37
「……仲が良いか悪いか、さてね。そんなところまでたかが露天商である私にはわからないよ。ただ、王位をめぐって争っていたんだったら、仲は悪かったのではないか。あくまで憶測だがね。」
露天商はそう締めくくった。
確かに実際の仲の良さまで露天商が知っていたら驚きだ。
「そうですか、ありがとうございます。」
「ん。毎度ありっ。ああ、そうだ。王都に行くなら気を付けた方がいい。シャガ王子殿下の即位式で他国からも観光客が溢れている。警備も手薄のようだからな。暴動が起きる可能性もある。即位式なんぞ何十年に一回の頻度でしかおこなわれないから珍しいとは思うが、女性一人で行くのは関心しない。なにがあってもおかしくないからな。」
神妙そうな顔で露天商は告げた。
私はその忠告にこくりと頷いた。
「ええ。ありがとうございます。気を付けますわ。」
人が多く集まる場所には必ず騒動がつきものだ。
ましてや、他国からの観光客を入国時に審査することもなく、ただただ受け入れている。これでは、悪意を持った人間も簡単に国に呼び寄せてしまうというもの。
ゆえに、近々リユーナイン王国では大きな騒動が起こるだろうことは予想がつく。
その騒動はシャガ王子殿下が引き起こすのか、それともシャガ王子殿下が王位につくことを良しとしない誰かが起こすのか。
今はまだどちらかはわからない。
しばらく露店を見てまわりながら周囲の話に聞き耳を立てていたが、得られた情報はどれも代わり映えのしないものだった。
アイリス王女殿下はご逝去されており、病に臥せった国王陛下の代わりにシャガ王子殿下が王位につくと誰も彼もが噂をしていた。
国王陛下の詳しい様子は誰も知らず、アイリス王女殿下の死因も誰も知らない。
まるで誰かが情報を作為的に流しているかのようだ。
「……ねぇ、ユーフェリア。先ほど購入した茶葉でお茶をいれてくれないかしら」
「……アイリス王女殿下。リスのお姿なのに、お茶を飲んでもよろしいのですか?」
心配になってアイリス王女殿下に問いかける。
アイリス王女殿下は今、リスの姿をしている。
以前は猫の姿をしていたが、猫の姿のときは人間の食事は取っていなかった。
猫と人間では食べれる食材が異なる。人間には美味しいと感じる食べ物も猫にとっては毒となる食べ物があるのだ。リスだって猫同様食べると毒になるものが存在するはずだ。
「そぉねぇ……。お茶だから大丈夫じゃないかしら?そろそろ木の実にも飽きたわ。」
アイリス王女殿下はしばし考える素振りをみせてから答えた。
アイリス王女殿下にもはっきりとはわからないらしい。
消化器官までその動物と同じなのか否か。変身しているアイリス王女殿下にもわからないようだ。
まあ、あえてその動物にとって毒となるものを好んで接種することはないだろう。仮にもアイリス王女殿下は王位継承権第一位のお方である。
うっかり死んでしまっては仕方がない。
「……はっきりとしないのであれば、お止めになった方がよろしいのではないでしょうか。」
「あら。ユーフェリアは、お茶の味の違いがわかるのかしら?」
「……よほど違えば私でもわかります。」
「茶葉の産地や栽培方法までお茶を飲んだだけでわかるかしら?茶葉のブレンドの違いもわかるかしら?」
「うっ……。」
矢継ぎ早に投げかけられる問に私は言葉を詰まらせた。
私は、アイリス王女殿下がおっしゃるような繊細な味覚を持っていない。
美味しい、まずいは判別できるが茶葉の種類や産地、栽培方法まではわからないだろう。
「やっぱりユーフェリアにはわかりませんわよねぇ。ですから、私が飲むしかありませんの。」
茶葉の産地や、栽培方法、種類によってお茶は少しずつ味を変える。その些細な変化をアイリス王女殿下は見逃さない。
だからこそ、アイリス王女殿下はリユーナイン王宮御用達のお茶を製造元と一丸となって開発することができたのだ。
