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彼女が殺された場所だと言う、コンビニ裏の公園の近くまでやって来た。
電車一本の距離だ…… 田舎ならともかく、都市部なら徒歩でもそれほど時間は掛からない。頭を冷やしながら、なおかつ体をほぐすには打ってつけだろう。
公園には黄色のテープが張り巡らされているのが、外灯の明かりだけでも分かる。そして周辺には、案外、人気が無かった。
「本当に事件があったのか……?」
何を馬鹿なことを言っているんだ、と思う一方で、やっと、事件が起こったんだという実感が湧いてくる。
同時に、あのとき、どうして一緒にいてやれなかったのだろうと言う、今更の無意味な後悔も湧いてくる。
――フッと、Xとの会話を思い出した。
彼はこの場所のコンビニにいた。そうして、警官達の話も聞いている。
そのとき、あいつは『不倫がどうのこうのって言ってた気がする』と言っていた。
「まさか……」
不倫が原因、と言うことなのか?
彼女の性格なら、不倫なんてする前に、別れ話を切り出してくるはず……
まさか、相手の男に俺のことがバレて、それで――……?
動揺している最中、スマホが鳴った。
「X?」
電話ではなく、メッセージだった。
「なんだこれ……?』
通知に表示された文言が、『我が親愛なる友へ』とあったから、ついつい首を傾げて呟いてしまう。
アプリを立ちあげて内容を見やると、長い文章があった。
『我が親愛なる友へ
突然のことで申し訳ないと思っている。しかし、お前には事実を知る権利があるし、自分にはそれを伝える義務がある。
Sのことだが、あいつは不倫していた。
相手については、明日のニュースで明らかになるだろう。
なぜ、そんなことを知っているのかって? それは、電話をくれたら話そう。期限は今日まで。つまり、0時までだ』
俺は急いで時間を確認した。
――まだまだ時間は、たっぷりある。
むしろ、人の往来がまだ多い時間帯だから、自然と公園の外れにある、小さな工場の外壁近くに寄った。
工場はもう閉まっているし、往来も無ければ、近くに民家も無い。
大切な…… 本当に大切な話をするには、打って付けの場所だ。録音アプリもついでにダウンロードし、起動しておけば、なお良い。
もしもってことが、あるから。
『――どうした?』
俺は一息入れてから、言葉を吐いた。
「お前…… どういうことだ……?」
ちょっとした間があいて、『そうか。メッセージ、確認したんだな?』と返ってきた。
『いつもは無視して掛けてくるから、ちょっと心配してたよ』
「どういうことだって訊いてんだよ、X……!」
『メッセージに書いてある通りさ。お前の彼女は不倫女だった。それでお前、Sの相手が誰か分かってるか?』
「まさか、お前か?」
鼻で笑われた。
「図星か?」
『相変わらず、鈍感と言うかなんと言うか…… 相手のことは明日、分かるって書いてあるのに、なんで俺になるんだ?』
「じゃあ、『俺以外の人間が不倫相手だった』って書いておけよ。あんな書き方じゃ、お前も該当するんだよ」
『その時点で、やっぱりお前は鈍感野郎だよ』
「何が鈍感だッ! 明日ってどういう意味だよッ! お前、あの子を殺した犯人、知ってるんだろッ?! さっさと教えろよッ!」
『ああ、知ってるぜ。お前もよく知ってるはずだ』
俺は自然と、目を細めていた。
『俺はな、Sが嫌いだったんだ。見た目は清潔そうにしてやがるが、実際はあの公園で男と会って、ホテルやらなんやら行ってやがったんだ。――お前はまだ、あいつと寝てもいないんだろ?』
返事しなかったから、Xが少々、嘲笑したような声で続けた。
『女なんてな、所詮はそんな生き物なんだよ。お前は学部内のカースト維持のためと、将来、財布用の旦那になってもらうための保険だったんだ』
「なんで、お前がそんなこと知ってるんだ?」
『お前があの女と付き合うようになってから、俺の時間が余るようになったからな。どんな女なのか、知っておこうと思ってさ。色々と観察してたら、出るわ出るわ、ゴミにふさわしい事実が』
「要するに、ストーキングしてたってことか?」
『お陰で、お前が穀潰しに時間と労力を吸い取られることが無くなったんだ。感謝してほしいな』
「お前が殺したのか……? そんなことのために」
『俺にとってはな、お前が全てだったんだ。言ってる意味が分かるか?
――まぁ、仕方ないよな。お前は男らしい男で、女に目が無いんだ。俺もお前が幸せなら、別にそれで良かったんだけどな』
意味が分からなかった。だから、
「何を言ってるんだ?」と尋ねる。
『お前を愛する人間は、別に親や女だけじゃないってだけの話さ。だから、お前を鈍感だって言ったんだよ』
思わず、俺は首を横に振った。
相手の言っていることが反芻できず、殺害の動機が意味不明で…… とにかく理解が追いつかないから、首を振っていた。
『俺は』とX。『産まれてこの方、天涯孤独だった。養子は所詮、養子だよ。だから、お前と出会えて俺は幸せだった。ちゃんと俺を見てくれていたからな。
だから、そんなお前をオモチャにして遊んだ奴に、思い知らせてやっただけだ』
タバコを吸っているのか、何かを吐き出す音が聞こえた。
『正直、怖かったよ。大学にお前が行ったら、俺の知ってるお前が全部消えるんじゃないかって。それで…… 案の定、予感は少しだけ的中していた』
「どういう意味だ?」
『お前は大学デビューして、やっぱり女とくっついた。腐るほどいる女の中から、あんなゴミを引き当てるなんてさ…… ある意味、すげぇ奴だよ、お前は。
俺が女になるのが嫌だって思う理由が、ああ言うのと同じにされるって部分なんだ…… だけど、女でなければ、お前とは一緒になれない。そうだろ?』
徐々に、嫌悪感が胸の奥から湧き起こってきた。
「キモいな、お前……」
無意識にそう言うと、不意に笑い声がしてきた。
『そう言うと思った。そんな正直なところが、お前のいいところだよな』
「――お前とはもう二度と会うことも無い。今からお前が殺人犯だって、伝えてくるから」
『無駄だ』
「どうかな? 何もせずに通話してると思うのか?」
『俺がどうして、お前とゲームをしていたって言うアリバイ作りまでしたと思う?』
俺は眉根を引き締めていた。
『時間が欲しかったんだよ、時間が。どうせお前とのやり取りは調べられるし、スマホを二台使ったトリックも見破られる。そんなに長く隠し通せるようなモンでもないからな。
だが…… 一日や二日くらいは引き延ばせる。それだけ猶予があれば、充分だ』
「何を企んでる?」
『明日になれば分かる。ちゃんとニュース、見ておけよ? それから、お前を助ける人間はもういない。今後は、少し疑って相手と接するんだな。特に女には、な』
通話が切れる音がする。
「お、おい……! おいッ!」
すぐさま掛け直した。
しかし、電源が入っていないようで、何をやっても通じなかった。