アイドルの七草さんと斑鳩くん
「これ見て見て! ヤバいの! 尊すぎる! あぁ、生きてて良かったあぁあ」
「ちょっ、みんな見てるから静かにしてよ」
友人の皆川ルナがスマホの画面を見せながら迫ってきた。
大学内では大体ぼっちでスマホと睨めっこしている友人なのだが、時折こうやって興奮しながら私のところに走ってやってくる。
食堂にいる人たちの視線が集まる。恥ずかしさから顔が赤くなる。
私も友達なんてルナくらいだから、こうやって話にやってくるこの娘を邪険に扱う気にもなれなかった。
「うぅ、こんな動画をみて冷静にいられるか! いやいられん。俺をこんなに興奮させやがってよぉおお!」
いつにも増してテンションが高いようだ。
私は彼女が突き出しているスマホの画面に目を向けた。
「あぁ、今はやりのアイドルだっけ?」
「ミラージュ・ミュージック・マーベリック。通称スリーエムズ! メンバーはクソガキ担当の最年少斑鳩ハルトきゅん、ダウナーお兄さん担当の七草アラタお兄ちゃん。セクシー担当の」
「待って待って、その調子で全員説明するつもり?」
「当たり前でしょ。メンバー一期生から三期生までの三十名紹介しないとはじまらないの」
「何がはじまるのよ。この動画の二人だけでいいわ」
「この二人は拙者の最推しハルトきゅんとアラタお兄ちゃん。グループメンバーはみんないい子で仲良しなんだけど、この二人は特に仲良くて一緒に企画動画とか、配信しているんだよ。もう本当兄弟みたいで、この二人の絡みを見るために私は生を受けたんだわ」
あぁ、仲良し営業ってやつか、と冷めた目で動画に映る二人へ再び視線を戻す。
「それでね、これはハルトきゅんのチャンネルでやってたホラゲ配信なんだけどね。ここ見て欲しいのよ、いやはや私じゃなかったら見逃していたね。本当。あぁあああ捗るぅううう」
◇◇◇
「おっ! めっちゃ反応いいじゃん今回の動画。テンション上がる〜!」
ハルトは更新するたびに加速していく動画の再生回数に喜色を浮かべる。
「へぇ本当だ。ハルトの言った通りだね」
横から覗き込んだアラタも嬉しそうに口元を緩める。
「アラタさん! 早速第二弾も用意しようぜ。どんどん燃料投下しょっ!」
「ん~、疲れたからすぐはパス。僕ワークバランスは大切にしたいの。ユニットでのライブ公演も控えているし」
「えぇー、ここはどんどん攻めないと」
「ハルトはまだ若いからわかんないだろうけれど、おじさんは体力そんなにないの」
「アラタさん、俺と年齢みっつ、よっつしか変わらないじゃん」
「その差が、ね。大きいわけ。ほら個人のライブ配信あるんでしょ。枠も立ててるし」
「折角一緒にいるんだし、このままコラボ配信にしちゃおうよ!」
「だからパスだって」
「えぇー! ホラゲなんだけど。俺マジでひとりホラー無理だって。アラタさんいるから選んだのに」
泣きそうな顔で訴えるハルトに、アラタは呆れ顔を浮かべる。
「うわっ、ハルトくんは最初からコラボ目的で僕呼んだんだね。僕たち再生数だけの関係だもんね」
拗ねたようにソファーの上で丸まる。
「ちょっ、アラタさん」
「はいはい、横で見守っているだけだからね」
泣きつくハルトの頭を優しくなでる。
「あざっすアラタさん! 今度飯でも驕るし。百蘭で食べたいのなんでも注文していいよ」
「ラーメンかぁ、僕今糖質制限しているから別のがいいかな」
「うえっ、ストイック」
「僕らはアイドルなんだからファンのみんなの為にも、ね」
「みんなオレらが楽しそうにしていたら喜んでくれるって」
「とにかくラーメンはなし。それに今僕が一番食べたいのは」
「うわっ」
ハルトの体を強引に引き寄せ、その胸元に顔をうずめる。
「ちょっとアラタさん。オレこれから配信なんすよ」
「まだ少し時間あるでしょ」
「てっ、くすぐったいよ。ダメだって」
「なんでも食べていいって言ったよね」
「それは」
「それじゃいただきます」
◇◇◇
「ここ! ここ見て」
ホラーゲームをしているワイプに映る青年の姿を指でスワイプする。
「ハルトきゅんの首元」
「えー、どれ」
「ここ、このうっすら見える跡」
「……虫刺され?」
私の言葉にルナは信じられない、という表情を浮かべる。
「えっ、どんな感性しているの? 頭大丈夫? これどう見てもキスマークでしょ! やっばハルトきゅんたら、アラタお兄ちゃんに美味しく頂かれちゃってるなんて。やっば! 滾るわぁああ」
喋りながらひとりで興奮していくルナにお前の方が大丈夫か? と問いかけたい気持ちをこらえる。
「こんな粗い画質じゃはっきりしないし、もしキスマークだったとしてもこのアラタお兄ちゃんだとは限らないでしょ」
「はぁー、これだから素人は。この日は朝から二人が一緒にいることはSNSで把握済みよっ!」
アイドルも大変ねぇ、こんなファンの相手もするんだから。
そう思いながら流れ続けている動画に映るアイドル二人へ目を向ける。
まぁ、でも楽しそうではあるわね。
画面の中の二人は楽しそうに笑っていた。
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