王子の東くんと演劇部の佐多くん
この日、何度目かの溜息が佐多の口から洩れる。
「どうしたんだ?」
頭上からの声。顔を上げれば学園の王子と女子たちからの呼び声高い東がこちらを見下ろしていた。今は噂通りの恰好をしているわけだが。
「衣装合わせ終わったみたいだね」
「あぁ、どうだ、似合っているだろ?」
王子の衣装を着て似合っているだろ? と自信満々に言って許されるだけの存在感を東は放っている。
同性の佐多から見ても整った顔立ち、スラリと長い手足。身長だって自分と頭ひとつ分は違う。
「佐多も似合ってるぞ。ふふっ」
東が目を細める。
「嫌味かな」
佐多は再び溜息を吐いて、姿見に映った自身の姿を見る。
「嫌味じゃないさ。立派なお姫様じゃないか」
姿見に映る自分の姿。
佐多が着ているのは水色のドレス。頭には金髪のウェーブがかかった鬘。ノリノリな女子たちの手によって化粧まで施されてしまっている。
なんで自分はこんな格好をしているのか? 原因は全部こちらを意地の悪い笑みを浮かべて見ている東のせいだ。
そもそも佐多や東のクラスでは文化祭の催しとして、クラス劇をすることに決まっていた。
題材の物語もすぐに決まり、主役である王子役は当たり前のように女子たちの推薦で東に決まる。そこからが問題だったのだ。
王子の相手役である姫を誰が演じるのか?
本当にするわけではないが、ラストにはキスシーンもある。それをあの東と演じられるのだ、女子たちが続々と名乗りをあげたか、と言えばそうではない。
むしろ逆。
誰も立候補しなかったのだ。
そりゃそうだよな、と役決めの話し合いを用具係に決まっていた佐多は他人事のように眺めていた。
まずあの顔面偏差値エベレストな東の横に並んでも惨めな気持ちになるだろうし、自分の容姿に自信がある女子だったとしても姫役に選ばれたらその後の学校生活は、他の女子からのやっかみと陰口に悩むだろう。
イケメンは。
遠くから見て。
楽しむの。
佐多はまるで進まない役決めを欠伸をしながら眺めていた。
自分には関係ない、と。
ふと、黒板の前で進行役として立っていた東と目が合った。
東がにやり、と笑ったのを見て嫌な予感とともに眉をしかめた。
「佐多、お前姫役でいいんじゃね?」
「……え?」
そこからは佐多の必死の抵抗むなしくあれよ、あれよと決まっていった。
話し合いにまるで興味のない男子たちは早く終わらせるために。
自分では不足と考え、しかし他人では不満と考えていた女子たちは角の立たない生贄の登場に。
気づけば佐多はお姫様役で東の相手役となってしまった。
「しっかし化粧ってすごいんだな。喋らなちゃ男だってわからん」
「はぁ、一生の黒歴史確定だよ。お前が指名なんかするから」
「そんなこと言うなって、演劇部でも女性の役なんてやったことないだろ。得難い経験を与えた俺に感謝してもいいんだぜ?」
「こんな経験は求めていないんだよね」
「ははっ、照れるなよ」
すると突然東が真面目な表情を浮かべて、佐多の前に跪いた。
「さぁ、姫様。御手を」
「は」
「ほら、姫様」
「え、えぇ。殿下こちらこそ」
少しつっかえながら台本のセリフをそらんじれば、東が佐多の手を取り顔を近づけてリップ音を鳴らす。
「君はどんな宝石よりも美しい」
「っっっん」
こちらを見上げる東に思わず声が詰まる。
「東くーん、衣装直すからこっち来てー」
「ん? へいへい」
用具担当の女子が東を呼ぶ。王子の顔からいつもの表情に戻った東が控室を出ていく。
その後ろ姿を佐多はただ黙って見つめる。
ぎゅっと自分の胸を手で押さえる。
まるで狂ったように音を立てる心臓。
鏡に映る見知らぬドレスを着た彼女は乙女のようにその頬を赤く染めている。
違う違う。
「そ、そう、俺は今お姫様だから。だから」
誰にともなく言い訳するように口にする。
ドレスを脱いだ後にもし同じように心臓が高鳴ったらどうしよう?
佐多はそんな考えを振り払うように首を振った。
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