28
シルヴィアの背に乗って辿り着いた先は、私が意識を失って倒れていた湖だった。
「ここだよ。ここで、あのドレスを見つけたんだ。」
バルトさんはそう言いながら、馬から降り、馬の手綱を手近な木にしばりつけた。
私もバルトさんに習いシルヴィアから降りると、同じく手近な木にシルヴィアの手綱をしばりつける。それから、折りたたんだ器に湖の水を汲み、シルヴィアの足元に置いた。シルヴィアが休憩がてら水を飲めるようにだ。
「……私はここで意識を失って倒れていました。」
「っ!?やはり、あのドレスは君のでは……。」
バルトさんが息を飲む声が聞こえる。
けれど、バルトさんの推測は外れだ。
私は小さく首を横に振った。
「あれは、アイリス王女殿下のドレスでございます。私のではございません。おそらく、アイリス王女殿下は私よりも早くこの場所にたどり着いたのでしょう。そうして、ドレスを脱いだ……いえ、脱がされたのかもしれません。きっとドレス姿だと目立つとお考えになられたのでしょう。」
私はアイリス王女殿下のことを思い出す。
アイリス王女殿下はとても聡明な女性だ。
おそらく、追ってから逃げるためにドレスを脱ぎ、町娘の恰好をして逃げ延びたのだろう。
誰から町娘の洋服を与えられたのかはわからないが。
だが、一つだけ疑問がある。
アイリス王女殿下のことだ。脱いだドレスをその辺に置きっぱなしにすることは考えづらい。アイリス王女殿下だったら、おそらくドレスを脱いだ後、見つかりづらいところに隠すだろう。
例えば地中深くに埋めたり、湖の中に重しをつけて沈めたり。
アイリス王女殿下だったら、なんなくやり遂げるだろう。だって、アイリス王女殿下は魔法を使えるのだから。
ドレスを隠さずに置き去りにした。
そこがなぜだかとても引っかかった。
「ドレスはどのようにして置かれていたのでしょうか?どこかに隠されておりましたか?」
「いや。湖のほとりに落ちていた。畳まれてもおらず、置かれていた。ああ、置かれていたというのは脱ぎっぱなしではなかったからだ。背中で結びあげるタイプのドレスだったが、不思議なことに、紐はすべて結ばれたままだったんだ。普通、ドレスを脱いだ時に紐を解いたら、次に着るまで紐は結ばずに置くだろう?」
「……え、ええ。」
「まるで、ドレスを着ていた人間だけが、そのまま姿を消したようにも思えたんだ。」
「……それは、不思議なことですわね。」
アイリス王女殿下がドレスを脱いで、わざわざ紐まで結んでおくだろうか。もし、紐まで結んだとしたならば、ドレスを畳むくらいはするだろう。ドレスが畳まれていないのに、紐だけ結ばれた状態。
とても気になる。
私は改めて湖の周りを歩いた。
なにか、他にアイリス王女殿下の手がかりになるようなものがないか隅から隅まで調べる。
「なにも……みつかりませんわね。」
「ああ。それに、この森から一番近いのはユルーリット辺境伯領だ。ドレスの持ち主がアイリス王女殿下だというのならば、ミスティアちゃんと同じようにユルーリット辺境伯領に来たはずなんだ。けれど、誰も見ていない。ユルーリット辺境伯領は田舎だからね。見知らぬ人がいたらすぐに噂になる。誰も見ていないなんてあり得ないんだ。」
「……そう、ですか。」
アイリス王女殿下は認識阻害の魔法は使用できない。
代わりに姿を魔法で変えることができる。
……もしかしてっ!
「バルトさん。そのドレスを見つけた前後でユルーリット辺境伯領に訪れた動物はおりませんか?」
アイリス王女殿下は小動物に姿を変えるのが得意だった。
もしかすると、小動物に姿を変えているのかもしれない。
それならば、ドレスが畳まれていないのもわかるし、小動物の姿になったら一時的に魔法が使えなくなるのでドレスを隠すことも難しかったのだろう。
ドレスの紐が結ばれていたままだったのも、身体が小さくなったことで、ドレスがぶかぶかになって隙間から抜け出たからだろう。
「……私の知る限りでは……オキニスくらいだ。森の中に隠れていたとするならば、それは誰にも判別がつかないだろう。」
バルトさんはそう言った。




