38
ずっと引っかかっていたこと。
アイリス王女殿下の言葉に僅かな引っかかりをいつも感じていた。
それは、アイリス王女殿下がロキアさんのことをロキア殿下と呼んでいたことだということに今更ながらに気がついた。
なぜ今までスルーしていたのだろうかと思うほどだ。
「あら。ロキア殿下はロキア殿下よ?」
「えっ……と、あの……。」
アイリス王女殿下のキョトンとした返答に私は戸惑う。
そんな私を見て、アイリス王女殿下がクスクスと笑った。
「ふふ。可愛いわね。ユーフェリア。私はそんな貴女が大好きよ。」
「……光栄でございます。」
アイリス王女殿下は笑ながらそう言った。
なんて答えていいか言葉に詰まりながらも、答えるとさらにアイリス王女殿下は笑みを深めた。
「ロキア殿下はね、隣国のオーベルジュ王国の王子殿下なのよ。」
「オーベルジュ王国のっ!?」
オーベルジュ王国というのはリユーナイン王国の東に位置する隣国の国だ。
豊かな自然あふれる国で、国力も安定していると聞く。
ただ、オーベルジュ王国には問題が一つだけある。
王子殿下が10人もおられるのだ。しかも、オーベルジュ国王は王太子を決めておられない。今、オーベルジュ国王が崩御でもすれば、王位争いで国が乱れることが予想されている。
10人いる王子殿下は王妃殿下の子が3人。側室の子が7人だ。ちなみに側室は5人いる。
一番有力なのは王妃殿下の第一子である王子殿下とされているが、確定ではない。側室の子の方が優秀であるという話も聞く。
「ええ。そうよ。オーベルジュ王国の側室の子。確か、第9王子でしたかしら。」
「第9王子……。」
そもそもオーベルジュ王国の王子の数が多すぎて名前と容姿が一致しない。それに、どの王子がどのような性格をしていて政治に向いているか否かというのも情報量が多すぎて私の頭では整理しきれていない。そのため、どの王子が次期王として優位に立っているかも私は知らないのだ。
「ふふっ。オーベルジュ王国で一番優秀な王子様よ。」
「……そのような優秀な王子殿下がなぜ、ユルーリット辺境伯家で使用人をしているのでしょう。」
「決まっているわ。オーベルジュ王国でも王位争いが勃発しているのよ。ロキア殿下は争いから身を守るために、ユルーリット辺境伯家の使用人として過ごしているの。まさか王子殿下が使用人に身をやつしているだなんて誰も思わないじゃない?」
「……百歩譲ってそうだとして、なぜロキア殿下がアイリス王女殿下のことをお探しになられているのでしょうか?危険なことだと思うのですが。」
「そうねぇ。そこは、ロキア殿下が私のことを愛しているから、ではなくって?」
ポッと頬を赤らめながらアイリス王女殿下は爆弾発言をした。
私は思わず目と口を大きく開けてしばらく固まってしまった。
「あら?そんなに意外なことかしら?」
「いえ……。アイリス王女殿下はとても聡明でいらっしゃいますし、容姿端麗でいらっしゃる。殿方は皆アイリス王女殿下に夢中になることでしょう。」
「まあ。ユーフェリアったら。可愛いこと言うじゃない。」
「ですが……ですが……そうだとしたならば、なぜユルーリット辺境伯家にいらっしゃるときにご自分がアイリス王女殿下だとお伝えしなかったのですかっ!!」
猫の姿であってもアイリス王女殿下がロキア殿下に自分こそがアイリス王女殿下であるということをお伝えすれば、ロキア殿下はアイリス王女殿下を探す危険な旅にでなくて済んだはずだ。
今のアイリス王女殿下の姿を見ると、非常にロキア殿下のことを信頼しているように見受けられる。それなのになぜ、ロキア殿下に自分のことを告げなかったのか。告げていれば、ロキア殿下はアイリス王女殿下を探しに行かなくて済んだし、アイリス王女殿下のお姿も人間の姿に戻ることができたであろう。
「……魔法に失敗して戻れなくなったなんて恥ずかしくて言い出せなくて……。」
と、途端にもじもじとしだすアイリス王女殿下はまるで恋する女性のようだった。
意外にもアイリス王女殿下は恥ずかしがり屋だったようだ。
「……ですが、元のお姿に戻るためにはロキア殿下に会う必要があるとハルジオン様がおっしゃっておりました。」
「私がそれを知ったのは、ロキア殿下が旅に出た後よ。」
「……それは、そうでしたね。」
ハルジオン様に会うのは決まって私が一人でいるときだった。
ハルジオン様との会話の内容はアイリス王女殿下に伝えていなかったし、そもそもハルジオン様からロキア殿下に会うようにと言われたのは確か、ロキア殿下がすでに旅立ってしまった後だったはずだ。
どうしてこうもタイミングが悪いのかと大きなため息をついた。
「過ぎたことは考えても仕方がありませんね。まずは、目の前にあるお茶を調べてしまいましょうか。アイリス王女殿下の話では、このお茶が暗号になっているとか?」
「ええ。そうよ。さあ、気を取り直してお茶に調合されているものを調べるわよっ。」




