよな」

「え?」

「お前を、あいつらに認めさせてやる。あいつの言ってた試験、お前も受けろ」


 エステルは目を丸くして、それから、ゆっくりうなずいた。


「……はい」


*


「ネロ、今日はここで休みましょうか」


 王都へ向かって三日目の夕方、エステルは街道脇の林で足を止めた。拾い集めた枯れ枝を積んで、その前にしゃがみこむ。


「火、つけてみますね」

「加減しろ。林ごと燃やすなよ」

「もう、そんなことしません」


 エステルは指先を枯れ枝に向けて、ゆっくり息を吐いた。俺様が手伝わなくても、魔力は水のように流れていく。

 ぽっ、と小さな音がして、焚き火にちょうどいい大きさの火が枯れ枝に移った。


「どうですか?」

「……まあ、いいんじゃないか。上出来だ」

「えっ」

「なんだよ」

「ネロが褒めてくれたの、初めてです」

「褒めてねえ。事実を言っただけだ」


 火の上では、エステルがなけなしの銅貨で買った干し肉があぶられている。


「なあ。勘当された奴でも、その試験は受けられるのか」

「はい。使い魔がいれば、家柄は関係ないんです。昔、本で読みました」

「本、好きだな」

「離れには、それくらいしかなかったので」


 しばらく、枝のはぜる音だけが続いた。


「……あいつは、お前の兄貴だろ。競うことになるが大丈夫なのか?」

「お兄様とは、ほとんど話したこともないんです。お母様が違うので」


 エステルはそれ以上言わなかった。俺様も聞かなかった。


「……言っておくことがある」

「なんですか?」

「俺様は、最初お前を利用するつもりだった」


 エステルは干し肉を持ったまま、こちらを見た。


「あいつを見返すには、強い主人がいる。お前の魔力なら、野良の俺様でも強くなれる。強くなれば、あいつをボコして元の世界に帰れる。そういう計算だった」

「……元の世界に、帰りたいんですか?」

「帰れるなら、な」


 帰るには、返還の儀式と魔石がいる。あいつはケチったがな。


「だから、お前が思ってるほど、俺様はお人よしじゃねえってことだ」

「でも」


 エステルは膝を抱えて、小さく笑った。


「最初に魔力を流してくれたとき、あったかかったんです。わたしの体を心配してくれていると、そう感じました」

「……勘違いだ」

「勘違いでも、いいんです」


 エステルは、焚き火越しにまっすぐ俺様を見た。


「わたし、ネロと、ずっと一緒にいたいです」


 俺様は返事をしなかった。代わりに焚き火のそばで丸くなって、目を閉じた。

 背中のほうで、エステルが「おやすみなさい」と小さく言った。


 五日目の朝、丘を越えると、遠くに王都の城壁が見えた。


「うわあ……大きい……」

「ぼさっとするな」


 俺様はエステルの肩に跳び乗って、城壁の向こうをにらんだ。あそこのどこかに、目的の学園がある。


「行くぞ。俺様にふさわしい主人になれ」

「はい!」


*


「……入学試験は、秋の終わり?」


 王都の門の脇に立てられた掲示板を見上げて、エステルが声を上げた。


「まだ何か月も先です。どうしましょう、泊まるところもないのに」

「決まってる。森だ」

「森、ですか?」

「俺様はもともと森暮らしだって言ったろ」


 城壁の外には、王都を囲むように深い森が広がっていた。

 その晩、俺様は森の奥から兎を一羽くわえて戻った。


「ネロ、それ……」

「今日のぶんだ。当分は狩りをしながら生活するぞ」

「……ふふ。ありがとうございます」


 エステルは火の魔法で兎を焼いた。火加減は、もう俺様が口を出すまでもなかった。


「今日から、火属性以外もやるぞ」

「火属性以外、ですか?」

「お前の魔力ならすべての属性を極められるはずだ。試しに水を出してみろ」


 最初の水は、手のひらからこぼれてエステルの足もとを濡らしただけだった。


「冷たい……」

「魔力の流れにもっと意識を集中しろ。水が体を流れるように魔力を流すんだ」

「……こう、ですか?」

「まだ硬い。もっと魔力を全身に流せ」

「むずかしいです……」

「毎日やってたら慣れるよ。一度コツを掴めばできるようになる」


 そんな風に過ごして月日が流れていた。

 森の葉が色づきはじめるころには、エステルの魔法は別物になっていた。


