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僕らの毎日  作者: 目黒市


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15/16

小学校の王子様の東くんと小学生の佐多くん

 大人たちは僕を褒めてくれる。

 それは両親が女優と大企業の役員だから。

 先生たちは僕を褒めてくれる。

 それは僕の成績が優秀で、反抗的な態度をとらないから。

 友人たちは僕を褒めてくれる。

 それは僕の造形が優れているから。


 僕はそんなみんなの期待を裏切らないように、『王子様』という偶像を演じる。


 けれど、僕だって友達と廊下を走りたいし、リコーダーでチャンバラだってしたい。放課後にコンビニでお菓子を買い食いしたりもしたい。

 昼食後の授業は居眠りだってしたいし、宿題をせずに遊んだりしたいし、理不尽な先生の言葉に反発したい。

 知らない大人たちの集まりよりも、家でアニメを観たいし、作り笑いを浮かべて相槌を打つよりも公園で野球をやってみたい。


 小学校に向かう送迎の車内。

 運転手の山崎さんはいつも通りの無表情でハンドルを握っている。僕は通学路を歩いている子供たちを眺めていた。

 彼らは楽しそうにおしゃべりしながら歩いている。


 羨ましい。

 心底そう思う。

 溜息をつきたいが、そうはいかない。運転手の山崎が心配してしまう。


「それではいってらっしゃいませ」

「うん、ありがとう」

「では、また放課後迎えにまいります」

「よろしくね」


 車を降りる。

 山崎さんは丁寧に一礼すると、去っていった。

 さぁ、今日も一日王子様を頑張ろう。

 僕はいつもの笑みを顔に張り付け、校門に立っている先生や、登校している生徒たちに挨拶する。


「おはよう」


 きっといつか僕は、僕を忘れてしまうんだろう。


 だってもう、僕自身、僕がどんな人なのかわからない。



 昼休み。

 教室にいると女の子たちが寄ってきて姦しく話しかけてくるので、図書室に避難している。本当は外でドッチボールに参加したいが、王子様である僕はそんなことをしないらしい。

 図書室には人がいない。

 紙の本は人気がないのだ、そもそも本の人気がない。

 僕も低学年の頃は何時間もかけて一冊読むよりも、数分で概要を知れることの方がいいと思っていた。

 けれど、こうして図書室に避難して手持無沙汰で読み始めるとその考えを改めた。


 それ以来、避難という名目だけじゃなくこのページをめくりながら過ごすひと時を楽しんでいる。


 今日は何を読もうかな。


 本棚の間を見て回る。


「あれ?」


 棚の上段に以前読んだ作者の別作品を見つける。どうやら図書委員が戻す場所を間違えたみたいだ。

 手を伸ばすが届かない。

 

「だ、誰もいないよな」


 辺りをさりげなく見回して、誰もいないことを確認してから一番下の段に足をかけて上段に手を伸ばす。

 本棚に張り付いた姿勢。指が本の背にかかろうか、というところで声を掛けられた。


「なぁ、ここに踏み台あるんだけど」

 

 僕は本棚に張り付いたまま、視線を背後に向ける。

 そこには踏み台を持った男子生徒が立ってこちらを見ていた。


「うわぁ」

 

 慌てた僕は足を踏み外して、尻もちをついた。

 咄嗟に伸ばした手にぶつかった本もバタバタと降り注ぐ。

 最悪だ。

 見られた。

 こんな間の抜けた姿。僕のイメージじゃない。


 驚いた顔でこちらを見下ろす男子と目が合った。

 見知った顔。

 同じクラスの男子だ。

 名前は確か佐多くんだったはず。いつもクラスの隅で本を読んでいる子。あまり会話をしたことがなかったので、どんな子かは知らない。


「あ、これは」


 取り繕おうとするが、言葉がでない。

 数秒の沈黙がとても長く感じる。

 沈黙を先に破ったのは佐多くんだった。


「あはははっ」


 図書室に彼の笑い声が響く。それを咎める人は図書室にはいない。僕と佐多くんしかいないのだから。


「大丈夫か。東って意外と抜けてるんだな。ほらっ」


 佐多くんから差し出された手を掴んで起き上がる。

 

「佐多くん、このことは」

「でも意外でもないか」

「え」


 何か言い訳を口にしようと開きかかけた口を閉じる。

 意外でもない?


「だって東って周りを見てるようで見てないもんな」


 そんなことはない。

 僕はいつだってみんなの期待の王子様を演じて。


「この間の小テスト。東わざと解答欄をずらして書いただろ」

「……」


 みんなが見ている王子様像が嫌で、僕は先週の算数の小テストでわざと回答欄をひとつずらして解答した。

 しかし結果は満点だった。

 逆に教師から答案用紙が判りづらかったね、と謝罪された。

 そんなことはよくあった。

 僕が故意であろうと、なかろうと、周りは『王子様』が失敗をするはずがない、となかったことにした。


「理由は、まぁ、なんとなくわかるけど。そんなことしなくたって東はこうして尻もちついて頭に図鑑乗っけてる」

「ううぅ」


 頭に乗っていた図鑑が落ちる。


「東が王子様とかじゃないなんて、くだらないことしなくても誰かが気づくさ。だけど、今日のこれは秘密にしといてやるよ」


 そう言うと佐多くんは先ほどの僕の失態を思い返したのか、小さく笑った。

 あれ?


「おっ、なんだ! 怒ったのか⁉」


 僕が何も言わず見ているのを怒ったから、と勘違いした佐多くんが慌てたように表情を変える。


「ふふふっ」

「はっ?」


 そんな彼を見て僕は笑いを漏らす。

 突然笑い出した僕に佐多くんは間の抜けた声を出す。

 

「頭打っておかしくなったか? なぁ、おい」



 

 

「お疲れ様です。お坊ちゃま」

「山崎さん、お迎えありがとう」


 放課後。校門前で待機していた送迎車に乗る。

 山崎さんは自宅に向けて車を出発させる。


「何かいいことがあったのですか?」


 少し経って、山崎さんが口を開いた。

 いつもこちらが話しかけない限り口を開かない山崎さんにしては珍しい。

 どうやらそれだけ僕は浮かれていたようだ。

 念入りにいつもの『王子様』としての仮面をつける。


「そう? 今日もいい一日だったから、かな」


 今日も? いいや、今日はだった。

 朝までの僕はこの『王子様』の仮面が嫌でしょうがなかった。

 けれど、今はこの仮面が大切に思える。


 みんなに僕のことを知ってほしい?

 ううん。

 彼だけが知っていればいい。

 うん。

 それがいい。

 友達っていうのはこういうことなのかな。



◇◇



 佐多くんとの関係はあの昼休み以来変りなかった。

 僕は『王子様』として過ごし、彼は教室の隅で本を読んでいた。

 僕は知らなかったのだ。

 だってずっと『王子様』として過ごしてきたから、素の自分として誰かと関わることを知らなかった。


 小学校最後の思い出となる修学旅行。

 その夜。

 キャンプファイヤーを囲んでの各クラス出し物の時間。

 僕たちのクラスは女子が男装、男子が女装しての創作ダンスという奇天烈なモノだった。

 おそらくは僕に女装させたい、という欲望を滾らせた女子の考えに他の女子が悪ノリした結果だろう。


「……っ」


 そこで僕は気づいたのだ。

 恥ずかしそうにスカートの裾を押さえ、顔を赤く染めている佐多くんの姿。


 そうだ。彼と結婚しよう。


読んでいただきありがとうございます。

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