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記憶喪失の私は、辺境の村でスローライフを満喫しています。~王女?いいえ、そんなはずはありません~   作者: 葉柚


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 頭上を旋回しているのは大きな翼を持った獣でした。

 鋭い牙が口の端から除いており、明らかに肉食動物であることがうかがい知れる。

 ジトっと冷たい汗が背中を伝い落ちた。

 金色に輝く獰猛な目が私にギロリと向けられると、口を大きく開いて「ぐおぉおおおおおおーーーーーーっ。」と言う重く低い雄たけびを上げた。

 

「くっ……。」


 雄たけびの圧力で思わず目をギュッと瞑ってしまう。

 敵が前にいるというのに、目を瞑ることは明らかに敗戦要因だ。

 しかしながら、初めて相対する自分よりも明らかに強い相手に目を瞑ることしかできなかった。

 しばらく目を瞑っていても、それ以上何が起きるわけでもなく私は恐る恐る目を開けた。

 周りを見渡せば先ほどあったざわめきもなく、静かな……静かすぎる湖がそこにあった。先ほどまでいた動物たちは姿を消している。自分たちよりも圧倒的強者が来たので一目散に逃げていったのだろう。

 あの恐ろしい翼を持った獣もこんなに静かならばどこかに行ってしまったのではないかと僅かばかりの希望を持って視線を空に向けると、そこには旋回しながらこちらを伺っている翼を持った獣がいた。

 

「うぅ……。」


 逃げるか、逃げないか。

 私の選択は二つに一つだ。

 相手が私の同行をつぶさに伺っていることは痛いほど感じている。つまり、逃げることは難しい。ならば、逃げずにこの場で相手に戦いを挑むか。相手は、私よりも遥かに強い。それは痛いほど肌で感じている。まだ、距離がこんなにも離れているのに、相手の姿を目に入れるだけで自分の身体が自分で制御することができずに、ぶるぶると震えているのがわかる。

 

『……ふむ。』


 頭上から重苦しい声が聞こえてくる。

 私は今度こそ相手から視線を反らさぬように見上げる。視線を外したほうが負けだ。次に視線を外したら、あの翼を持った獣は私に襲い掛かってくることだろう。

 どのくらいの間見つめあっていただろうか。その時間は数時間にも思えた。

 しばらく見つめあっていると先にしびれを切らしたのは翼を持った獣の方だった。口を大きく開くと、

 

『わーはっはっはっはっはっ。』


 と、愉快そうな笑い声をあげた。

 あまりにも楽しそうに笑うので、私は脱力してその場にへたり込んでしまう。

 

「へっ……?」


『我を前にしても逃げないどころか、まっすぐ見つめ返してくるとはっ!気に入ったぞ。人間の娘。我の花嫁にしてやろう。』


 嬉しそうに頭上を旋回しながら徐々に高度をさげ、ゆっくりと地面に着地する翼を持った獣。その目には先ほどまでの威圧が見当たらず、愉快そうに笑みを象っていた。

 近くで見るとまるで爬虫類のような目や鱗だ。

 真っ黒な鱗が全身を覆っている。まるで、でっかいトカゲに翼が生えたように見える。


「生憎私は結婚相手を募集しておりませんのでご遠慮いたします。」


 今はまだ結婚など到底考えられないので、きっぱりとお断りする。

 すると何がおかしかったのか、翼を持った獣はまた笑った。

 

『ふははははははははっ。娘っ!お前はじつに面白いな。そんなことを真顔で言われたのは初めてだ。』


「はあ。私も面白いなんて言われたことは初めてです。」


『うむうむ。実にいい。我を見て恐れないとは。面白い。』


「いえ。私はあなたを恐れております。今でも身体中がぶるぶると震えて……いませんね?あれ?いつの間にか震えが収まってしまいましたわ。」


『くっ……くくくっ。本当に面白い娘だ。こんなに面白い娘に会ったのは初めてだ。娘、おまえの名を教えておくれ?』


「……ミスティアと申します。ただ、私には過去の記憶がありません。ゆえに、この名前は仮の名前にございます。」


『ミスティアか、覚えておこう。我はハルジオンだ。』


「……ハルジオン。」


 相手の名を確かめるように呟けば、翼を持った獣と私の身体が一瞬だけ優しい淡い光に包まれた。

 

「これは……。」


 心地の良い暖かさが体中に漲るとともに、身体の奥底から力がみなぎってくるのを感じて目を見開く。

 

 今、いったい何が起きたというのだろうか。

 理解を超えた事象に私は驚きを隠せずにその場に佇んだ。


『ふむ。契約が為されたようだな。』


「契約……?」


 翼を持つ獣……もといハルジオンはこの事象に心当たりがあるようだ。

 大して驚きもせずに満足気な笑みを浮かべている。


『うむ。ミスティアよ。何か困ったことがあれば我を呼べ。我はいつでもミスティアの元に馳せ参じよう。』


「えっ……?ええっ……?」


 まるで従魔の契約のようだと驚く。

 私が驚いているのをいいことにハルジオンは私に頬を寄せて、すりすりとその頬を擦りつけてきた。

 滑らかなひんやりとした鱗が私の頬を撫でているようだ。

 思わず心地よくて目を閉じる。

 

『……誰か来たようだな。我がここにいたら大騒ぎになるだろうな。名残惜しいが我は帰ることにしよう。』


「……え?」


 驚いている間にハルジオンは独り言のように呟いてあっという間に飛び立ってしまった。

 

「……なんだったの?いったい……?」


「ミスティアっ!?大丈夫かっ!!?」


 茫然とハルジオンの去って行った方を見ていれば、ふいに後ろから名を呼ばれた。



アルファポリスにて先行公開しています。

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