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「ユルーリット辺境伯様……。」
「ミスティア。怪我はないか?」
森の中で私に声をかけてきたのは、ユルーリット辺境伯だった。
ハルジオンが飛び立つのとほぼ同時にユルーリット辺境伯がやってきて、私が怪我をしていないか確認する。
「どこも……怪我しておりません。大丈夫ですわ。」
必死の形相で確認してくるユルーリット辺境伯に驚きながらも、私は大丈夫だと伝える。
「そうか……ドラゴンが……屋敷の方からこの森にドラゴンが舞い降りるのを見て……街の治安を守るためにと飛んできたのだが……。あのドラゴンはミスティアが呼んだのかい?」
ユルーリット辺境伯は安堵の息を漏らしながら訪ねてくる。
そう言えば、ユルーリット辺境伯の息は弾んでいた。
「……お供もつけずに、ですか?」
「……ああ、急いで来たから振り切ってきてしまったようだ。」
ユルーリット辺境伯はそう言って苦笑した。
それにしても、今の会話で一つ驚いたことがある。
「あの……ドラゴンというのは伝説の生き物では……?」
ユルーリット辺境伯がおっしゃった【ドラゴン】という言葉だ。
ドラゴンというのはおとぎ話の中にはでてくるが、空想上の動物だと思っていた。
大きな翼と鋭い牙と爪を持つ空の帝王。
一国軍ですら本気で襲い掛かってくるドラゴンの前ではなんの力も持たないと聞く。
その空想上の生き物のドラゴンがいるというのだろうか。
「ああ、先ほど飛び立ったようだ。トカゲのような見た目をしており、大きな翼があったであろう?ドラゴンは架空の動物だと言われているが、実際にはドラゴンは確かにこの世界に存在しているのだよ。あまり、姿を見せないがな。」
「ハルジオンが……ドラゴン?」
ユルーリット辺境伯がおっしゃる特徴はハルジオンに合致していた。それになにより、今ここから飛び立っていったのは他でもないハルジオンなのだ。
確かにハルジオンの姿は今まで見たこともない姿であったが、まさか伝説上の生き物であるドラゴンだなんて夢にも思わなかったのだ。
「……あのドラゴンの名前まで知っているのか。恐れ入ったな。」
「あ、いえ。ジッと動向を警戒していたら急に笑い出して名前を……。」
「ミスティアの名前も告げたか?」
「……はい。名乗られたからには名乗り返さないと失礼にあたりますし。……いけませんでしたか?」
「……はぁ。それであの光か……。」
ユルーリット辺境伯は頭を抱えて大きなため息をついた。
「あれはいったい……。」
ユルーリット辺境伯はあの光の正体を知っているのだろうか。
「あれは今は失われた契約の光。互いに守りあうという、な。実際に契約を結べるような高位の存在はほとんど存在していない。それこそドラゴンが該当するが、ドラゴンの中にも力の違いがある。高位のドラゴンでなければ契約は結べないはずなんだ……。ミスティアと契約を結んだのはドラゴンの中でも高位の存在のようだな。」
「……申し訳ありません。私にはなにがなんだか……。」
ユルーリット辺境伯の言葉がうまく呑み込めない。
ドラゴンだけでも珍しいのに、ドラゴンの中でも高位の存在がハルジオンだったと……?
しかもそのハルジオンと契約を交わした……?
私は、契約を交わした覚えなどないのだけれども。
それどころか、ドラゴンと契約を交わすことができることも知らなかった。もちろん、契約の存在も。
「まあ、いい。いいか、ミスティアよ。ドラゴンと契約を結んだことはくれぐれも内密にするのだ。知られたら余計なしがらみが……。」
「は、はい。」
確かに伝説上のドラゴンと、これまた伝説としか言いようのない契約を結んだとか、誰にも言うことはできないだろう。でも、あのお方のお力になれるのであれば、私は……。
私はユルーリット辺境伯の真剣な表情に固唾を飲む。
まさか、そんな大事だとは思ってもみなかったのだ。私の中では、ドラゴンと名前を教えあっただけだと認識している。それが、契約につながるとは思いもよらなかった。
でも、これであのお方を守る力が手に入ったのだと思えば……って私は何を思っているのだろうか。
あの方とはいったい……?
あの後、ユルーリット辺境伯とは別々に帰宅をした。
ユルーリット辺境伯はドラゴンを確認するために森にやってきたのだ。そこで私に会って一緒に帰りましたとなったら、余計な詮索をする者も出てくるだろう。
私がドラゴンを呼び寄せたとか、私がドラゴンを操っているだとか、そんな話題がされかねないのだ。
なので、ユルーリット辺境伯の提案に乗って、私はユルーリット辺境伯とは時間を置いて帰ることとした。
その甲斐もあってか、誰も私がドラゴンに会ったなどという噂は流れることがなかった。
☆☆☆☆☆
「……アイリス王女、貴女さまはいったい今どこに……。」
ロキアはユルーリット辺境伯家を出て隣国であるリユーナインでアイリス王女を必死に捜索していた。
なかなか見つからないアイリス王女にロキアは日々焦りを募らせていた。




