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僕らの毎日  作者: 目黒市


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9/16

店長の柏さんとバイトの長谷川くん

 事務室を出て店舗の裏。

 従業員用の小さな喫煙スペースへ向かう。

 つい先週まではねっとりとまとわりつくような湿った空気が、身を裂くような冷たいものに変っている。若いころないざ知らず四十も半ばなこの身体にこの急激な変化は辛い。

 タバコを一本取り出し火をつける。

 禁煙なんて志はとうに諦めている。しかし未練がましく軽いタバコへと鞍替えをした。辞めたいのか、続けたいのか自分でもよくわかっていないのだ。


「ふぅー」


 紫煙が夜の空へと昇って消えていく。

 時の流れのように止まる事を知らない心を落ち着けてくれる。


 一口目は充足感を与えてくれる。

 そしてもう一口。

 そこからはこの匂いや煙が私の中に眠っている記憶を呼び起こしてくれる。


 最初に思い起こすのは地元の駅の待合室。

 スーツを着た紳士。厚化粧をして姦しく話す婦人。部活に向かう学生。ジュースを飲んで足をぶらつかせている子供。

 分煙なんて概念がまだ存在していない頃。当たり前のようにその待合室の中でもタバコの煙は充満していた。

 新聞と睨めっこしながらタバコを咥えたサラリーマン。

 

 タバコを吸うたびに過去のそんな光景が様々と思い出される。


「旨そうに吸いますね」


 気づくと長谷川くんが電子タバコを手に笑っていた。


「そうですか。本当は辞めた方がいいのでしょうがね」


 長谷川くんも私の隣で電子タバコにスティックを差して口に咥える。電子タバコの独特な香りが広がる。

 半年ほど前から雇い始めた大学生。

 人当たりも良く、パートで入っている主婦の方々からも評判がいい。

 雇い主たる私からしてもシフトの入りがよく仕事覚えのいい彼はとてもありがたい。


 しかし内心悩んでいるところもあるのだが。

 そんな私の悩みなど知らぬ彼は年相応な快活な笑顔で話しかける。


「つけてくれてるんですね、ソレ」

「え、あぁ」


 言われて私は首元に手を当てる。

 そこには質素なデザインのネックレス。午前のシフトに入っていたパートの丸山さんから「あれ、店長カノジョさんですか?」などと揶揄われてしまった。

 その時は曖昧に笑って誤魔化した。

 本当は彼からの贈り物だ。


「つけてくれないと思っていたから嬉しいです」

「……折角の贈り物、ですからね」


 なぜだか彼は私に好意を寄せてくれているらしい。

 けれど私はその好意を素直に受け入れずにいた。性別とかそういうことではない。

 同性の私から見ても彼は魅力的な青年だ。

 そう彼は若くてエネルギーに満ちている。対して私はもう四十も折り返し。

 年齢、という如何ともし難い壁。

 

 本当に断るならば、このネックレスもつけるべきではない。私の優柔不断な心の弱さだ。

 胸ポケットの定期入れが重さを持つ。別れた妻の写真。

 他にもスマホに残されたもう二度と連絡しないであろうかつて大切だった人たちの連絡先。

 歳を重ねるたびにただ増えていく未練の塊。

 この首に吊り下がるネックレスもいずれはそうした塊の礎のひとつになるのだろう。


 彼は大学であったことを楽しそうに話してくれる。

 それに相槌を返しながら紫煙を吐き出す。


 私の意識はまたタバコの香りの中を彷徨う。

 いつかの記憶。

 サービスエリアでライターを貸した老人の顔が思い出される。

 彼がどんな人生を歩んだか知らないが、とても幸せそうな顔でタバコを吸っていた。

 彼と同い年になった時私はどんな顔でタバコを吸っているのだろう。


 灰皿に吸い殻を捨て、新しいタバコを取り出す。

 不意に長谷川くんの顔から笑顔が消える。

 

「長谷が、ん」


 艷やかな唇が私の唇を塞ぐ。


「そんな悲しい顔をしないでください。俺、休憩あがりますね」


 逃げるように長谷川くんは店舗へ戻っていく。


 呆然とその背中を見送る。

 何年も動いていなかった胸の鼓動を感じながらタバコに火をつける。


 またひとつ紫煙に新しい想いが重なる。

 体調を崩してしまい更新遅れて申し訳ありません。そのせいで仕事も溜まっていますので年末までどれほど更新できるかわかりません。もし読んでくださる方いればのんびりとお待ちいただけると嬉しいです。

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