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リスから紛れもないアイリス王女殿下の声が聞こえてくる。
なんとも不思議だ。
「アイリス王女殿下、よくぞご無事で……。」
「そうね。無事と言えば無事だけど……。」
「……え?」
歯切れの悪いアイリス王女殿下の言葉に私は聞き返した。
「……人の姿に戻れなくなってしまったのよ。急いで魔法を使ったから魔力を使いすぎてしまったみたいなの。魔力が回復するまでは人の姿に戻れなくなってしまったわ。ああ、とっても困ったわね。ユーフェリア。」
困ったように言うアイリス王女殿下だが、なぜだか私にはあまり困っていないように思える。どこか面白そうな雰囲気をアイリス王女殿下から感じるのだ。
それに、どこか楽しそうな雰囲気まで感じる。
「……いつ頃戻れそうなのでしょうか?」
「そうねぇ……。あと、半年といったところかしら?」
とぼけるのがお上手なことで。
思わずピクピクと米神が引くついてしまう。
「本当はもうすぐ回復なされるのでは?」
「いやねぇ。ユーフェリアってば少し見ない間に疑い深くなったわね。」
「……あなた様らしくないので。」
「ふふっ。だって、ほら、私ってば命を狙われているのですもの。元の姿に戻りたいと思いますか?」
「……普通の人でしたら逃げたくなるでしょうね。しかし、アイリス王女殿下は立ち向かって相手が立ち上がれなくなるまで追い詰めるようなお方だったかと記憶しておりますが?」
「あら、まあ。ユーフェリア、あなたまだ記憶が混濁しているのではなくって?私は可憐な王女なのよ?そんな恐ろしいことできっこないわ。」
「……まあ、そういうことにしておきましょう。」
「ふふっ。」
「それよりも、今は早く逃げなければっ……。バルトさんが、アイリス王女殿下を狙っておいでです。」
アイリス王女殿下は笑いながら私の追求を交わす。これ以上追求してもきっと何も言わないだろうことは長年の付き合いからわかっている。
ここで、のんびりしているとそのうちバルトさんが戻ってくるかもしれない。いくら、アイリス王女殿下が黒猫の姿からリスの姿に変身したと言っても、私と行動を共にしていればすぐにリスがアイリス王女殿下だということが知れ渡ってしまうことだろう。
「そうねぇ。もうちょっと田舎暮らしを満喫していたかったのだけれども。まさか、バルトがねぇ。間者の一人くらいはいると思っていたけれど、バルトだったなんてねぇ。ユルーリット辺境伯も脇が甘いわね。」
「……ユルーリット辺境伯は信じられるのでしょうか?」
「ええ。それは大丈夫よ。安心なさい。」
アイリス王女殿下はきっぱりと言い放った。
アイリス王女殿下が断言するときは、必ずと言っていいほど当たる。
ユルーリット辺境伯はアイリス王女殿下の味方で間違いないのだろう。
「……では、一度ユルーリット辺境伯に援護を。」
「それはならないわ。バルトはきっとユルーリット辺境伯邸に戻ったわ。ユルーリット辺境伯にお会いしようとしたところで、そこで私たちは掴まることでしょう。……いいえ、私は黒猫の姿だと思われているから、すぐには捕まらないだろうけれど、ユーフェリアは間違いなく掴まるわねぇ。」
そう言ってアイリス王女殿下は「困ったわね」とさして困っていないように呟いた。




