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今日から初めての一人暮らしが、スタート…………いいえ、違ったわ。オキニスと二人だけの暮らしがスタートする。
私は心躍らせながら、ユルーリット辺境伯が用意してくれた家に引っ越しをした。
引っ越しといっても元々持っていたものは少ないのでユルーリット辺境伯家の馬車で一回荷物を運んだらそれで完了だ。
大切に持ってきたのは、ロキアさんがくれたアイリスの鉢植えと、侍女のメアリーさんがくれたソーイングセットだ。
アイリスの鉢植えは毎日、朝、昼、晩と水をたっぷりと与えているが未だに芽がでることがない。
与える水の量が少なかったのだろうかと徐々に与える水の量を増やしてみたが、一向に芽が出る気配がない。
ロキアさんに訊きたくても、ロキアさんは私と一緒にアイリスの球根を植えた翌日から、ユルーリット辺境伯の命令で外出をしているらしい。もう、二か月以上も経つのにロキアさんからは何の連絡もない。
ユルーリット辺境伯宛には何度か手紙が届いているらしいが。
なので、アイリスの芽が出ない理由がわからないまま、私はついにオキニスとの一人と一匹の暮らしを始めることになったのだった。
「オキニス、今日からよろしくね。」
「にゃあ。」
オキニスに改めて挨拶すれば、オキニスは目を細めて一声鳴いた。
オキニスもはしゃいでいるのか、家の隅々まで確かめるようにうろうろと歩いている。時折立ち止まっては匂いを嗅いで口を半開きにするという謎な行動をしているが、そんなオキニスの姿もとても可愛らしく感じる。
「……森でも行ってみようかなぁ。」
田舎で一人暮らしと言ったら現地調達、自給自足!
いつかは家庭菜園をしてみたいが、アイリスの芽すら発芽させることのできない私に向いているのだろうかと首を傾げる。
家庭菜園をするには知識が足りないので、私はひとまず森に行ってみることにした。オキニスと一番最初に会ったのも森だったし。
家庭菜園は……時間があったら詳しそうな人をバルトさんから紹介してもらおう。
「オキニス。私は森に行ってみるわ。オキニスはどうする?」
ついてきてくれると嬉しいなぁと思いながらオキニスに問いかければ首をちょこんと傾げてから、家の片隅に立てかけられている装飾品の剣の元へと歩いていった。そして、剣の前で立ち止まると、剣を見上げて「にゃあ。」と一声鳴いた。
「……?これを持っていけってこと?護身用ってことかしら?」
「にゃあ。」
オキニスは私の答えに満足げに鳴いた。
確かに森に出かければ獰猛な獣が出てくる危険性もある。けれど、私が気を失って倒れている間、獣たちに襲われることはなかったのだ。
あの森にはきっと獰猛な獣はいないのではないだろうかと思っている。
それでもオキニスに言われるがまま私は剣を取った。
久々に握った剣は思ったよりも私の身体にフィットした。
そのまま剣を振りかざして素振りをする。
手になじむ感じがどこか懐かしさを感じる。重さも丁度良い具合だ。
「これ、装飾品かと思ったけれど、実戦で使えるくらい洗練されているわね。」
装飾は華美だが、刃は鋭く実践向きの剣のようだ。
誰がいつなんのために用意したのかわからないが、護身用としては及第点以上の代物だ。
「それで?オキニスはついてくるのかしら?」
剣を手に家を出る前にオキニスに問いかければ、オキニスは私の足元に寄ってきて足にすりすりと顔を擦り付けている。
……可愛い。
「いってらっしゃい」と言っているのか、「ついて行く」と言っているのかわからないが、オキニスのその仕草はとっても可愛かった。
まあ、オキニスは自由にこの家を出入りできるようにしているし、問題ないだろうと、家を出た。
振り返るとオキニスは家の中のソファーの上で毛づくろいをしているところだった。
どうやら、オキニスは今日は家でお留守番のようだ。
少し寂しいなぁと思いながらも森に向かって歩いていく。
徒歩20分ほどで森の入り口に着いた。
森は鬱蒼とはしておらず、どちらかというと明るいイメージがした。
木も適度に伐採されているようで、森の奥に続く道も整備されている。
私は意を決して森の中に足を踏み入れた。
一歩一歩思い出しながら森の奥に進む。
その先には私が倒れていた場所があるはずだ。
確かめるように足を運べば数分で私が倒れていた場所にたどり着くことができた。あの時は意識も朦朧としていたし、よく覚えていなかったが、近くには湖があったらしい。
透明度の高い湖を覗き込み、そっと水をすくって一口飲んだ。
「美味しいっ……。」
森の木々たちの手によって浄化された水はどこまでも透明に透き通っていた。
湖のそばには清廉な水を求めてか鳥や動物たちが多く訪れた。どの動物もこの場所では穏やかで喧嘩もせず水を飲んで思い思いにくつろいでいるようだ。
草食動物ばかりなのでそう感じるのかもしれないが。
私は湖のそばの木に縁りかかるように座り、歩いてきた疲れを癒す。
穏やかな風景を見ていると、それだけで心が洗われるようだ。
「……オキニスもくればよかったのに。」
と思ってから、オキニスがここにいたらこの風景は見られなかったかもしれないなとも思った。
なぜならばオキニスは猫だからだ。
猫は肉食動物であり、ネズミや小鳥を主食としている。
もし、ここにオキニスがいたら、水を飲みにやってきている小鳥たちが一斉に飛び立ってしまうことだろう。
そう思うと少し寂しいような気がした。
しばらくぼーっと湖に集う動物たちを見ていると、急に動物たちが騒がしくなるのを感じた。
どうやら頭上を見て騒いでいるようだ。
なんだろうと、思いつつ動物たちと同じように頭上に視線を向けて私は恐怖で固まった。
アルファポリスにて先行公開しています




