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「……ロキアさん?」
ハルジオン様はロキアさんの元に行くように言った。
ロキアさんがいったいなんだというのだろうか。
というか、ハルジオン様はロキアさんの存在を知っていた……?そして、ロキアさんは私が望む答えを持っているとハルジオン様は確信しているようであった。
私はわけがわからないながらも、ハルジオン様が言ったとおりに、ロキアさんの元に向かって足を進める。この時間ならばきっとロキアさんはユルーリット辺境伯邸にいることだろう。なんたって、ロキアさんはユルーリット辺境伯邸の使用人なのだから。
「まあっ!あらあらあらまあまあまあ。ミスティアさんじゃない。ようこそいらっしゃいましたわ。」
ユルーリット辺境伯邸に着くとすぐに侍女頭のメアリーさんが嬉しそうに歩み寄ってきた。
ユルーリット辺境伯邸は貴族の屋敷ではあるが辺境の地にあるだけあって気さくな人が多い。これが王都だと使用人であっても、どこか気位の高さがある。
「お久しぶりです。あの……ロキアさんはいらっしゃいますか?」
「……ロキアですか?ええと……そうね、そうだわ。ミスティアさんお茶にしましょうっ!せっかくいらしたのだもの。美味しいお菓子が手に入ったのよ。王都で今人気のお菓子なんですって。一緒にいかがかしら?」
「え、ええと私はロキアさんに用が……。」
「うふふ。ちょっとくらいいいじゃないの。ミスティアさん。お茶に付き合ってくださいな。」
そう言ってメアリーさんは可愛らしく笑った。
メアリーさんはこのユルーリット辺境伯邸の使用人だ。使用人が仕事中にお茶をするなどあってもいいのだろうかと首を傾げるが、あのユルーリット辺境伯のことだ。
仕事をきっちりと仕上げていればいつ休憩をとっても問題ないのだろう。
「ですが……私は……。」
「……そうねぇ。ロキアはねぇ、今いないのよ。だから、ロキアが帰ってくるまで私に付き合ってちょうだいな。」
「……メアリーさんの仕事を邪魔するわけには……。ロキアさんがいないのなら改めて出直して……。」
「あらあらあらまあまあまあ。ミスティアさんは私とお茶するのは嫌なのかしら?」
「いいえ。そんなことは……。ですが、お邪魔になってしまうのではないかと……。」
「そうねぇ。仕事の邪魔になるようだったら、お誘いしないわ。だから遠慮しなくていいのよ。旦那様からもミスティアさんが来たら引き留めて置いて欲しいって言われているしね。」
「は、はあ。」
メアリーさんは断っても断ってもしつこいくらいに、私のことを引き留めてくると思ったら、どうやらユルーリット辺境伯から私を引き留めておくように言われていたらしい。
「さあ、座って。ミスティアさん。」
そう言って私は応接室のソファーに半ば強引に座らされた。
相変わらずユルーリット辺境伯邸のソファーは座り心地がいい。見た目はとても地味だけれども、機能性は王宮のソファーよりも高いのではないだろうか。
「これはね、隣国のリユーナイン王国の紅茶なのよ。ロキアさんが旅先から送ってくださったのよ。独特な味がするから、ミスティアさんのお口に合えばいいのだけれど……。」
そう言ってメアリーさんは琥珀色に輝く紅茶を入れてくれた。
私は、カップを手に香りを嗅ぐ。
香ばしい香りが鼻孔をくすぐった。
「……どこかで嗅いだような香りだわ。」
それはどこか懐かしい香りだった。
私は一口紅茶を飲んだ。
「うっ……。」
そして、思わず口元を抑えてしまった。
なぜならば、想像した味とまったく違っていたからだ。
香りは良いのに雑味が多く、苦みも強く感じる。どこぞの質の悪い紅茶のようだ。
「あら。あらあらあらまあまあまあ。お口に合わなかったかしら……。」
メアリーさんが慌てたように私の顔を覗き込んでくる。
「す、すみません……。思っていた味と全然違ったものですから、びっくりしてしまって……。」
「あら?そう?私の淹れ方が間違っていたのかしら……?」
そう言いながら向かいのソファーに座ったメアリーさんは紅茶を一口飲んだ。
「あらっ。あらあらあら、まあまあまあっ!茶葉が腐っていたのかしら……。ロキアからもらったばかりだというのに……。ごめんなさいね。ミスティアさん。このようなものをお出ししてしまって。いつもの紅茶にするわね。」
どうやらメアリーさんもこの紅茶が美味しくないと思ったようだ。
それにしても、ロキアさんからのお土産だったとは。
ロキアさんしばらく姿を見ていなかったと思っていたけれど、国外に行っていたのね。
「……リユーナイン王国の紅茶とはいえ、ここまでひどい雑味があるということは、よほどよくない茶葉を使用しているようですね。」
「そうねぇ。ロキアのことだから、安い紅茶は買わないはずなのだけれども。ロキアの手紙には、リユーナイン王家ご用達の紅茶だと書かれていたのだけれども……。こんなに質が低い紅茶が王家のご用達だなんて信じられないわ。」
「え、ええ。」
質の悪い紅茶が出回っている。しかも、王家ご用達だと言って。それは、先日の商人の言葉が真実だということを訴えているように思えた。
シャガ王子殿下が実権を握ってから民が疲弊していると。それは、本当のことなのだろう。
早急に民を救わなければならない。
私は不意にそう思った。
けれど、非力な私ではどうすればいいのかが、いまだによくわからない。
大体にして私は力ですべてをねじ伏せてきたので、頭を使うことが苦手なのだ。そういう部類はすべてあのお方の役目だったし。
「……会いたい。アイリス王女殿下に。」
口からぽつりと漏れた言葉は覚えていないはずのリユーナイン王国の第一王位継承者の王女の名前だった。
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