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「アイリス王女に会わせてあげようか?」
メアリーさんとお茶を飲んでいると、突然そんな声が後ろからした。
どうやら今の私の独り言を聞かれていたようだ。
ドキッとして後ろを振り返る。
「バルトさん……。」
そこに立っていたのはユルーリット辺境伯邸の使用人であるバルトさんだった。
バルトさんは軽薄そうに笑っている。
「あら、バルト。ミスティアさん驚いているじゃないの。ダメよ。女の子を驚かせたら。」
すかさずメアリーさんがバルトさんににっこりとほほ笑む。けれど、その目は笑っていなかった。
「すみませんねぇ。つい、気になった名前を聞いたものですから。」
バルトさんはメアリーさんに笑いながら謝罪する。
どちらも目が笑っていないのでちょっと怖い。
それに、なによりもバルトさんの言葉が引っかかった。
「バルトさんは……アイリス王女殿下をご存知なのですか?」
「ああ。そうだねぇ。一度だけアイリス王女殿下にお会いしたことがあるんだよ。ユルーリット辺境伯のお供で、リユーナイン王国に行ったときにね。」
そう言ってバルトさんは意味深に笑った。
「そうですか。あの……アイリス王女殿下に会わせてくれるって……どういうことでしょうか?」
バルトさんは一度お会いしただけのアイリス王女殿下に自由に会えるのだろうか。バルトさんは何者だろうか。
そう思っていると、バルトさんがおもむろに私の顔の前に手鏡をかざした。
「あの……?」
わけがわからなくて、首を傾げると、バルトさんがにやりと口の端を上げた。
「会えただろう?アイリス王女に。」
「えっ……?」
バルトさんの言葉がよく理解できなくて聞き返してしまう。
「バルトっ!あなたなんてことをっ!!」
メアリーさんがバルトさんのしたことに対して怒っているようで、声を荒げる。そうして、メアリーさんはバルトさんの手から手鏡を強引に奪い取った。
「……このお嬢さんは自分がアイリス王女だと気づかないようだから教えてあげているんですよ。」
「……っ!?バルトっ!!違うわっ!ミスティアさんはアイリス王女ではないの。なぜ、そのような勘違いを……。」
「……私が……アイリス王女殿下……?違う。違うわ。そんな、そんな恐れ多いこと……。」
バルトさんは私のことをジロリと睨みつけた。
「違う?記憶がないからか?記憶がないなら自らに課せられた責務を全うしなくてもいいと思っているのか?」
バルトさんは私の両肩を掴みながら、視線を合わせながら問いかけてくる。
その眼差しは真剣であり、冗談を言っているようには見えなかった。
「……私は……違うっ……。」
違うのだ。
私は、アイリス王女殿下ではない。
それは、記憶を失っていてもわかる。
あの聡明なアイリス王女殿下が私なはずはないのだ。
「違うわけないっ!オレは見たんだ。アイリス王女殿下をっ!!ミスティアと瓜二つだった。この新緑のような緑色の瞳を忘れるわけがない。オレはあの時から……君の瞳に捕らわれているんだ。」
切実なバルトさんの悲鳴にも聞こえる言葉に、私は閉口した。
なにを言ったらいいのか、わからない。
苦しそうに眉根を寄せるバルトさんに、私はなんと言っていいかわからない。
私は、アイリス王女ではないのに……。
「バルト。ミスティアさんはアイリス王女殿下ではありません。これは確かなことです。ミスティアさんがアイリス王女殿下ではないからこそ、ロキアがアイリス王女殿下のことを探しに旅立ったのでしょう?それに、アイリス王女殿下の瞳は……青色です。」
メアリーさんが静かに言い放つ。
その言葉には重みがあり、そして思いもよらなかった情報がちりばめられていた。
「……うそだっ。オレがあったアイリス王女の瞳は緑色だった。新緑のようでとても綺麗だと思ったんだ。青色と見間違えるはずがないっ。」
「ですが、アイリス王女殿下の瞳は青色です。海のように深い青色です。」
メアリーさんはそう言い切った。




