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「……メアリーさんはアイリス王女殿下にお会いしたことが……?」
まるで実際に見たかのようなメアリーさんの言葉。
私は、確認するかのようにメアリーさんに問いかけた。
「ええ。あります。うちの姫様がアイリス王女殿下に謁見された際に私もこの目で何度も確かめました。アイリス王女殿下の瞳は深い海の底のような青色です。」
「そんなっ……。では、オレが見たアイリス王女殿下は……いったい。」
バルトさんは困惑したように左右に首を振る。
「……きっとアイリス王女殿下のそっくりさんでしょう。」
メアリーさんはにっこりと笑ってそう言った。
なんとあっけらかんとした言い方だろうか。
思わず私はポカンとしてメアリーさんを見つめてしまった。
「ふふっ。一国の王女様ですもの。そっくりさんが何人かいてもおかしくはありませんでしょう?」
「……影武者ってことか。」
メアリーさんの含みをもった言葉に、バルトさんはポツリと呟いた。
王族にはいざというときのための影武者が用意されていることが多い。
王族に何かあったときのために、影武者が王族の代わりとなるためだ。王族を逃がすための役割として影武者が存在する。
「さあ、私はそこまでは存じ上げません。さあ、せっかくのお菓子が食べてもらえるのを今か今かと待っておりますよ。紅茶は……淹れなおしましょうかね。バルトも一緒にどうかしら?」
メアリーさんはそう言って会話を終了した。
こうして私たちはメアリーさんを除いてギクシャクしたままお茶会をするのだった。
☆☆☆☆☆
「……悪かったな。」
バルトさんがそう言って私に謝ってきた。
そこにはいつものような軽薄な笑みは見られない。
それだけに真剣に謝罪してくれているということが伝わってきた。
「……バルトさんが謝るようなことではありません。私が、記憶をなくしてしまったことがそもそもの原因なのです。」
「……そうだよな。ミスティアちゃんみたいな脳筋がアイリス王女のような女傑ではないな。よく考えてみたらとてもあり得ない話だ。私の思慮が浅かったようだな。すまない。ミスティアちゃん。」
バルトさんは少し考えた後、そう言っていつものような軽薄な笑みを浮かべた。
それに多少ムッとしながらも、いつものバルトさんに戻ったことにホッと胸を撫でおろした。
「わかってくれればいいんです。でも、私は脳筋ではありませんわっ。」
「そうかぁ?バッファウモーを一撃で倒したって聞いたんだけど?ユルーリット辺境伯からね。ユルーリット辺境伯が嘘をつくわけがないからなぁ。本当なんだろう?ミスティアちゃん?」
「うっ……そ、それは……。ち、緻密な戦略を練ったからこそ、バッファウモーを倒すことができたのですわっ。」
「へぇ~。緻密な戦略ねぇ……。ちなみにどんな戦略だったのか教えてもらってもいいかな?」
「……っ!?ち、緻密な戦略は緻密な戦略ですわっ。」
「そう。それはわかった。だから、今後の兵士育成のためにも、その緻密な戦略とやらを教えてほしいなぁ。きっと、その情報はユルーリット辺境伯も欲しがる情報だろう。兵士が強くなることはユルーリット辺境伯が力をつけるということだからな。」
「そ、それは……企業秘密ですっ!!」
私はバルトさんの質問に答えられなくて、それだけ言い放つとユルーリット辺境伯邸から逃げ出した。
本当は緻密な戦略なんてないのだから。
ただ、身体が勝手に動いただけ。
バッファウモーの間合いや、どこが弱点か、どう動けばいいか、それらはすべて頭で考えた結果ではない。身体が自然に動いていたのだ。
でも、そんなことを素直にバルトさんに告げれば、余計に【脳筋】だと言われることだろう。
「……私は、脳筋じゃないわ。」
「にゃあう。」
いつの間にか家にたどり着いていたようで、オキニスが私の足に絡みついていた。
「……脳筋って言わないでね、オキニス。」
「にゃあう?」
「……オキニスぅ~。」
私の勘違いかもしれないけれど、なぜかオキニスは私のことを脳筋だと言っているような気がした。
私は足にまとわりついてくるオキニスを抱き上げると手足をつっぱらせて嫌がるオキニスを抱きしめる。
オキニスの太陽のような温かい香りと、柔らかい毛が私の心を癒していった。




