新入生の林くんと演劇部の佐多先輩
第一話『学園王子の東くんと演劇部の佐多くん』の続きです。
この高校へ入学を決めた理由はたったひとつ。
真新しい制服に袖を通し、これから三年間通う高校の校舎を見上げながら林ミツルは覚悟を決める。
「あの先輩をまずは探さないとな」
そう理由は単純。
一目ぼれだ。
友人たちからは揶揄われたり、止められたりもした。理由を知らない教師や親からはミツルの学力不足を指摘された。けれどたまたま部活の先輩に誘われ訪れた文化祭で出会ったあの女子。鼓動を早めたこの恋心を止める術をミツルは知らず。部活に向けていたエネルギーすべてを勉強にそそいだ。
中学三年の冬を迎えるころには反対していた大人たちも、ミツルの下心など露知らず模試やテストの結果から応援に回っていた。特に両親の喜ぶ様はすさまじく。高校はスポーツ推薦での私学だと覚悟していた両親は突然の公立校、しかも県内有数の進学校入学にミツルのお小遣いを三倍増したくらいだった。
「あらまぁ、みっちゃん気合はいってんね」
同中の山本が鼻息荒いミツルを揶揄うように笑う。
「何度見ても坊主頭じゃないの見慣れなくて笑える」
「うるさいな。部活のルールで坊主だっただけだ。これからはお洒落に決めるんだよ」
上がったお小遣いで春休みの間に初めての美容室にも向かった。
気が早いかもしれないけれどデート用の服だって買ったんだ。
もう部活はやらない。高校ではカノジョをつくって青春を謳歌するんだ。
ミツルは決意を固め校内に足を踏み入れた。
◇◇◇
「どこにもいない!」
放課後の教室。
入学してから二カ月経った初夏。色づいていた木々もすっかり新緑を深めた頃。
ミツルは日課の校内徘徊を終えて教室の机に突っ伏した。
「いい加減諦めれば?」
「目ぼしい先輩たちは確かめたん?」
教室に残っていた軽音部の友人二人がミツルに話しかける。
「あぁ、全員もう確かめた。けど全員違った」
「本当にうちの学校の生徒なんかな? 文化祭の日だったら他校の生徒かもしれないよ」」
ミツルは首を振る。
「いいや、制服はここだったし。間違いはないはずなんだよ」
「三年の三大美女も、二年の女神も見てみたんだろ?」
「全員違った。あの日着ていた制服のネクタイは赤だったから二年生のはずなんだけれど」
「謎の美少女か。どんな人なんだろうな」
目を瞑ればあの日の女子の姿が思い浮かぶ。
肩口まで伸びた艶やかな黒髪。切りそろえられた前髪から覗く、小動物のように忙しなく動く丸い瞳。桃色に染まった頬。恥ずかしそうにスカートの裾を掴む小さな手。
そわそわと何かを探している彼女に思わずミツルは話しかけたが、びくっと反応して逃げられてしまった。
「もう少し探してみる」
ミツルは決意新たに立ち上がる。
「放課後だしほとんど生徒はいないぜ?」
「部活見て回ってみる。なんかしらの部活に入っているかもしれないし」
「がんばれー」
「諦めたらいつでもオレらのバンドに加入してくれよ」
教室を出ていくミツルに軽音部の友人たちはそれぞれに声をかけ見送る。
ミツルはあてもなく校内を彷徨う。
放課後の校内。
日中の喧噪とは違う様々な音に溢れている。
校庭や体育館で上がる掛け声。各教室から響く無秩序な楽器の音色。姦しく笑い合う女生徒たちの声。
そのどれにも混ざることはなく初恋の面影を探す。
どれくらいの時間が経っただろうか。
すっかり茜色に校内は染まり、廊下の曲がり角の向こうは薄っすらと夜の気配をにおわせ始めた。
いくつかの部活動を見て回ったがそこに探し求める人の姿はなかった。
「――してっ! もう――らないって言ったよな」
「――」
「――っ!」
そんなミツルの耳に何やら言い争う声が聞こえてきた。と言っても片方が一方的に相手を責めているように聞こえるが、何事だろうと声がする方へと歩みを進める。
資料準備室。
札を見ても何をする教室なのかさっぱりわからない。声は中から聞こえる。
ドアについた窓ガラスから教室の中を窺うと、どうやら二人の男女が言い争いしているようだった。
なんだ痴話喧嘩かよ。
こちらの苦労も知らずいい気なもんだぜ、とミツルはすぐに立ち去ろうとした。けれど、そのカップルの片割れには見覚えがあった。
学内の有名人だ。
確か名前は東先輩だったか。
カノジョいないならチャンスかも、と前髪をいじっていた女子たちの会話が思い起こされた。
東先輩と言い争っている女子生徒はこちらに背を向けていて顔は見えないが、東先輩の顔はこちらから見ることができる。なるほど女子たちが騒ぎたくなるのも理解できる。同性の自分から見てもよく整った顔をしている。けれど身振り手振りで怒りをあらわにする女子生徒を見る彼の表情は、悪戯を楽しむような性格の悪そうな笑みを浮かべていた。
やっぱイケメンって気に食わねぇわ。
二人の喧嘩の理由はわからないが、ミツルは東先輩が悪いと決めつけ気づかれる前に立ち去ろうとした。
したのだが。
目が合ってしまった。
窓ガラス越しに東先輩と目が合う。
気まずさから目線を外そうか、と考えたがそうするのも癪な気がして逆に睨み返す。
「ちょっと何処見てんだよっ!」
よそ見を始めた東先輩に女子生徒が声を上げる。
そしてその東の視線を辿るように女子生徒もミツルの方を振り向いた。
「あっ」
思わずミツルの声が漏れる。
髪型はあの時とは違う。
けれど、その顔には見覚えがある。
あの日からひとときだって忘れたことがない。
初恋の君。
初恋の人が男だったと気づく五分前。
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