第92話 いざ出陣! 幽鬼級ダンジョンへ
「こんなとこかな」
4SLDKの自室にて。
俺は幽鬼級ダンジョンへの入ダン準備の確認を終え、壁掛け時計を見た。
時計の針は午前の八時半を指していた。
時間には、間に合いそうだ。
自分なりに、考え得る最高の準備を整えた。使い慣れた様々な道具類と警棒などを、登山用の軽量バックパックに詰め込んだ。
「よっと」
気合を入れて、一息に担ぐ。今の段階では重たいが、ダンジョン内に入ってスキルを起動すれば、どうということはない重さだ。バックパックなので、両手が不自由になることもない。
準備万端である。
「大地さん」
「あ、楓乃さん」
玄関で靴の紐を結んでいるとき、背中から楓乃さんが声をかけてきた。
振り向いてみると、ちょっとだけ神妙な表情だった。
「あの……とにかく、気を付けて」
「はい。十分に注意します。安全第一で」
すでに女性陣には、幽鬼級ダンジョンに入ダンすると話してあった。はじめは危険性から反対意見が出たが、一人の男として、一人の探索者として、どうしても男一匹で潜らせてほしいと懇願し、なんとかわかってもらった。
「大地。アンタマジで気をつけなさいよ。楓乃を泣かせたら承知しないんだから」
「シルヴァちゃん」
続いてやってきたのはシルヴァちゃんだ。
悪態をつくようなテンションで言っているけれど、完全にただの優しいデレである。
「ですですっ、もし何かあったらわたし、すぐ飛んでいきますからねっ!」
「悠可ちゃん。ありがとう」
最後は悠可ちゃんだ。
一流探索者である悠可ちゃんにも、今回は留守番を頼んだ。
やはり悠可ちゃんも幽鬼級には興味津々だったけれど、今回は俺のわがままを聞いてもらった形だ。
俺は楓乃さんを、きちんと幸せにできるのか。
かなり勝手な話なのだけれど、俺的には今回の幽鬼級ダンジョンでダイヤモンドをゲットすることが、その証明になるのではないかと決め込んでいる。
だからこそ、自分の力を試す意味でも、一人で潜らなければならない。
……まぁ、ヒトガタが現地で合流するとかなんとか言ってたけど、それもスキルの力だと思えば俺の実力と言って差し支えないだろう。チートかもだけど。
ただし、俺が戻ってからまたみんなでダンジョンツアーを配信しよう、と約束もした。そのときはここにいるみんなで、楽しく安全第一に潜れればいい。
「それじゃ、そろそろ出ますね」
俺は言い、重さを確かめるようにバックパックを背負い直した。
この中には、今までの俺を作り上げた様々な物が入っている。そして、これからの自分を支えてくれる物も。
そして――最高な魅力を持った美女三人の、お見送り。
もはや敵なし、最強である。
「大地さん――いってらっしゃい」
楓乃さん、シルヴァちゃん、悠可ちゃん。
女神三人の素敵な笑みに見送られ、俺は玄関扉に手をかけた。
「いってきます!」
◇◇◇
川崎駅から高速バスに乗り、海上に浮かぶパーキングエリア――海ほたるへ。
今回、幽鬼級が現れたのは、東京湾近郊、海ほたる近くの海上だった。
大きな尖った岩が二本、海上から突き出るように入口が出現した。それはまるで、竜が大口を開けて何かを飲み込もうとしているような形に思えた。
巨大な顎。
幽鬼級は、独特な威圧感を放っていた。
「それにしてもはじめて来たな、海ほたる」
到着してバスから降車し、周囲を見渡す。
現在は海ほたるにダンジョンへの渡航用経路が作られ、一流探索者、配信者たちのベースキャンプとなっていた。
「でっかいなぁ」
ダンジョンそっちのけで、海ほたるの壮観な景色に思わず息をのむ。
あぁ、ただ遊びに来てたらうどんとか食って和んでたなぁ……なんでパーキングエリアで食べるメシってあんなに美味いんだろう?
気持ちの良い海風に、全身の緊張感が緩む。
真っ青な海の上、まるで未来都市のようなデザインの巨大な人工島が、非現実みたいに浮かんでいる。
これが人の力で建つんだもんな、すげーよ本当に。
「京田さん!」
と。
俺が海ほたるの威容に感銘を受けていると。
ベースキャンプらしき大きなテントの方から、小柄な女性が一人俺の方へ走ってくる。
あの見覚えのある制服――
「小淵沢さん!」
SEEKs隊員、小淵沢さんである。
相変わらず、小柄で愛くるしい。
「京田さん、お久しぶりです。あ、これはあげませんよ?」
「両手にカレー!?」
遠巻きから駆け足で近寄ってきた小淵沢さんは、海ほたるで手に入れたのか、両手に容器に入ったカレーを持っていた。
いつでもどこでも食い意地張ってんな、この人は。
「まさか、SEEKsの皆さんも今日から幽鬼級に?」
「ええ。主な任務としては警戒警備ですけどね」
小淵沢さんはカレーを持った手で、逆の手のカレーを器用にかっ込みながら言う。
いったいどういう仕組みなの、これ?
「やあ、京田くん。やっぱり来たか」
と、小淵沢さんに続いて声をかけてきたのは。
「寺田総隊長!」
我らが総隊長、寺田左近その人だった。
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