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ユルーリット辺境伯家での生活はゆったりと過ぎて行った。
三か月も経つ頃にはすっかり私の足も治り、日常生活を送れるまでに回復をした。
「おやおや。ミスティアさんは回復力も高いようですね。もう大丈夫ですよ。」
お医者様にもそう太鼓判を押された。
「先生、今までありがとうございました。どうかこれからもよろしくお願いいたしますわ。」
お医者様に今までの感謝と、これから病気や怪我をしたときにもお世話になりたいということを伝える。
「なにかあればいつでも。」
お医者様はにっこりと笑った。
「ミスティア。元気になったようでなによりだ。」
「ええ。本当に。」
傍でお医者様の診察を見ていたユルーリット辺境伯と家令のララトさんから快癒のお祝いの言葉をもらった。
二人とも心から嬉しそうな笑みを見せてくれる。
「ありがとうございます。私がこうして回復したのも、ユルーリット辺境伯爵様と、ララトさんを始めユルーリット辺境伯家の皆さまのお陰ですわ。重ねて感謝いたします。」
今の私ではお世話になったユルーリット辺境伯家に何も恩返しができない。私が今できるのは精一杯の感謝の気持ちを伝えることだけ。
私は立ち上がってユルーリット辺境伯に最上級の礼でもって感謝の意を伝える。
「なに、気にすることはない。困っている者を助けない貴族など貴族ではないからな。」
「ありがとうございます。ユルーリット辺境伯爵様。」
「うんうん。さて、ミスティアはこれからどうするつもりかな?バルトから聞いているかと思うが、この屋敷にこのまま住んでもらっても構わないし、家を一軒用意することもできる。ああ、家を一軒といっても大事に考えなくて良い。ここは田舎だからな。空き家がいくつもあるんだよ。空き家の管理をしているのは、この領地を治めている私だからね。空き家でよければいくらでもミスティアに提供することができる。負担には思わないでおくれ。逆にミスティアが空き家に住んでくれることで、管理する空き家が一つ減ることになるのだよ。」
ユルーリット辺境伯はそうおっしゃった。
私がこの家を出て暮らしても問題ないことを伝えてくれているのだろう。
私はそのことに深く感謝をした。
「それではお言葉に甘えて家を一軒借り受けたく思います。」
「承知した。家具は前の住人のものが残っているが新しく新調するようなら援助しよう。」
「ありがとうございます。ひとまずそのまま使用しようかと思います。」
「そうか。わかった。なんでも必要なものがあったらララトかバルトに伝えると良い。すぐに用意をしよう。」
「ありがとうございます。」
ユルーリット辺境伯の有難いお言葉に涙が出そうになる。
素性もしれない私にこんなに良くしてくれるなんて。
「ミスティアはまだこの街……いや、村かなぁ。まあ、いいや。この村のことをよく知らないだろう?足を怪我していたから外出はできなかったし。今日は私が村を案内するよ。生活に必要な店も紹介しよう。」
そう提案してきたのはバルトさんだった。
「うむ。それがよかろう。バルト頼んだぞ。ああ、ミスティア。すぐにでもこの家を出ていく必要はないからな。必要な物がそろって、準備が整ったらで構わない。家は今日から使えるようにしておくから、大きな荷物などは家の方に運んでおくといい。」
「何から何までありがとうございます。」
本当にユルーリット辺境伯はどこまで懐が広いお方なのだろうか。私は嬉しくて一筋の涙を流してしまった。
そんな私の元に「にゃぁ~」という声とともにオキニスが現れる。
オキニスは私の足に絡みつき、時折鳴きながら私の顔を見上げている。
私はオキニスをそっと抱き上げた。
「オキニスもありがとう。オキニスが私を見つけてくれたから私は今ここにいるのよ。オキニスが私を見つけてくれなかったら、きっとあのままあの場所で一人寂しく死んでいたのでしょうね。」
すべてはオキニスが私を見つけてくれたから、だ。
私はオキニスにも感謝を伝える。
オキニスはまるで「あたりまえでしょう!」という感じに一声「にゃあ~」と鳴いた。
こんなに可愛くて懐いてくれているオキニスと離れて暮らすのはとても寂しいけれど、オキニスはユルーリット辺境伯の飼い猫だ。私が連れて行くことはできない。
「オキニス。毎日でも私はあなたに会いに来ますわね。」
「にゃあ?」
抱きしめて耳元で囁けばオキニスは目を瞬かせて鳴いた。
「じゃあ、ミスティアが用意できたら出かけようか。」
「ええ。よろしくお願いしますわ。」
そうして、私はバルトさんに主要なお店や場所を紹介してもらうことになったのだった。
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