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「ユルーリット辺境伯様はいい仕事をしてくれたなぁ。」
「んだんだ。」
「ミスティアちゃんという逸材を連れてきてくれたもんなぁ。」
「ええ。そうね。ミスティアさんのお陰でこんなに美味しいお肉を食べることができるわ。」
「ああ。ミスティアさんには感謝しているよ。」
「ありがとう、ミスティアさん。」
「ありがとう、ミスティアちゃん。」
ミトラーさんに解体してもらったお肉を街の人に分けると街の人たちからは口々に感謝の言葉が聞こえてきた。
「いいえ。皆さまが喜んでくれて私もとても嬉しいです。」
一人一人にそう返事を返すと、街の人たちは笑みを深くして喜んだ。
「……ミスティア、君はとても強かったんだな。」
そんな中、ユルーリット辺境伯が近くにやってきて苦笑を浮かべながら話しかけてきた。
「……私が、強い、ですか……?そんなことありません。バッファウモーは動きが単純でした。ですから、私でも首を切り落とすことができたのです。それに、この剣がありましたから。」
私は謙遜でもなくそう言って、見事な装飾が施された剣をユルーリット辺境伯に見せた。
すると、ユルーリット辺境伯は目を大きく見開く。
「……?どうか、いたしましたか?」
「あ……、いや。なんでも……。ちょっと驚いただけだ。」
「そうですか?」
「あ、ああ。ところで、ミスティア。君は剣術を使えるようだがどこで教わったのだい?」
ユルーリット辺境伯は罰が悪そうに視線を反らすと、話題まで反らしてきた。
いったい何なんだろうか。
「……どこで教わったかは……申し訳ございませんが覚えておりません。」
「ああ。そうだったな。ああ、そうだった。ミスティアは記憶喪失だったんだものな。失礼した。」
記憶がない私にはどこで剣術を習得したのかまったく身に覚えがない。ただ、使えたのだ。剣を握ってバッファモーに相対したときに、不思議とどう動けばよいかわかったのだ。身体がすべてを覚えていたのだ。
「いえ……お気になさらずに。」
「そうだな。ああ、そうだな。早く家に帰ってせっかくのバッファモーの肉を堪能するといい。ああ、バッファモーは指定害獣なんだ。倒せば報奨金が出る。後で用意させよう。」
「本当ですかっ!?それなら、報奨金は今までユルーリット辺境伯家にお世話になった分に充ててください。全然足りないとは思いますが……。」
バッファモーを倒すと報奨金が出るなんて知らなかった。
お肉は美味しいし、報奨金までいただけるなんてバッファモーを狩ることを今後の日課にしようと決めた。
「いや、報奨金はミスティアの自由に使うといい。」
「いいえ。いただいた恩は必ずお返ししなければなりません。どうか、受け取ってください。」
「……義理堅いのだな。承知した。ありがたく受け取っておくよ。」
「はい。そうしてください。」
「ああ。では、またな。」
「はい。ごきげんよう。」
私は、ユルーリット辺境伯と別れて家路についた。
もちろんご機嫌な様子で尻尾を左右にゆっくりと振っているオキニスと一緒だ。
オキニスは嬉しそうに歩いている。今にもステップを踏み出しそうなほどだ。
オキニスが嬉しそうだと私も嬉しい。
私まで嬉しくなってにこにことほほ笑んでしまい、それを見た街の人たちが顔を真っ赤にさせていたことには気づかなかった。
家まであと少し、というところで、いきなり声をかけられた。
「アイリス王女殿下。アイリス王女殿下ではございませんか?」
最初は私のことではないと思った。
記憶を失っていても私は王女ではない。そう思っているからだ。
けれど、何度も呼ばれて、しまいには腕を掴まれてしまった。
「アイリス王女殿下っ!お待ちくださいっ!!」
「無礼なっ!私はアイリス王女ではありませんっ!その手を放してくださいっ!」
私はそう言って掴まれた手を強引に振りほどいた。
「アイリス王女殿下っ。お気持ちはお察しいたします。ですが、リユーナイン王国をお助けくださいっ。」
リユーナイン王国と聞いて私はハッと息を飲んだ。
その名前の国を知っているような気がしたのだ。
とても懐かしい国の名前。
切羽詰まった商人と思わしき男性を私は何も言わずにジッと見つめた。
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