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第93話 幻想魔生物、牙を剥く

 幽鬼級レヴェナントの入り口近く。

 巨大なテントがいくつも張られ、そこに炊き出しのような雰囲気のベースキャンプが設置されている。


 そこには、見知ったSEEKs(シークス)の面々も数名いた。

 ただし鴨川さんだけは「どうして休みの日にまでダンジョン行かなくちゃならねぇんだよ」と今日はいないらしい。


 オンとオフのメリハリが利いた男である。


「今日はお一人なんですね」

「あ、ええ、まぁ」


 ここまで案内してくれた小淵沢さんに言われ、俺はふと思案する。

 婚約したのとかってこれ、言うべきなのかな?


 ……でもそうだな、お世話になったSEEKsの人たちにも、結婚式とかに来てもらえたら嬉しいしな。

 ちゃんと報告しておこう。


「実は、その、楓乃さんと、その……婚約、しまして……」


 やべなにこれ、めっちゃ恥ずかしい。

 口がわなわなするんですけど。


「えっ、おめでとうございます!」


 俺の言葉を受け取った小淵沢さんは、小さい体をぷりぷりと揺らして祝福の言葉をくれた。心の底から喜んでくれている態度に、思わず頬がゆるむ。


「なんだなんだ、京田くん。ついにキミも一端の男か! そうかそうか、こりゃめでたいな! この探索が終わったら、ぜひとも隊のメンバー総出でお祝いをさせよう」

「そ、それはさすがに恐れ多いです!」


 横で聞いていた総隊長までその気になった様子で、笑みを向けてくれる。まだ全快していない腕には簡易ギプスが装着されているが、その表情は底抜けに明るい。


 正直俺としては分不相応な気がしてきて、腰が引けてくる。


「それじゃ、今回の幽鬼級探索は最後の独身旅行みたいなものか?」


 何気ない寺田隊長の言葉に、俺は少し気を引き締める。


「これは俺なりの……楓乃さんを幸せにできるかどうかを見極めるための、最後の試練だと思ってます」

「京田さん……」


 真剣に紡いだ言葉を、小淵沢さんと寺田総隊長は、神妙な面持ちで受け止めてくれた。


「だから、その、今回は俺は単独で、探索させてもらいたくて」

「レ、幽鬼級を単独でですか!? それはさすがに……」

「……だな。私もSEEKsを預かる者として、簡単には了解できないな」


 渋い顔を見せるお二人。それでも俺は、押し通す以外に選択肢がない。

 どんなにわがままで独りよがりだとしても、こればっかりは譲るわけにはいかないのだ。


 楓乃さんを、幸せにできる男になるために。


「どうか、お願いします! 俺をおとこにすると思って!」


 俺は体を折り曲げて、必死に頼み込む。

 聞き入れてもらえるまで、頭を下げる以外に方法がないのだから。


「……こうなった京田さんは、話を聞かないからな……ねぇ、隊長?」

「ああ、だな。この状態の京田くんには、なにを言っても無駄だろう」


 二人の呆れ返ったような会話が、耳に入ってくる。俺は頭を深く下げたままなので、二人の表情はうかがえない。


「顔を上げてください、京田さん」


 小淵沢さんの声を受け、俺は顔をあげる。

 二人は――苦笑していた。


「SEEKsは、キミの単独探索をできる限りサポートすると約束する。ただし」

「絶対に無事生還すること。大ケガの類も承知しません。いいですね?」

「隊長、小淵沢さん……!」


 二人の心遣いに、思わず笑みがこぼれる。


「こんなケガも許しませんからね」

「やめろ、小淵沢」


 小淵沢さんは言いながら、寺田総隊長の吊ってある右腕を指でつついた。隊長はバツが悪そうに、眉をハの字にした。

 二人の息のあったやり取りが、緊張感を和らげてくれた。


「必ず、無事に生還します。ケガなく、できる限りノーダメで! 楓乃さんを幸せにするためには、そのぐらいできなくちゃですからね!」


 二人の前で、俺は高らかに宣言した。


◇◇◇


 シルヴァちゃんにもらった、高級なスーツ。

 悠可ちゃんにもらった、サッカーユニフォームをインナーにして。

 ジャケットの胸ポケットには、楓乃さんの声の入ったボイスメッセージカード。

 そして頭には、使い古したいつものヘルメット。


 装備を完全装着し、幽鬼級ダンジョンへと足を踏み入れる。

 俺の背後、入り口付近は精鋭部隊SEEKsが完全防備してくれている。


 邪魔が入ることは、ない。

 俺、京田大地と、生きたダンジョンと呼ばれる幽鬼級との、漢と漢のタイマン勝負である。


 俺の勝利条件は――ダイヤモンドをゲットし、無事に帰還することだ。


「中はひんやりして……ない?」


 足を踏み入れてみて、気付く。

 通常のダンジョンの内部は、ひんやりとしてうすら寒いことがほとんどだ。


 しかし、幽鬼級内部は逆で、少し生暖かいぐらいだった。無駄に上まで締めていたネクタイを、思わず緩める。

 

 これはもしかしたら、ダンジョンが生きているからその体温で……って、そんなわけないか。

 見る限りは、普通の洞穴だし。鍾乳洞みたいな岩壁だし。ただ規模はデカいけど。


 きっと、地熱かなにかの作用だろう。


「……さっそくおでましか」


 発動させていたスキル《気配感知》に、何者かが引っかかる。動きから察するに――魔物か?


「…………?」


 引き続き《暗視》や《聴覚鋭敏化》のスキルも使用したまま、気配の方へと意識を向ける。

 すると。


 ぬめり、ぬめりと。

 不快感を伴う音を立てて、透明度のある粘液の塊が、こちらに滑ってきていた。


 まさかアレ――スライムか?


「……っ!?」


 次の瞬間、粘液は俺めがけて“跳ねた”。その動きから、明確な意思を持っていることが推し量れた。

 粘液の表面には、移動の間に吸着したのか、土や石ころ、果ては奇妙な骨や紫色の肉片などが確認でき、正直むちゃくちゃ気持ち悪い。


 絶対に素手では触りたくないし、素肌に触ってほしくもない。


「おわっ!?」


 またも、突然跳ねて顔面めがけて伸縮してくるスライム。

 間違いない、これは俺を外的とみなした幽鬼級特有の魔物――幻想魔生物ファンタジーモンスターに他ならない。


「ったく、実写のスライムって全然かわいくねぇのな……!」


 悪態をつきながら、俺はこの日のために揃えた《電撃警棒》を握り込む。グリップを握りやすく、かつ耐久性も高めてある折り紙付きの特注品だ。


「これでも――くらえっ!!」


 俺は再び飛んできたスライムの表面へ向けて、警棒をフルスイングした。



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