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「……ふむ。困っているようだな。」
突如頭上からしわがれた声が響いた。
あたりの空気が途端に重くなり、あれほどいた小動物たちの気配がきれいに消えた。
この重苦しい空気には覚えがある。
「……ハルジオン様?」
「……ハルジオン?それは誰のことかしら?ユーフェリア?あなた、もしかしてまた厄介な相手をたぶらかしたのかしら?」
リスの姿のままであるアイリス王女殿下が怪訝な表情を浮かべる。
っていうか、ハルジオン様どこからこちらを伺っていたのだろうか。この場所に来るといつもハルジオン様が来るような気がする。
「……ハルジオン様はドラゴンです。アイリス王女殿下。」
「む?ミスティア以外にも人がおったのか。では、我は出直すことにいたす。」
「え?あ、ちょっ……。待ってくださいっ。ハルジオン様っ!!」
「さらばじゃっ!」
ハルジオン様はそう言って、颯爽と空に舞い上がっていった。
いったいハルジオン様は何のためにここに来たのだろうかという疑問だけが私の中に残った。
「……外見に似合わず人見知りなのかしら?」
アイリス王女殿下が空に消えていくハルジオン様を見つめながらそう呟いた。
人見知り……あの威圧感と存在感で……。
「で?ユーフェリア。いったいいつあの禍々しいドラゴンと知り合ったのかしら?私には聞く権利があると思うの。」
「え、えっと……。」
アイリス王女殿下は切り替えが早い。
すぐにハルジオン様と私の出会いについて尋ねてきた。
「あのドラゴンは一つの国くらいだったら軽々しく消すことができる強さを持っていると見受けられるわ。それに、どうやらあのドラゴンはユーフェリアのことを甚く気に入っている様子。」
「は、はあ。なぜだか、わかりませんが……。」
「つまりね、ユーフェリア。あなたはその気になれば国一つを軽々しく滅ぼせるような力を得たということなのよ。わかっているのかしら?」
アイリス王女殿下の言葉が重く私の心にのしかかる。
私は気づいてもいなかった。
ハルジオン様のお力がどれだけ強大なのかを。私が、ハルジオン様と契約を結ぶことで、どれだけ大きな力を得ることになったのかを。
「アイリス王女殿下。私は……私はっ……国を乗っ取る気はございません。」
「そうね。知っているわ。ユーフェリアはそんな子じゃないわ。でもね、あなたが持つその大きな力は誰かに利用されてしまう可能性がある。十分に気をつけなさい。」
アイリス王女殿下の危惧は正しい。
私の頭ではそこまで思いつかなかったが、アイリス王女殿下に言われてハッとした。
人の身には過ぎた力は自らを滅ぼす。
強すぎる力を持っていることが知れ渡れば、誰かしらが私を利用しようとするだろう。
例えば、アイリス王女殿下を人質にされれば私はきっとハルジオン様の力を使ってしまうだろう。
「……アイリス王女殿下、私は……。」
「気づいたわね。あのドラゴンのことは誰にも言ってはいけないわ。それに……私もあのドラゴンの力を借りたくなってしまうわ。あのドラゴンが力を貸してくれれば、シャガから国を取り戻すことも簡単でしょう。でも、そうしてしまえば、ドラゴンの存在が明らかになってしまう。きっと、国を取り戻した後に、誰かがユーフェリアのことを利用しようとするわ。だから、私はドラゴンの力は使わない。だから、お願いよ、ユーフェリア。ドラゴンのことは隠しておいて。」
「……はい。」
アイリス王女殿下のおっしゃることは正しいのだろう。
シャガ王子殿下から国を取り戻すのに、こんなにも適した力はない。ドラゴンが味方についていることを広く知らしめれば、シャガ王子殿下をはじめとするシャガ王子殿下よりの重臣たちを牽制することができるだろう。
人間は束になってもドラゴンには敵わないのだから。
「理解してくれてありがたいわ。さて、これからのことですが……。」
「アイリス王女殿下。ロキアさんを探すようにハルジオン様から言われているのを思い出しました。アイリス王女殿下に会いたければロキアさんに会うようにとハルジオン様から言われております。もうすでに、アイリス王女殿下とはお会いできたので、不要かもしれませんが……。」
「まあ、そうだったの。」
アイリス王女殿下の言葉を遮って、ハルジオン様からいただいた助言を告げる。アイリス王女殿下にお会いすることができたので今更かもしれないけれど。
それでも、心のどこかで引っかかりを覚えたのだ。
私は、リスの姿のアイリス王女殿下にはお会いできたが、人の姿であるアイリス王女殿下にはお会いできていないことに引っかかりを感じている。
猫の姿のアイリス王女殿下はハルジオン様にお会いする前にも、出会っていたのだ。それなのに、ハルジオン様はアイリス王女殿下に会いたければロキアさんを探すようにと言った。
つまりは、人の姿のアイリス王女殿下に会いたければロキアさんを探す必要があるというようにも受け取れたのだ。