アイリス王女殿下の繊細な味覚があってこそあのお茶が産まれたとも言える。
「……ですが、そこまでして今飲まなくともよいのではないでしょうか?」
「あら。もしかしたら、茶葉にメッセージが含まれているかもしれなくってよ?」
「そんな紛らわしいことするでしょうか?」
「するわ。きっと彼らは思うはずよ。私が開発したリユーナイン王宮御用達のお茶の味が変わればきっと私が黙ってはいないと。私が彼らにコンタクトを取るのを待っているはずだわ。」
アイリス王女殿下は胸を張ってそう言い切った。
彼らというのは、アイリス王女殿下と一緒にリユーナイン王宮御用達の茶葉を開発した製造元の人たちのことだ。茶葉に並々ならぬ思いを寄せている彼らはアイリス王女殿下と不思議なほど馬が合ったと記憶している。
「それに、あのお茶は国王陛下も好んで飲まれていたわ。国王陛下もね、私と同じでとっても味覚が繊細なのよ。私と彼らで作り上げた茶葉の種類、産地、栽培方法、ブレンド割合まですべて国王陛下は見破ってくれたわ。」
「は、はあ。国王陛下も類まれなる才能をお持ちのようで……。」
国王陛下までそんな変態チックな能力があるなんて今の今まで知らなかった。アイリス王女殿下の茶葉にかける情熱は国王陛下譲りなのかもしれない。
「きっと、彼らは私か国王陛下にメッセージを送ろうとしている。けれど、国王陛下が病床に伏していてお茶なんて飲むことができない状態であることは彼らも知っている可能性が高いわ。で、あれば彼らが伝えたいのは私に対してだと思うの。」
「はあ。」
「彼らがリユーナイン王宮御用達のお茶の味を変えるなんて、プライドの高い彼らには無理だわ。」
「そうですか。」
答える声に徐々に覇気がなくなっていくのも仕方のないことだろう。
常人には理解しがたい話題なのだ。
まるで蚊帳の外にいるような。
「そうと決まれば、早速お茶をいれてくださるかしら?」
「はいはい。わかりましたよ。お姫様。」
最大限の皮肉を込めて答えればアイリス王女殿下は不敵に笑った。
「……まずいわ。あり得ない味ね、これは。」
適当に取った宿屋の一室で、先ほど購入したばかりのリユーナイン王宮御用達のお茶を淹れ、アイリス王女殿下の前にカップを置いた。
アイリス王女殿下はカップのふちに前足をかけて、そっと口をつけてお茶を飲む。
そうして、開口一番に「まずい」と言い切った。
「ロキアさんが送ってくれたお茶と同じ味がしますね。」
「あら、ロキア殿下が送ってくれたお茶を貴女は飲んだの?どこで?なぁぜ?」
私もアイリス王女殿下と同じようにお茶を一口飲んで、感想を言うとアイリス王女殿下がなぜかジト目でこちらをみてきた。
「あ、いえ。ユルーリット辺境伯家のメアリーさんがお茶をいれてくれたんですよ。ロキアさんからリユーナイン王宮御用達のお茶が送られて来たから飲みましょうって。きっと、リユーナイン王国出身の私に配慮してのことだと……。」
そこまで言うとアイリス王女殿下は眉をきゅっと上げた。
「ロキア殿下は知っていたのね。茶葉に隠された意味を。もしかして、この茶葉はロキア殿下ともかかわりがあるのかしら。」
「ははっ。まさか。偶然でしょう?きっと……。」
「いいえ。ロキア殿下ならやりかねないわ。あのお方はとても頭の良いお方ですもの。」
アイリス王女殿下はロキアさんと面識があるのか、そうきっぱりと断言をした。
そう言えば、ロキアさんもアイリス王女殿下を探していると言っていた。ロキアさんとアイリス王女殿下の間には見えない絆があるのだろうか。
と、いうか……
「ロキア……殿下?ロキアさんはユルーリット辺境伯家の使用人ではありませんでしたか?」
アイリス王女殿下のロキアさんを呼ぶ際の敬称に違和感を覚えた私はアイリス王女殿下にそう問いかけたのだった。