「いきます!」


 手のひらから放たれた炎は、焚き火どころか、森の空き地をまるごと呑みこむほどの火柱になって空へ噴き上がった。


「おい、ちゃんとコントロールしろって言ってるだろ。火が燃え移るぞ」

「す、すみません! 次、水いきます!」


 指先から走った水の刃が、大人三人でも抱えきれない倒木を、音もなく縦に割った。

 風を呼べば、嵐のような突風が木々をなぎ倒し、地面からは、土の針が何十本も突き出して、的にした大木を串刺しにした。


「……ネロ、わたし、なんだか怖いんですけど」

「怖がるな。お前の魔力ならこの程度できて当たり前なんだよ」


 あれだけの魔力を、毎日飽きもせずに流し続けてきたのだ。もともとの才もあったのだろう。この歳で、ここまでの魔法を撃てる奴はそうはいないはずだ。

 もっとも、あの馬鹿でかい魔力のせいで、まだ俺様がいないと完全にはコントロールできないようだがな。


「そういえば、最近、体調がいいんですよ」

「……だろうな」

「ネロのおかげです」

「お前が毎日頑張ったからだ」


 変わったのは、エステルだけではない。俺様の力も上がってきている。主人の力がしっかりと流れ込んできているようだ。


「次は、使い魔に魔力を回す訓練だ」

「ネロに、ですか?」

「主人の魔力で、使い魔はさらに強くなれる。俺様の背中に手を当てて、少しずつ流せ」


 エステルの手のひらから、あたたかい流れが背中に入ってくる。ある程度魔力が渡った後、俺様が爪を振ると、岩の表面に三本の深い筋が走った。


「すごい……! もっと流しますか?」

「……いや、いきなりやりすぎると魔力をすべて使いすぎて倒れるぞ」


 訓練中はトラブル続きだった。

 その日は、試験まであとひと月というころだった。

 森の奥で木々がなぎ倒される音がして、熊ほどもある猪の魔物が、牙をむいて突っこんできた。


「右に跳べ!」

「はいっ!」


 猪は俺様たちのいた場所を突き抜けて、太い木を根元からへし折っていく。


「止めます!」


 エステルが地面に手をつくと、土の針が猪の足もとから何本も突き上がった。だが針は、鎧のように硬い毛皮にはじかれて折れていく。


「毛皮が硬すぎます!」

「なら、俺様に回せ!」


 背中に流れこんでくるエステルの魔力を爪に乗せて、俺様は猪の首筋へ跳んだ。

 すると、俺様が着地するころには、猪は首筋に三本の切り傷ができて、大量の出血をしている。

 ずん、と地面が揺れて、猪は動かなくなった。


「……た、倒せ、ました……?」

「ああ。今夜は肉が食い放題だな」

「そこですか!?」


 試験の前の晩、エステルは焚き火の前で、何度も手のひらを握ったり開いたりしていた。

 俺様の目に映るエステルの魔力は、もうどこにも揺らぎのない、大河のような静けさのある流れになっている。


「明日、合格するでしょうか」

「するんだよ。俺様の主人になる奴が、ちんけな試験に落ちるわけないだろ」

「……主人になる奴、ですか。まだ主人じゃないんですか?」

「明日の成績次第だな」


 エステルは少し笑って、「じゃあ、がんばります」とつぶやいた。


*


 試験の日の朝、魔法学園の中庭は、受験者と使い魔でひしめいていた。

 翼をたたんだグリフォン、首の長い大鷲、苔むした岩の巨人と、どこを見ても自慢の使い魔を連れた受験者ばかりだ。


「……猫?」

「あれで受けに来たの?」


 エステルの肩にいる俺様に気づいた何人かが、くすくすと笑った。使い魔の格が、そのまま主人の格だ。ここの連中は、そういう目でしか見ない。


「気にするな」

「はい。慣れてますから」


「おい、嘘だろ」


 聞き覚えのある声がした。人垣を割って、あいつが銀狼を連れて歩いてくる。


「出来損ないが、なんでこんなところにいるんだ」

「……試験を、受けに来ました」

「はっ。この試験に合格したら、父上が認めてくれるとでも思ったのか?」

「認めてもらうために来たわけじゃありません」

「そもそも合格など無理だろうがな。家を追い出された出来損ないと、俺が捨てた駄猫だぞ」

『吠えてろ。すぐに吠え面かかせてやる』

「ニャアニャアうるせえって言ってんだよ、駄猫」

「ネロは駄猫じゃありません」


 エステルが、あいつをまっすぐ見上げた。


