5
「ロキアさん、どうしましたか?」
私が答えるよりも早くメアリーさんがロキアさんに尋ねる。
ロキアさんは首筋を指でぽりぽり掻きながら、ふいっと視線を逸らせる。
「……ミスティアが退屈しているかと思って。」
「ありがとうございます。私、とっても退屈していました。ですので、メアリーさんに仕事を教わっていたんですよ。」
ぶっきらぼうだが、私のことを気に掛けてくれていると思われるロキアさんに嬉しくなる。
ここの人たちは皆優しい。私のこともまるで家族のように気に掛けてくれる。それが私にはとても嬉しかった。
「……もう、仕事をしようとしているのか?しっかりと怪我を治してからにしたらどうだ?そんなに慌てずとも誰もミスティアを責めたりはしない。」
「ありがとうございます。ですが、何かしていないと落ち着かなくて……。」
身体を動かしていないと落ち着かない。
ロキアさんは眉を顰めたが、私は譲らない。譲りたくない。
「……無理はするな。」
大きなため息とともにロキアさんは折れてくれた。
ロキアさんは私を心配して仕事はまだ早いと言ってくれたようだ。
ロキアさんの優しさがとても嬉しかった。
「ありがとうございます。」
「で、なんの仕事をするんだ?」
「オキニスのお世話です。」
「……そうか。無理はするなよ。」
「ええ。ありがとうございます。」
オキニスの世話と聞いて安心したのか、ロキアさんの表情が少しだけ和らいだ。
これもオキニス効果なのだろうか。
「まあ、いい。じゃあな。」
ロキアさんはそう言って部屋から出て行こうとする。
私はそんなロキアさんを引き留めた。
「あの、私に用があったのではないのですか?」
退屈をしていないかと様子を見に来ただけなのだろうか。
でも、ロキアさんのことだ。きっと退屈させない何かを用意してくれていたのではないかと思うのだ。
あくまでも感だけど。
ロキアさんはどこか用意周到に思える瞬間がある。
「……種を植えるのを手伝ってほしいと思っただけだ。仕事があるなら、いい。」
ロキアさんは視線を逸らしながらそう言った。
やっぱりロキアさんは退屈を紛らわすものを用意してくれていた。私はそのことにとても嬉しくなった。
「種を植えてみたいです。」
「仕事は?」
「ミスティアさん。行っていいですよ。植物を育てるのはとても楽しいですよ。旦那様も植物を育てるのがお好きで、野菜を育てられておられるのですよ。」
メアリーさんに視線を送ると二つ返事で了承してくれた。
旦那様ってユルーリット辺境伯のことよね?
優しげな人だけれども、まさか辺境伯自身が野菜を育てているだなんて思いもよらず驚いてしまった。
「まあ、それは……。」
「あの方はいつも泥だらけで帰っていらっしゃるの。使用人一同としてはとってもお世話のし甲斐があるわよ。」
そう言ってメアリーさんは微笑んだ。
その顔はどこまでも慈愛に満ちていた。
ロキアさんに連れられて……というか、車椅子に座らせられた私はロキアさんに車椅子を押されながら、庭に来ていた。
杖をつけば歩けると言ったがロキアさんに却下されたのだ。
ロキアさんってば意外と心配性なようだ。
「……アイリスの球根だ。」
ロキアさんはそう言って、2㎝くらいの丸い球根を私に渡してきた。
アイリス……どんな花だっただろうか。
私は必死に記憶を辿るが、どんな花だったか思い出すことはできなかった。
私は球根をジッと見つめる。
「鉢だ。」
ロキアさんは私の目の前に鉢を置く。
もちろん、車椅子から作業しやすいように用意された台の上に鉢を置いてくれた。そしてその隣には土まで用意されている。
「……植え方は知っているか?」
「いいえ。知らないわ。」
植物を育てたことは……たぶんない、と思う。
記憶を失っていても身体が無意識に動くことがあるが、球根を渡されてもピンっと来なかったのだ。きっと、私は植物を育てたことがないんだと思う。
「……そうか。まずは土を鉢に入れて……。」
ロキアさんは丁寧に教えてくれた。
ロキアさんの所作はとても洗練されているようにみえた。まるで、あのお方のように。
「植物を育てることは楽しい、と私は思っている。ミスティアにもそれを知って欲しい。」
球根を植え終えたロキアさんは最後にそう言ってから私を部屋にと送り届けてくれた。
これからは毎日球根を植えた鉢植えに水をあげなければならない。
これも仕事なのかもしれないが、なぜかとても芽が出るのが待ち遠しく感じたのだった。
☆☆☆☆☆
「ミスティアちゃん。今、時間良いかな?」
毎日の日課である鉢植えに水をやっていると今度はバルトさんがやってきた。
いったい何のようだろうか?
私は水やりを終えるとバルトさんに向き直る。
「どうされましたか?」
「いや……毎日退屈してるんじゃないかと思って。」
「ええ。そうですね。もっと身体を動かしたいのだけれど、みんなに止められてて……。」
「うん。わかるよ。でも、しっかりと身体を治すことが先決だから。」
「はい。それは承知しております。」
「うん、ならよかった。今日は、アイリスちゃんに辺境伯家で管理している馬を見てみないかって誘いに来たんだ。どうかな?」
バルトさんはそう誘ってきた。
馬、それは何故かとても心躍る単語に聞こえた私は二つ返事で頷いた。
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