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「そう。わかったわ。あのドラゴンが言うのなら間違いないかもしれないわね。ロキア殿下を探しましょう。どこにいるかは教えてもらったのかしら?」
「えっ……。いえ、どこにいるのかまでは……。」
「そう……。まったく、あのドラゴンも気が利かないわねぇ。」
「あ、でもっ……。ロキアさんは、アイリス王女殿下を探しに出たと、ユルーリット辺境伯がおっしゃっておりました。」
どこか黒いオーラがアイリス王女殿下から立ち上がる。
私は、ビクッとしながらも、ユルーリット辺境伯から聞いたロキアさんの旅の目的をアイリス王女殿下に伝えた。
リスの姿でもうっすらとした恐怖を感じた。
「あら、そうなの。私を探しに……。」
アイリス王女殿下はそう言うと、頬に前足を当ててうっとりとしたような表情を浮かべた。
「そうと決まれば、ロキア殿下を探してから、近隣諸国の王侯貴族に力になってもらえないか交渉しましょうか。」
アイリス王女殿下はそう言ってにっこり笑った。
……たぶん。リスの姿がなので表情はわからないが、なぜだか私にはアイリス王女殿下が満面の笑みを浮かべているような気がした。
それにしても、さっきからアイリス王女殿下の言葉になにか引っかかりを感じる。
けれど、私はその引っかかりが何かがわからなかった。
「アイリス王女殿下の仰せのままに。」
引っかかるものはあるものの、アイリス王女殿下の指示には従わなければならない。だって、私はアイリス王女殿下の影武者であり騎士なのだから。
アイリス王女殿下は私の返事に大きく頷いてから、私の服をよじ登り、ちょこんと私の肩に乗った。
ちまちまと服をよじ登る姿がとても可愛いと口元を綻ばせたのはアイリス王女殿下には秘密だ。
アイリス王女殿下は「可愛い」と言われることを苦手としているのだから。
☆☆☆☆☆
バルトさんに見つかる前に、まずはこのユルーリット辺境伯領を出る必要がある。
迅速かつ速やかに動かないとバルトさんに見つかってしまうだろう。
今、バルトさんは必至にアイリス王女殿下が変化していた黒猫オキニスのことを探していることだろう。オキニスはもうすでにいない。なぜならば、アイリス王女殿下はその姿をリスの姿に変化させたからだ。
いくらオキニスを探してもバルトさんには見つからないことだろう。
オキニスが見つからなければバルトさんは私の周辺を調べることだろう。きっとすぐにバルトさんは私のことを探し出すはずだ。
すぐに逃げなければ、私はバルトさんに掴まってしまうことだろう。
「一度、リユーナイン王国に戻りましょう。」
バルトさんの裏をかくには一度リユーナイン王国に戻った方が良さそうだ。いくらなんでも、バルトさんから逃げるために、逃げてきた祖国であるリユーナイン王国に逃げ戻るとは思わないだろう。
きっとバルトさんならこう考えるはずだ。
ユルーリット辺境伯領で味方を得るか、もしくはリユーナイン王国以外で味方を得るか。
この二択のはずだ。
だから、私は裏をかいてリユーナイン王国に一度戻ることをアイリス王女殿下に提案した。きっと、リユーナイン王国に戻れば、シャガ王子殿下の手の者が待ち構えていることだろう。
けれど、私たちがリユーナイン王国を出てからしばらく時間が経っている。その間、私たちが見つからないとあればきっとシャガ王子殿下は私たちが死んだと思って捜索の手を緩めているはずだ。
シャガ王子殿下は大雑把なお人だ。
アイリス王女殿下がみつからないとわかれば、すぐにでもアイリス王女殿下の国葬を上げたことだろう。そうして、自分こそが王位継承者だと民に知らしめたに違いない。
「そうね。それは良い考えね。ユーフェリア。シャガのことだもの、きっともう私が死んだと思っていてもおかしくないわね。」
「はい。シャガ王子殿下のことです。きっと今頃王都でパレードをおこなっている頃かと。」
「ふふ。あり得るわね。まったくシャガはお馬鹿さんなのに要領と行動力だけはあるのだから、困ってしまうわ。」
まずは、バルトさんから逃げきるためにリユーナイン王国に戻ることに決めた。
そこでアイリス王女殿下を探しているというロキアさんに会えればいいし、そうでなければ、リユーナイン王国の地方の貴族でアイリス王女殿下に協力してくれる方を探すのもありだ。
幸い国内の有力貴族は覚えているし、アイリス王女殿下に味方をしてくれそうな貴族もわかっている。
国のことを、民のことを第一に考えてくれている貴族はシャガ王子殿下の治世には反対されることだろう。
「リユーナイン王国に戻るのでしたら、コッコン辺境伯にお会いしてはいかがでしょうか?」
「そうねぇ。コッコン辺境伯ならここからでもそれほど遠くはないし。あの方は民のこととなると途端に熱くなられるお方ですが、常日頃はとても温厚な方ですものね。きっと、私たちの話を聞いてくれるでしょう。ただ、私たちの敵にはならなくとも、味方になってくれるとは限りませんよ。コッコン辺境伯は、民を第一に考えるお方。私たちが民のためにならないと判断されたのなら、別の王を立てようとすることでしょう。」
「はい。コッコン辺境伯はとても高潔なお方です。ですからこそ、アイリス王女殿下の味方になっていただきたいのです。」
「ふぅ……。そうねぇ。では、ユーフェリア。あなたが、コッコン辺境伯とやりあうのですよ?だって、私はリスの姿ですもの。コッコン辺境伯にこの姿でお会いするわけにはまいりませんよね?」
「うっ……。私が……ですか。」
「ええ。あなたしかいないわ。」
「ですが、それではコッコン辺境伯に失礼にあたるのでは……。」
「そうねぇ。それが発端となって私たちの敵にまわるかもしれないわねぇ。」
「それに、コッコン辺境伯とアイリス王女殿下は面識がございます。いくら私がアイリス王女殿下の影武者であるとはいえ、コッコン辺境伯を騙すことはできないかと……。」
「そうねぇ。確かにそうかもしれないわ。でも、まずはコッコン辺境伯にお会いしようといったのは、あなたよ。なんとかなさい。」
アイリス王女殿下にそう言い切られてしまった私はしぶしぶと頷くしかなかったのである。




