弟のアヤトと兄のミナト
「久しぶりだね兄さん」
戸惑うような表情を浮かべて、アヤトは数年ぶりに会った兄へ挨拶する。
久々に会う兄のミナトはあのころと何ら変わらない。
二人がひとつだった頃。もう戻らないあの頃。
「いつ以来だっけ」
ミナトももう失った時間は戻らないことを理解しているのか、その声音にはどこか距離があった。
「どうだったかな」
「それより高校ではどうなの?」
時間や距離を埋めるように言葉を少しづつ積んでいく。
喋りたいことはたくさんあった気がするけれど口をつくのは他愛ないことばかり。
学校のこと。
友人のこと。
些細なことばかり。
「大きくなったね。身長も抜かされた」
ミナトが上目遣いでアヤトを見上げる。
昔は同じ目線だった二人。その差は離れた時間を、埋まらない距離を明確にする。
「バスケ始めたんだ」
アヤトの言葉にミナトは少し驚いたように目を見張る。
「意外だね。スポーツなんて、しかもチームスポーツじゃないか」
いつも二人で遊んでいた。他人は二人の間には必要なかった。
ミナトがアヤトで、アヤトがミナト。肉体の檻に入れられていた魂が混ざり合うように、自分と相手の境界が消えていく。その感覚がとても心地よかった。
だけどずっと同じだった二人も、今は大きく変わった。
「もう違うんだね」
ミナトが寂しそうに笑う。
「ずっと一緒だとおもってた」
アヤトも頷く。
手を伸ばせば届く距離にいる兄。
その距離が果てしなく遠い。
「あっ」
ミナトが後ろを振り返る。
鈴の音が鳴っている。
「もう行くの?」
「うん。もういくよ」
「また会えるかな?」
「いつか、ね」
まるで催促するかのように鈴の音は鳴り続ける。
ミナトは引き寄せられるようにその音が鳴る方へ歩き始める。
遠ざかる兄の背中をアヤトは見つめ続けるしかなかった。
追いすがって幼いころのように兄の手を握って一緒に歩きたかった。けれど久々に兄と会って実感してしまった。おそらくミナトもそうなのだろう。ミナトもアヤトの手を取ろうとここに来てくれたのだ。けれどそれはできないのだ、と感じたのだろう。
「さようならミナト。またね」
小さく呟いた声は小さなミナトの背中に吸い込まれていく。
寂しげな兄の背中は悲しさの中に消えていく。
◇◇◇
アヤトが目を覚ましたのは病院に運び込まれて三日目の夜だった。
夜勤の看護師が医師や家族に連絡をとり、簡潔に状況をアヤトへ説明した。
たった三日ですっかりやつれてしまった両親に申し訳ない気持ちが湧いた。
「――」
ごめん、と口を開こうとしたが言葉はでなかった。
身体中にギブスがはめられて、腕からは点滴のチューブが伸びている。
両親や医師の言葉から自分が交通事故に巻き込まれたらしいことはわかった。
自分が悪いことなどもちろんないのだが、アヤトには後ろめたさがあった。
きっと自分は死の淵にいたのだろう。
ミナトとの邂逅は夢ではない。
兄の隣に立って向こうへ行きたかった。
六年ぶりに会う兄との埋められない隙間に絶望してしまった。
あの鈴の音がするところにいけばその隙間を埋めることが叶ったかもしれない。
病院で目が覚めた時に感じたのは、生きていたことの喜びよりも寂しさだった。
死んでしまった双子の兄ミナトはあの頃のままだった。
病室に飾られた時計が残酷に秒針を進めていく。
もう一度ミナトに会えないか、と目を瞑る。
誰もいない。
狭く暗い孤独が広がるだけだった。
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