第1話「その名は、ハニーチェーロ」
第1話「その名は、ハニーチェーロ」
「うわっ、なつかしー!」
部屋を掃除していた渡利 空は、幼稚園の頃に作った宝物入れを見つけた。
空は今年高校に入学したばかりの男子高生である。
そんな彼は、なにを宝物にしていたのか?
今ではすっかり忘れてしまっていて、タイムカプセルを開くようなわくわく感に包まれながら、宝物入れを開けた。
するとそこには…
「なに…これ?」
バームクーヘンに箸を刺した物体が、デカデカと箱の中を占領している。
空がバームクーヘンを触ってみると、ふにゃっと生地が潰れた。
「え?本物のバームクーヘン?」
匂いを嗅ぐと、甘い匂いがした。
しかし何十年も前のものだ。
よくよく観察してみると、腐ったり、カビが生えていたり、虫がわいていたり…、
そんな事は何ひとつなかった。
あまりにも非現実的な箸付きバームクーヘンを、空は無言でゴミ袋に入れる。
「わかったぞ…。このバームクーヘン、保存料とかめちゃくちゃ使って作ったヤツなんだな?
去年、ばあちゃんが冷蔵庫の奥底に入ってた賞味期限1年前のすあま出してきて、それ食ったら下痢ピーヤバかったからそれの類いだろ。
あのすあまも見た目平気だったし…」
その時、固く縛ったゴミ袋が破裂した。
「うわぁぁっ!」
部屋の中に白い煙が充満し、箸に刺さったままのバームクーヘンを抱きかかえた、ふわふわなぬいぐるみのような猫が現れた。
優しいクリーム色のタオル地でできたような猫は、手のひらに乗るような大きさで、宙を舞う。
「ダメじゃないか、空くん!大事な魔法のステッキを捨てちゃダメだよ!」
「どあぁぁぁぁぁっ!!?」
空は爆発したゴミ袋と宙に浮かんで言葉を話す猫に驚いて後退り、本棚に背中をぶつけて落ちてきた本の鉄槌が頭に直撃した。
「あたたたた……」
背中を丸めて膝に頭を擦り付けるように、本が当たった後頭部を手で押さえる。
「空くん、大丈夫?」
猫がふよふよと、空の周りを泳ぐように浮く。
空は涙目で後頭部を押さえながら、ようやく猫の姿をまじまじと見つめた。
「おまっ……何なんだよ……ぬいぐるみ……?」
「僕は“ホイプルン・ナマクリム・マキャロス3世”!お菓子の国“シュガリーナ”から来た妖精の王子様だよ」
「妖精の王子!?」
空はもう一度後退りしそうになったが、さっきぶつけた本棚がすでに背後にあると気づいて、その場で固まった。
「って、名前長くない…?」
「王子様だからね。“クリム”って呼んで!」
ホイプルン・ナマクリム・マキャロス3世改め、クリムは大事そうに箸付きバームクーヘンを空に手渡す。
「キミが伝説のバームクーヘンステッキを作ったなんて、信じられないよ」
「……は?今なんて?」
伝説のバームクーヘンステッキ…?
空は確かに、幼稚園の頃にバームクーヘンステッキを作ったような記憶は朧気にあるし、そのステッキで友達と遊んでいたような…記憶が………ないでもないかもしれない…。が、
そのバームクーヘンステッキが伝説のステッキだと?
空は何を思ったのか、額を壁にぶつけ始めた。
「わわっ!空くん、どうしたの?」
ふよふよと周りを飛び回るクリムを見て、空は窓を開けて飛び降りようとする。
「夢だ、起きろ!俺!」
「空くん危ないよ!ここ2階だから!」
クリムにシャツを引っ張られ、床に仰向けになる空。
「ぬいぐるみ風情が、意外と力強い…」
床に仰向けになった空は、天井を見つめたまま脱力し声を漏らした。
その横で、クリムがふわりと空の顔の上に降りてくる。
「……空くん、お願いがあるんだ」
その声が、今までより少しだけ静かで真剣だった。
「お菓子の国“シュガリーナ”が……なくなっちゃいそうなんだ。だから、バームクーヘンステッキと契約して魔法少女になってよ!」
「……は?」
空は目線だけでクリムを見上げる。
「最近、“アニキーター”と“アネキーター”っていう、すっごく強くて横暴な兄姉が現れてね。
国中のお菓子を、ぜーんぶ、自分たちだけのものにしようとしてるの。
チョコも、クッキーも、マカロンも……スイーツ全部、独り占め。
“お菓子の国”からお菓子がなくなっちゃったら、地球のお菓子も全部なくなっちゃうんだよ!」
空は一度、目を閉じて深く息を吸った。
「……………魔法少女ってなに…?」
「魔法少女は、唯一キーターたちに対抗できる魔法の戦士さ!」
「でも、魔法少女なんだろ?俺、男だし」
「性別は関係ないよ!魔法少女ってのは、初代魔法戦士が少女だったからってだけだから!
それに、魔法少女って体力がいるんだ。筋力も。
だから、女の子だと大変でしょ?体力も力もある男の子の方が戦えるでしょ!」
クリムの説明に、空は納得いかないという風に手を顔の前で振る。
「魔法戦士なんだろ?魔法でどうにかできるんじゃないのか?」
「できるよ!でも、魔法を使うと筋肉ムキムキになっちゃうんだ。
女の子だと可哀想でしょ?」
「………は?魔法で筋肉ムキムキ…?」
「そうだよ。魔法で筋肉ムキムキになったら、この伝説のバームクーヘンステッキでぶん殴るんだ!」
「ぶん………って、物理かよ!」
その時、空の手の中でバームクーヘンステッキが光り出した。
「え、ちょ、なんだこれ!!」
ステッキの穴からまばゆい光が放たれ、部屋中にカスタード色の光の粒が舞い始める。
バームクーヘンから溢れた光が、空の体を包み込んだ。
「おおおおおおお!??」
制服がパァンッと弾けて全裸の状態になり、顔が光のモザイクに覆われる。
「変身中は身バレ防止に顔にモザイクがかかるよ!」
「はぁ!?体隠せよ!」
「顔がバレなければ大丈夫!」
「意味わかんねぇーーー!!」
空の叫びはお構いなしに、眩い光が体にまとわりつき、真っ白いホイップのような襟付きのクロックトップが現れ、首元には大きなリボン。
リボンの中央に琥珀が光り、フリルのついたハチのお尻のような膨らんだ黄色いショートパンツ。
後ろには小さい羽根。
長い編み上げブーツはド派手な黄色に黒いリボンで編み上げてある。
顔のモザイクが取れると、髪は平凡的な黒からハチミツのような金色、瞳も黒から快晴のような澄んだ空色になっていた。
最後に、頭に黄色いリボンで飾ったミニシルクハットが現れる。
「ハニーチェーロ、優しい甘さでお仕置だ!」
空の口から勝手に台詞が飛び出し、ポーズを決める。
「……なにこれ……」
勝手に動いた体と口に、頭を殴られたような衝撃を覚える。
「ようこそ、ハニーチェーロ。
これからが、甘くてちょっとビターな戦いの始まりだよ!」
クリムは満面の笑みで拍手した。




