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ユルーリット辺境伯領はとても豊かな場所だった。
田舎町ではあるが、どの人も皆明るく朗らかな表情をしている。
パッと見た感じだと貧しい人はいないようだ。
田舎だからか空き家は目立つが、どこも丁寧に管理されているようで、いまにも崩れ落ちそうというような空き家は存在しなかった。きっと、ユルーリット辺境伯の手が行き届いているのだろう。
「おや、お嬢ちゃん初めての顔だねぇ。」
「こんにちは。ミスティアと申します。ユルーリット辺境伯爵様に行き倒れていたところを助けていただきました。この街に住む予定ですので、以後、お見知りおきを。」
バルトさんと一緒に街を散策していると親し気に話しかけられる。
田舎町だから、みんな顔見知りなのだろう。そこに知らない人が来たひとまず声をかえると言ったところだろうか。
声をかけることで、防犯にも繋がるし良い心がけだと思う。
「おや、随分ご丁寧に。バルト、ミスティアちゃんはいいところのお嬢様だろう?伯爵様の後妻になられるお方かい?」
恰幅の良い女性はバルトさんと親し気に会話をしている。バルトさんのよく知った間柄なのだろう。
それにしても、私がユルーリット辺境伯の後妻だなんて、いったい何を突拍子もないことを言い出すのだろうか。
「えっ!?」
びっくりしすぎて初対面の人が相手なのにも関わらず驚いた声を上げてしまった。
「そんなわけないでしょ。メルティさん。ミスティアちゃんは将来私の妻になるんですよ?」
「おや。とうとうバルトも年貢の納め時かい?町中の娘たちが悲しむねぇ。」
「えええっ!!?違いますっ!!違いますってばっ!!私は誰とも結婚する気はありませんっ!だって、私の主君はあのお方だけですものっ!」
続くバルトさんとメルティさんの会話にさらに驚いて目を見開く。バルトさんと結婚するなんて話今まで一度もなかったし、私、そんな気なんて全くないんだけれども。
それに仮にバルトさんと結婚することになったとしても、私は拒むだろう。だって私は……。
「おや、なんだい。すでに心に決めた相手がいるんだね。そうだよねぇ、ミスティアちゃんみたいに綺麗な子に相手がいないわけがないよねぇ。バルト、残念だったね。」
「なんだってっ!?ミスティアちゃん。君は私のことが好きなんだろう?照れ隠しにそんないもしない架空の人物を引き合いに出さないでおくれよ。」
メルティさんは驚いた様子を見ながらもすぐに笑顔を浮かべた。バルトさんは残念そうにおどけてみせる。
架空の人物……私はいったい誰を思い浮かべたというのだろうか。
☆☆☆☆☆
「この街は素敵なところですね。誰も彼もがとても暖かい人ばかりで。生活に困窮している人も見当たりませんね。」
「そうだねぇ。困ったときは互いに助け合っていきているからね。それになにより、ユルーリット辺境伯様の手腕が行き届いているから。生活に困窮する前にユルーリット辺境伯様が対処してしまうんだ。まったく、優れた手腕の持ち主だよ。」
「ええ。素晴らしいお方ですね。ユルーリット辺境伯様は。」
「そうだろう?でも、困ったことが一つだけあるんだ。」
「まあ。なんですか?」
バルトさんから一通り街を紹介してもらい、道中新しい生活に必要な物をいくつか購入した。その帰りすがらにバルトさんと街について言葉をかわす。
この街は田舎だけれども、皆活き活きとしている。とても良いところだと心から思ったのだ。
それに街の雰囲気はゆったりとしていて時間がゆっくりと過ぎていくようでとても心地が良い。緑が多いからか、空気は澄み渡っておりとても美味しいような気がする。
身体の奥底からリフレッシュしていくようだ。
そんなユルーリット辺境伯領にも問題があるとバルトさんは言う。
こんなに素晴らしい街のどこが問題なのかと、不思議に思って私はバルトさんに問いかけた。
「ユルーリット辺境伯様が独身でいらっしゃることだ。跡継ぎがいないんだよ。ユルーリット辺境伯家には。」
「それは……ッ。」
三か月近くユルーリット辺境伯家にお世話になっていたが、確かにユルーリット辺境伯夫人の姿は一度たりとも見たことがなかった。それに、ユルーリット辺境伯のご子息も見たことがなかった。
てっきり、王都のタウンハウスにいるのかと思っていたがどうやら違ったようだ。
「問題、だよね。こんなにいい領地なのに、ユルーリット辺境伯が倒れられてしまったら後継がいない。この地がどうなっていくのか……それが私たち領民の愁いなんだよ。」
後継者問題。
それはとても重い問題だ。
あの方も後継者問題で大変な目に……って、あの方って誰だったっけ?
後継者問題。
私はこの問題に心当たりがあるような気がした。
はっきりとは思い出せないが。
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