『オオカミの頭目と速記の仕事』
オオカミの頭目が、一族を集めて言いました。これからは、誰が捕まえた獲物もみんなで分け合おう。すばしこい者だけが腹を満たし、老いた者が飢えに苦しむというのはよくない、と。
これには、反対の声も上がりました。このやり方では、すばしこい者が、まじめに狩りをしなくなる。そうなったら、今よりも飢えてしまう、と。
オオカミの頭目は、つけ加えました。狩りもいいが、みんなで速記を始めよう。速記は特殊技能だから、報酬も高い。その報酬をみんなで分け合えば、今よりも総収入が上がるはずだ。その報酬を分け合えば、腹いっぱいに食べられるはずだ、と。
頭目がそういうのなら、と、この仕組みが動き出しました。
狩りに出る者は激減しました。危険が伴う狩りよりも、安全な速記、格好いい速記、尊敬される速記に流れたわけです。
ところが、速記の収入は、思ったより上がりませんでした。調べてみると、速記の収入というのは、会議などに出席して、速記を書いて、文字に起こして、結果として幾ら、というふうに値段が決まるのですが、どうしても、文字に起こせない箇所が出てきます。それが、飛ばし読みしてもいいような部分なら、問題ないのですが、名詞が抜けたりすると、意味がわからなくなってしまうので、そうなると、報酬が引かれてしまうのです。
みんなで速記の仕事を分け合うと、どうしても、完成度が下がります。完成度の低い仕事の報酬は、必然的に下がります。それを嫌って、内緒で仕事を受注する者が横行し、結局、もとの状態に戻ってしまったのでした。
教訓:連帯責任は無責任。