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3/13


 私はどうやらとても疲れていたようである。

 気づけばいつの間にか寝てしまっていたようで、目を覚ましたら真っ暗な夜だった。

 ベッド脇の窓から見える月が静かに輝いていた。まるで、オニキスの瞳のような静かな煌めきに私は目を細めた。


「……疲れていたとはいえ、いささか眠りすぎてしまったようだわ。」


 喉が酷く渇いている。

 ベッドから起きて飲み水を探そうとするが、足を骨折していたことを失念していた。ベッドから降りようとして私はその場に倒れ込んでしまう。

 

「いったぁ……。」


 ドスンッという大きな音と供に体勢を崩してベッドから落ちた私は、そのまま床に転がり込んだ。

 このような失態は久しぶりだと何故だか思った。


「にゃあっ!」


 私がベッドから落ちて大きな音を立ててしまったことで、よく寝ていたオキニスが目を覚ましてしまったようだ。血相を変えて、オキニスが私の元に飛んできた。

 テシテシと前足で私の頬を優しく叩く。

 まるで「しっかりなさいっ!」と言われているようだ。


 ……あのお方によく似ている。


 ……?

 あのお方ってなんでしょう……?

 私が忘れている記憶なのかしら……?


「お嬢様っ!?いかがなされましたかっ!?」


 物音を聞いて部屋に飛んで入ってきたのはメアリーさんだった。

 ベッドから落ちて床に転がっている私を見て目を大きく見開いた。


「あらあらあら。まあまあまあ!ベッドから落ちてしまったのね。大変だわっ!今、人を呼んでくるわねっ!」


「あっ……メアリーさん。大丈夫ですからっ……。」


 年老いたメアリーさん一人では、私を起き上がらせてベッドに寝かせるのは大変なのだろう。メアリーさんは部屋からでて人を呼んでこようと慌てている。私がメアリーさんを止めるよりも先にメアリーさんは素早く部屋から出て行ってしまった。

 骨折しているのは右足だけだ。

 幸い両手は骨折していない。右足だけならば、日頃から鍛えてある身体なので、起き上がってベッドに乗ることはとても簡単なことだ。

 メアリーさんが人を呼びに行ってくれたのはありがたいことだが、私はよっこらせっと身体をおこし、自力でベッドに這いずり上がる。

 私がベッドに上がると、オキニスもベッドに軽々しく飛び乗った。

 優雅なその動きに私はオキニスをジッと見つめる。

 オキニスはベッドのうえで毛繕いしながら時折私を見つめてくる。その瞳はまるで何かを訴えているようにも思えた。


「お嬢様っ!今、すぐにお助けいたしますねっ!」


 そう言って、メアリーさんが他の使用人を2人ほど引き連れて戻ってきた。

どちらも20代前半の男性で、力もありそうだ。


「って、あら?お嬢様、お一人でベッドに戻れたのですね。……ふふふっ。私としたことが慌ててしまいました。お騒がせしてごめんなさいね。ああ、そうそう、せっかくだから二人を紹介いたしますね。」


 メアリーさんはそう言うと二人の男性を私に紹介してきた。どちらも20代前半に見える。

 まずは茶髪の男性だ。優しげな笑みを浮かべているが、どこか軽薄な感じがする。


「ユルーリット辺境伯家に使えるバルトです。お嬢様、以後お見知りおきを。」


 バルトと名乗った男性は名乗ると、片膝をついて礼をした。ついでに、私の左手をとって手の甲に口づけた。


 こいつ……慣れてやがる。


 思わず眉間に皺を寄せてしまう。


「バルトはユルーリット辺境伯家の家令であるララトの息子になります。ララトのことは後で紹介いたしますね。」


 メアリーさんは補足説明をしながら、今度は金髪碧眼のどこかお人形のように整った顔をした男性に視線を移した。


「……ロキアだ。」


 ロキアさんはぶっきらぼうにそう告げた。

 不本意そうなその姿は私に懐かない猫を思い出させた。

 ご飯の時だけ寄ってきて、ご飯を食べたらプイッと離れていく猫のようになぜか思えた。

 気づけば私は口角を上げていた。


「……なにがおかしい。」


 ロキアさんは低い声で私を睨みつけてくる。


「いいえ。なんでもありませんわ。私は……。」


 またもや名乗ろうとして自分が名前を忘れていたことを思い出す。

 名乗れないことはとても不自由だ。

 

「……ミスティア。ここでは君のことをミスティアと呼ばせてもらう。名前がないのは不便だからな。」


 名乗れなくて黙ってしまった私に、ロキアさんはそうぶっきらぼうに言った。


「……ミスティア?それが、私の名前……?」


「……悪いかよ?」


「いいえ。とても素敵な名前だわ。ありがとう。」


 私は思いも寄らぬ素敵な名前をプレゼントされて嬉しくてにっこりと笑った。


「……別に。」


 ロキアさんはぶっきらぼうにそう言うとそっぽを向いた。


「まあ、ロキアったら。」


「ロキアらしいな。」


 メアリーさんと、バルトさんはそう言ってにっこりと生暖かい目で微笑んだ。

 その様子から、ロキアさんは一見冷たそうに見えるが、メアリーさんやバルトさんから愛されていることがうかがい知れた。それに、私の名前を考えてくれるだなんて、ロキアさんはとても優しい人なのだろう。

 ぶっきらぼうだけど、優しい。そんなロキアさんだからメアリーさんやバルトさんから好かれているのかもしれない。

 なんだか、三人のやりとりを見ていると私まで暖かな気持ちになっていく。


「にゃあ。」


 そこに割り込むようにオキニスが私の手をペロリと舐めた。それは、先ほどバルトさんが口づけたところだ。まるで消毒するかのようにオキニスは必死に私の手を舐めていた。

 それから、ずっとオキニスは私の腕に身体をすりつけてくるようになった。


「まあ、オキニスはあなたのことが大好きなのね。」


 メアリーさんにそう言われて私は嬉しくなって笑った。


 ここにいるととても優しい気持ちになる。

 そして、何故だかとても安心する。

 私はこの場所にたどり着いた奇跡に心から感謝した。



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