後輩の雨宮くんと先輩のアリエフくん
「へぇー、意外と綺麗にしてるんだ」
「センパイ、俺だってちゃんと片付けくらいできます」
胸を張って答える雨宮を無視して、アリエフはクローゼットを開ける。
「あっ、ちょっ」
ズザーっと押し込められていた衣服や、漫画雑誌などが雪崩をおこす。
「ふーん、片付けくらい、できる、ね」
「あー、そのー、これは」
いいから片付けるよ、とアリエフは手を叩いて、散らばった衣服を回収し始める。
雨宮も慌てて片付けをはじめる。
ちらり、と雨宮は横目に先輩の姿を盗み見る。
昨年までは雨宮と同じ高校生だったはずなのに、一足先に大学生となったアリエフは彼の目にはとても大人びて見える。
いや、高校時代からこの人はそうだった。
文芸部の部室で夕日を浴びて文庫本を読んでいる姿は今でも目に焼き付いている。
初めて会った日に読んでいた本も覚えている。
父親の故郷の作家だから、と赤地に黒い文字の映える表紙が特徴的な文庫本を読んでいた。真似して買ったはいいが上巻の途中でやめてしまった。きっと雨宮の部屋のどこかに肥しとして眠っている。
中学時代は野球に熱を上げて、夢は甲子園なんて声を大にして語っていた。
けれどそんな目標はあっさりと失われた。
未だに痛む左腕。
高校に進学してもやりたいことは見つからず、かといって勉強を頑張ろうと思うほど真面目でもなかった。いつも放課後につるむ友人がその日委員の仕事で、そんな友人を待つために気まぐれに訪れた図書室でアリエフと出会った。
情熱を失ってから綺麗だ、なんて感じたことはなかった。
じっと見惚れていた雨宮に気づいたのか、アリエフは読んでいた本から顔を上げた。
そんな様子を雨宮は、あっ動いた、なんて間の抜けた感想を抱いていた。
だからアリエフの文芸部に興味あるの? という言葉にしっかり聞きもせず頷いていた。
「ほら、手を動かしなよ」
気づけばアリエフがこちらを冷めた視線で見ている。
「あっ、はい」
雨宮は慌てたように片付けを始めようと立ち上がる。
だから足元がおろそかになっていた。
「うわっ!」
足元に落ちていたシャツを踏んづけて転んでしまう。しかも横で片づけをしていたアリエフに倒れ込んでしまった。
「いててっ、センパイ大丈夫っすか」
覆いかぶさる恰好になってしまった。
腕の中に倒れているアリエフに声をかける。
「大丈夫だよ。まったく君はずっと変わらないね」
苦笑するアリエフ。
雨宮は思わず息をのむ。
宝石が自分の腕の中にいるのだ。
自分とは遥かに違う華奢な首筋。シャツの胸元から覗く鎖骨のライン、その白さに思わず眩暈がした。
「ミヤ?」
耳元でアリエフがささやく。
この人の肌は変わらず白く。
対して自分はきっと真っ赤になっている。その恥ずかしさをごまかすように言葉を紡ぐ。
「掃除。掃除しなくちゃですよね。そしたら勉強見てくださいよ!」
慌てて喋る雨宮にアリエフはどこか愛おしそうに眼を細める。
そして立ち上がろうとする雨宮の首筋に両手を伸ばし、自分の方へと引き寄せた。
「せ、センパイ」
「掃除でいいの?」
「あ、いや、その」
「押し倒しておいて?」
「いや、あのこれは違うんっス。偶然、で」
「……オレはもうそのつもりだったんだけど?」
「え?」
「しないの?」
「っ、そんな煽って知らないっすからね」
目つきの変わった雨宮の姿にアリエフはフフっと微笑み、囁く。
――オレのミラーシュカ。
そんなアリエフの言葉はもう雨宮の耳には届いていない。
雨宮くんは高校3年生。アリエフ先輩は大学1年。雨宮くんは先輩と同じ大学へ進学するために、必死で勉強しています。
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