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「なにかしら?あの建物になにかあるのかしら?」
私は、バルトさんに尋ねる。
バルトさんは、苦い表情を浮かべている。
バルトさんがこんなに苦い表情を浮かべているのは初めて見たような気がする。
何かとても嫌な予感がする。
「……いや、やっぱりなんでもない。」
「なんでもないってわけないでしょう?今、なにかを隠しましたね?」
「ううん。なんでもないんだ。なんでも……。」
「そんなことないでしょう?気になってしまいますわ。教えてくださいませんか?」
私は気になって気になって仕方がなくなってしまった。
だって、そうでしょう?
隠されると気になってしまう。それは人間の性だと思うの。
「……う~ん。そうだなぁ。怪我が完治したら教えるよ。」
「……絶対ですわよ?完治する頃には私が忘れているだろうっていうのはなしですわよ?」
「あはは。わかった。完治したら必ず教えるから。」
その後なんどもバルトさんに尋ねてみたが、結局は怪我が完治するまでは教えてくれないのか、何を言ってもはぐらかされてしまった。
☆☆☆☆☆
私はそれから毎日、アイリスの鉢植えを育てたり、オキニスを可愛がったり、シルヴィアの様子を見に行って仲良くなった馬屋番のハンスに、シルヴィアの世話の仕方を教わり世話をするようになった。
ハンスも長年ユルーリット辺境伯家に仕えているが、シルヴィアの世話には手を焼いていたようだ。
私がシルヴィアの世話を申し出たら二つ返事で頷いてくれた。
「ミスティアさんは、馬の世話をしていたことがあるんですかい?」
ハンスは馬の世話をするため上下ともに汚れた格好をしている。洗濯はしてあるが、泥汚れというのは汚れが落ちにくいらしくどうしても汚れて見えてしまう。
「いいえ。ないと思うわ。でも、不思議ね。手が勝手に動いてしまうのよ。」
「……それは覚えていないだけで、世話をしていたことがあるんでしょうね。」
「そうかしら?」
ハンスに言われてもピンとこないが、もしかしたらそうなのかもしれない。
私には過去の記憶がないのだから。
「車椅子で世話をするのはやりづらいわ。早く自分の足で歩けるようになりたいわね。」
「ははっ。違いねぇです。はい。器用にやってますよね。」
「そうね。シルヴィアを清潔に保っておかなきゃって頑張っているもの。ちょっと違うわね。シルヴィアのお世話をするのがとても楽しいのよ。」
「そうですね。ミスティアさんは、楽しそうにシルヴィアのお世話をしてらっしゃる。シルヴィアも嬉しそうだし、相性がいいんでしょうかねぇ。」
「まあ、嬉しいわ。ね、シルヴィア。」
シルヴィアの首筋を撫でさすると、シルヴィアは嬉しそうに目をゆっくりと瞑った。
本当に可愛いわ。シルヴィアったら。
そう思っていると私の足にふわっとした毛が触れる。
「きゃっ……。」
なんだろうと足元を見ると、オキニスが私の足に絡みついていた。
その姿はまるで、シルヴィアに嫉妬しているようにも見て取れる。
オキニスは私の足に絡みついて、シルヴィアのことをジッと見つめながら、しっぽをぶわっと大きくさせている。まるで、シルヴィアに対して威嚇をしているようだ。
シルヴィアはそんなオキニスのことなどまったくと言っていいほど気にしてはいなかった。
「オキニス。こんな時間に珍しいわね。」
私は、車椅子から手を伸ばし、足に絡みついているオキニスの頭をそっと撫でた。
オキニスは私の方を向いて「にゃあ~」と一声鳴くと、膝に飛び乗ってきた。
トスっという軽い音とともに、軽いオキニスが私の膝に乗ると、そのまま私の膝の上で毛づくろいをし始めた。
「オキニスはどこでも毛づくろいをするのね。とてもきれい好きなのね。」
膝の上のオキニスを見つめながら、そっと微笑む。
本当にこのお方はとてもきれい好きで、きれいな物が大好きなんだから。仕方ないわね。
「へぇ~。オキニスにも気に入られてるんですねぇ。ミスティアさんは動物に好かれてるようだ。もしかして、ドラゴンにも好かれたりして。」
そう言ってハンスさんは「はははっ。」と大声をたてて笑った。
「それはないよ。ハンス。ドラゴンに好かれるのは、あの伝説の王族の末裔だけだ。数百年も前に途絶えた王族の、ね。」
「おや、バルトさん。バルトさんもミスティアさんがお好きで?」
「もちろん。ミスティアちゃんはとても魅力的な女性だからね。」
やってきたのはバルトさんだった。
バルトさんはにこにこと笑いながら話に加わってきた。
「ミスティアちゃんもここの暮らしに慣れてきたかい?」
「ええ。おかげさまで。足のケガもよくなってきたとお医者様が言っていました。そろそろ歩く練習をしよう、と。」
「そうか、それはよかった。」
足のケガはだいぶよくなった。
お医者様からはそろそろ骨がくっついたようだと言われた。
これからは少しずつ足を動かして、落ちてしまった足の筋肉をつけていこうという話になっている。
「ミスティアちゃんは、足が治ってもユルーリット辺境伯家に残るのかな?」
「えっ……?」
怪我が治ったらこの家を出ていく……。
確かにその選択肢もある。
今、私はあきらかにユルーリット辺境伯家にお世話になっている身だ。いくら、仕事をしていると言っても簡単なことばかりでとてもではないが、ずっとこの家に置いておいていただけるような仕事内容ではないとは思っている。
「……そうですね、ユルーリット辺境伯家には恩がありますので、怪我が治ったら恩返しを……と、思っております。」
「よかったら、家を用意しようか?ユルーリット辺境伯はミスティアちゃんに、家を用意しようとしている。その方がミスティアちゃんが自由に過ごせるんじゃないかって思っているようだよ。ああ、生活費については心配しなくてもいいって。ユルーリット辺境伯がその辺は援助するって言ってたから。もちろん、自分の家からこの屋敷に通ってきてくれても良いって言ってるからさ。もうすぐ歩けるようになるんだろう?少し考えておいてもいいかなって思って。」
バルトさんはにこやかな笑顔のまま、そう告げた。
確かに、このままユルーリット辺境伯家に置いてもらうのは肩身が狭い。
それに、せっかくの田舎暮らしなのだからやってみたいことがたくさんある。
動物たちの世話だってしたいし、植物だって育ててみたい。
けれど、家まで用意してもらったらそれこそ恩を返せるかどうか。
「ユルーリット辺境伯は全面的にミスティアちゃんをバックアップしたいと思っているみたいだよ。気にすることはないさ。ミスティアちゃんの好きな方を選ぶといい。どんな選択肢を選んだってユルーリット辺境伯は許してくれるさ。」
「……ありがとう。考えてみるわ。」
ユルーリット辺境伯家を出て行っても、シルヴィアやオキニスに会いに来てはいけないというわけではない。
自由にしていいと言われている。
それならば、私は……。
「うん。ゆっくり考えてね。どんな選択肢でも、歓迎するから。」
バルトさんはそう言ってにっこりと笑みを浮かべた。
バルトさんの笑みは底が深すぎて本当になにを考えているのかわからないのが少し怖い。
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