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「……ユルーリット辺境伯の協力を仰ぎたいとろですが……バルトさんがいたら難しそうですね。」
ユルーリット辺境伯の周辺にはバルトさんがいる。
バルトさんはアイリス王女殿下を狙っている。つまり、ユルーリット辺境伯の元に行けば、バルトさんに否が応でも会ってしまうのだ。
「ええ。難しいと思うわ。ねえ、ユーフェリア。あなたなら、この場合はどう動くのかしら?」
アイリス王女殿下はそう言って、私を挑戦的に見上げた。
可愛らしいリスの姿なのに、かつてのアイリス王女殿下の姿がぴったりと重なる。
そうだ。アイリス王女殿下はこういう人だった。
可愛らしく純粋そうな外見とは裏腹に、人を的確に動かしていくお方。
「……元凶はシャガ王子殿下とお見受けしております。バルトさんはシャガ王子殿下と繋がりがあるのではないかと考えております。」
「ええ。そうね。私もその意見には同感だわ。」
「バルトさんとシャガ王子殿下がどこで知り合ったのかはわかりませんし、どのように連絡を取り合っているのかも、私にはわかりません。」
「ええ。そうね。調べないといけないわね。」
「シャガ王子殿下はアイリス王女殿下を亡き者にしようと企んでおいでです。」
「ええ。そうね。実際にシャガの護衛の者に襲われましたものね。それで、私とユーフェリアは離れ離れになってしまった。理解しているわ。」
「おそらくシャガ王子殿下は手段を選ばないはずです。」
「ええ。そうね。悲しいことにシャガは我慢が効かない子だから、猪突猛進に突き進むわねぇ。ほんっとに困った子よねぇ。だから、国王陛下もシャガだけは王位につかせたくないとお考えなのだけれども。」
アイリス王女殿下は困ったようにため息をついた。
アイリス王女殿下とシャガ王子殿下の性格はまるで正反対だ。
アイリス王女殿下が静なら、シャガ王子殿下は動だ。
考え方もまったくの正反対で、アイリス王女殿下が民のために動けば、シャガ王子殿下は自分の欲望のために動く。
アイリス王女殿下が熟考しながら政策を打ち出せば、シャガ王子殿下は思い付きで政策を打ち出す。
アイリス王女殿下は騙されにくいが、シャガ王子殿下はおだてればすぐに騙される。まあ、本人は騙されているとは思ってもいないようだが。
シャガ王子殿下は権力を望む相手にとって扱いやすい人物なのだ。それゆえ、今回のアイリス王女殿下とシャガ王子殿下の対立も、シャガ王子殿下を王位につけ、甘い汁を吸おうとしている重臣の誰かだと推測できる。
「本当にシャガには困ったものね。簡単に騙される。だから、私も扱いやすいのだけれども。」
そう言ってアイリス王女殿下は微笑んだように見えた。
……どんな逆境にいても、アイリス王女殿下はめげないんだよなぁ。本当に強いお方だ。
「……はあ。ですが、実の姉を始末しようだなんて……いくらなんでもシャガ王子殿下は騙されすぎです。」
「そうねぇ。それがあの子だから、仕方がないわね。でも、これで私には口実ができたわ。」
「……怖いお方ですね。」
「そうね。シャガは誰かが手綱を握っていないととんでもない爆弾になるかもしれないわね。うふふ。」
アイリス王女殿下のことが怖いと言ったのに、アイリス王女殿下は気づいているのかいないのか、シャガ王子殿下のことを指しているように答えた。
きっとアイリス王女殿下のことだ。優雅な笑みの奥で、これからの算段を立てているのだろう。
シャガ王子殿下がどう動くか。バルトさんがどう絡んでくるか。
おそらく、だが。アイリス王女殿下がシャガ王子殿下に討たれそうになったのも、アイリス王女殿下の策略だったのかもしれない。今まで、シャガ王子殿下の傍若無人な振舞いをアイリス王女殿下は悲観していた。特に、大事な民を搾取しようとしているシャガ王子殿下が許せなかったのだと思う。
けれど、それだけでシャガ王子殿下を王族から排除するには足りなかったのだろう。それだけの罪ならば良くて幽閉だ。だが、幽閉したところで、シャガ王子殿下のことを逃がそうとする人物は出てくるだろう。仮にもシャガ王子殿下は王の血を引いているのだから。いくら王位継承権を剥奪したとて、正当な血筋だと周りが騒ぎ立てればシャガ王子殿下が表舞台に戻ってくることも容易いだろう。
それをアイリス王女殿下は完全に阻止したいがため、自ら囮を買って出たのではないかと考えた。
シャガ王子殿下が王位継承権第一位のアイリス王女殿下を亡き者にしようとした。その事実があれば、反対にシャガ王子殿下を処刑することが可能だ。
もしかすると、アイリス王女殿下はそこまで読んでいたのかもしれない。
「……アイリス王女殿下に賛同してくださる方を探しましょう。そうして、シャガ王子殿下に立ち向かいましょう。」
「ええ。そうね。準備を整えたら、ね。さあ、私の味方になってくれる人を探さなきゃね。」
「それには、アイリス王女殿下がお姿を現して説得してまわった方がよいのではないでしょうか?」
「あらぁ。私はまだ元の姿に戻れないのよ。」
「……ですが、私だけでは説得力が……。」
「大丈夫よ。だって、ユーフェリアは私の影武者として育ったのだもの。それを活かさない手はないわ。」
「えっ……。」
かくして私は、アイリス王女殿下のふりをしながら近隣諸国の王侯貴族に会いに行くことになってしまったのだった。




