6
「ミスティアちゃん。これが、ユルーリット辺境伯の馬だよ。領地内は広いからね、馬で移動することも多いんだ。」
馬小屋に連れてきてくださったバルトさんがそう言った。
まだ足が治っていない私はもちろん、車椅子だ。
「まあ、随分と多いんですね。」
馬小屋には馬が20頭近く繋がれていた。
どの馬もぱっと見健康状態は良さそうに見える。
一番奥の馬は他の馬よりも頑丈そうに見えるし、どことなく雰囲気が他の馬と違う。
「ミスティアちゃんが気に入った馬はいるかい?足が治ったら一緒に遠出をしないか?近くに綺麗な湖があるんだよ。」
バルトさんは私の手を握りながらそんなことを言う。
わざわざ手を握らなくても良いのに。
ただ、ここにいる馬たちはどの馬も健康そうで足も速そうな馬が多い。
きっと、馬に乗って遠駆けしたら風を切って気持ちがいいのではないかと思った。
「そうね。足が治ったら乗ってみたいわ。その時はよろしくね。」
近くにいた馬の鬣にそっと触れる。すると馬が顔を私の方に寄せてきたので、嬉しくなって馬の頬を両手でそっと包み込んだ。
馬は嬉しそうに「ヒヒンッ」と鳴き、顔を私に摺り寄せてくる。
なんて可愛らしい馬なのだろうか。
私は嬉しくなって「ふふっ。」と笑った。
こういう穏やかな日常も悪くない。
「おや、ミスティアちゃんはすごいね。その子ね、一番気難しいんだよ。初めて会った人なんて皆蹴り飛ばすんだから。」
そう言ってきたバルトさんの顔をギロリと睨む。
バルトさんはわざと私をこの子の一番近くに連れてきたとわかったのだ。一番気難しい子のそばに私が行ったらどうなるのか、バルトさんは確かめたのだろう。
「ああ~。そんな怖い顔で睨まないでよ。可愛らしいそのお顔がもったいない。ああ、でも、怒っている君の姿もとても素敵だね。」
やっぱりバルトさんは確信犯だったようだ。
「バルトさん。次からはやめてくださいね。ねえ、この子の名前を教えてくださるかしら?」
バルトさんが気難しいと言った子を私はとても気に入ってしまったのだ。
できればこの子に乗りたいと思ってしまった。
「シルヴィアだよ。」
「そう。あなたシルヴィアって言うのね。名前からして女の子かしら?」
「そう、当たり。2歳馬の女の子だ。」
「綺麗な鬣ね。真っ白なのね。身体も真っ白。まるで、王族に仕える馬のようにも見えるわ。とっても綺麗ね、シルヴィア。」
シルヴィアは洗練されている馬に見えた。
ルックスも雰囲気もどこか普通の馬とは違って見えるのだ。
ほどよい筋肉の付きも好ましく、きっとここにいる馬で一番足が速くしなやかに走るのではないかと思われた。
そんなシルヴィアと一緒に走ってみたい。
足が完治したら一番最初にシルヴィアと遠駆けしようと決めた。
「バルトさん。あなたのしたこと私気に入らないわ。でも、シルヴィアにあわせてくれてありがとう。私、この子のこととっても気に入ったわ。」
「そう?ならよかった。可愛い女の子はいつも笑顔でいなきゃね。」
「もうっ!」
バルトさんは茶化すようにそう言うと何かをごまかすように笑った。
バルトさんは優しそうに見えて何を考えているかわからない。少し距離をおかねばならないと改めて感じた。
「それにしてもミスティアちゃんは馬の扱いに慣れているね?もしかして、馬に一人で乗れたりするの?」
「……私、馬の扱いに慣れていますか?記憶を失う前の私は馬がいる生活をしていのかしら……?」
「その可能性はあるかもね。」
バルトさんはそう言って馬小屋から少し離れた場所にある小さな建物を見た。
「これは、さ。ミスティアちゃんに見せないようにしようと思ってたんだけどね……。」
そう言ってバルトさんは声を潜める。
私は真剣な表情をしているバルトさんを不思議に思い耳を傾けた。
アルファポリスにて先行公開しています。