「わたしの、大事な使い魔です」

「……っ、生意気な」


 あいつが言い返そうとしたところで、試験官の声が中庭に響いた。


「受験者は、名を呼ばれた順に前へ!」


 実技は、中庭の奥に並べられた岩の標的を、使い魔と組んでどれだけ壊せるかを見るものだった。


「アルトハイム家、ギルベルト!」


 あいつが前に出ると、中庭がざわめいた。名家の跡取りと銀狼の組み合わせは、ここでも評判らしい。


「行け!」


 銀狼が走り、標的の岩に体当たりする。一つ、二つ、三つと岩が砕け、四つめの岩にひびが入ったところで、銀狼は荒い息をついて足を止めた。

 図体はでかいが、あいつの魔力じゃ半分も満たせてねえ。俺様の目には、銀狼の中の流れがところどころ薄くなっているのが見えた。


「おお……」

「さすがアルトハイム家だ」

「見事だ。今年の首席候補だな」


 試験官も満足そうにうなずいている。あいつは振り返って、エステルに勝ち誇った笑みを向けた。


「……次、エステル!」


 家名のない名前に、中庭がまたざわついた。

 なぜなら、平民はそもそも召喚獣を用意するだけ裕福な者が少ないので、この学園を平民が受験こと自体が珍しいかららしい。


「行くぞ」

「はい」


 エステルが一歩前に出て、両手を構えた。

 最初の火の玉が一つめの岩を破壊すると、ざわめきが止まった。水の刃が二つめを縦に割り、嵐のような風が三つめを倒し、突き上がった土の針が四つめを串刺しにした。

 中庭が、しんと静まり返った。


「な……」

「あの年で、四属性をここまで……?」

「使い魔を使わずに……だと」


 残る標的は一つ。ほかの岩の倍はある大岩だった。


「手加減するなよ、全部回せ」

「――はいっ!」


 背中に流れこんでくる魔力は、森で練習したときとは比べものにならなかった。毛の一本一本まで熱が満ちて、四肢に力があふれる。

 俺様は地面を蹴った。

 小さな黒猫が爪を振り下ろした次の瞬間、大岩は轟音とともに真っ二つに割れて崩れ落ちた。

 振り返ると、エステルは少しよろめいたものの、自分の足でしっかり立っている。


 日が傾いたころ、合格者の選定を皆が待っていると、中庭に合格者の名が書かれた紙が広げられ、試験官が壇上に立った。


「今年の首席を発表する。アルトハイム家、ギルベルト。そして、エステル。以上二名を首席とする」

「首席が、二人……?」


 ざわめく中庭で、あいつだけが顔をゆがめていた。

 二人共呼ばれて、軽く挨拶をした後、壇上から下りてきたあいつは、エステルの前で足を止めた。


「……いい気になるなよ。どうせすぐに化けの皮がはがれる。お前はアルトハイムの恥だ。出来損ないは、どこへ行っても出来損ないなんだよ」


 吐き捨てるように言って、あいつは銀狼を連れて去っていった。

 エステルはうつむいたまま、動かなかった。

 俺様はエステルの肩に跳び乗った。


「気にするな。エステルなら、やっていけるさ」

「……え」


 エステルが顔を上げた。


「いま、名前……」

「……主人の名前くらい、呼ぶだろ」


 エステルの目が、みるみるうちに潤んでいく。


「ネロ……!」

「おい、泣くなよ。その泣き虫も早く直さないとな」

「泣いてません……!」


 中庭を出るとき、試験官たちの話し声が聞こえた。


「あの子の魔力なら、竜とでも契約できるだろうに。なぜ猫なんだ」

「さあな。本人が選んだんだろう」

「しかし、平民だと困るからと言って首席を二人にするとは……」

「仕方ないさ、他に方法がなかったんだ」


 俺様は聞こえなかったふりをして、エステルの肩の上で目を閉じた。

 厄介な学園に入っちまったもんだ。俺様の主人は、どうせまた無茶をするだろうな。

 ……まあいい。そのときは、俺様がそばにいればいいだけの話だ。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

もし「面白かった」と思っていただけましたら、下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、とても励みになります。ブックマークや感想もお待ちしています。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。