第91話 幽鬼級へ向けて、自主トレに励む
ある日の夕方、日没前。
俺は単独で、悪夢級ダンジョンに入ダンしていた。
目的としては、幽鬼級ダンジョンへ向けての自主トレである。
まずは一つ一つ、基本に立ち返ってダンジョン内でのスキルの有用性、動作確認などを行っていた。
「よし……大丈夫そうだな」
使用感の確認をしていた《分身》を解き、深呼吸して気持ちを落ち着ける。
以前、SEEKsと共に深淵級に潜った際、色々なところで無理をしすぎて倒れてしまい、皆に迷惑をかけてしまった。
なので、今の自分はいったいどれだけの無理ができるのか、それを確かめたところなのだった。
慣れない環境での慣れない負荷は、やはり人をすり減らせる。
加えて俺自身、三十路を迎え、肉体的には完全に下降線を辿っている。
日々、ただ座っているだけなのに腰痛が襲いかかってくるし。忍び寄る加齢臭にも怯えている今日この頃だし。
毎朝、自分の枕をくんかくんかして確認する情けなさたるやね。
素敵に歳を取るのってどうやるの? 誰か教えて?
「でもこれでなんとなくの自分の限界がわかったな。これで楓乃さんたちに心配をかけることは避けられる」
そう、自分の限界値をしっかり把握しておけば、ヘタを打つことも減り、危険な状況に陥る確率を下げることができる。
備えあれば憂いなし、ということである。
「…………ん? この気配は……?」
と、そこで。
上層に似つかわしくないほどの威圧感が、ヒリヒリと肌を粟立たせる。《気配感知》の影響ももちろんあるだろうが、なにより生物としての本能が何者かのプレッシャーを告げるような感覚があった。
――まさか。
「『ヒトガタ』か!?」
気付いたときには、もう遅かった。
眼前に、神々しいまでの純白の身体――ダンジョン最強の魔物『ヒトガタ』が現出していた。
頭部には、人間と同じように目、鼻、口が存在する。
白いペプ◯マンに目と鼻、口があるのを想像してもらうとわかりやすいかもしれない。
感知の網に引っ掛かったと思ったら、一瞬で眼の前に現れるこの移動速度……相変わらずのぶっ壊れ性能である。
「…………?」
だが、今日のヒトガタは威圧感はあれど、殺気のような警戒心は感じ取れなかった。前と同じく、その瞳は警戒色の赤ではなく青だった。
俺は心の中で念じるように《対魔物交流》のスキルを発動する。
「ダイチ……元気にしていたカ?」
「っ!? ……お、おう」
ほとんど違和感なく、ヒトガタの口から言葉が紡がれる。
驚きから息を呑むが、深呼吸をしてから返事をする。
果たしてこれは、ヒトガタ自身が学習したからなのか、それとも《対魔物交流》のスキルの効果なのか。現況では判然としなかった。
「前に出会ったヒトガタ……なんだよな?」
「その通りダ。ワレは個にして全、全にして個――すなわち、すべての個体がワレ自身ダ」
「お、おう……」
お、おいおい……なんかめちゃくちゃ哲学的なこと言い出したぞ。
どんだけ学習しちゃってるんだよ、ヒトガタさんは。
もう俺より頭良いんじゃないのコレ?
「ワレはダンジョンで生まれ、ダンジョン内でのみ活動ス。生存する理由は、様々な知識・情報を収集すること。ゆえにワレ、ダイチと交流ス」
「お、おう……」
なんか小難しすぎて俺じゃついていけません。
要するにおしゃべりすりゃいいってことかな?
「あー……良い天気ですね?」
ってここはダンジョンなんだから天気もクソもねぇー!
俺の圧倒的雑談力の低さ!!
「ダイチ、それは屋内ではあまり相応しくない話題ダ」
「す、すいません……」
ヒトガタに指摘されちゃった! 恥ずかしい! 穴があったら入りたい!
「じゃあ……」
どれだけ頭を捻っても、俺の雑談力では良い話題を思いつくことはないと思ったので、自分が聞いてみたいことを素直に聞くことにした。
「……俺、近々幽鬼級ダンジョンに潜る予定なんだけど……ダンジョンが生み出した生命としてさ、なんかアドバイスとか、ない?」
そんな感じでふわっと、ヒトガタに聞いてみた。
「レヴェナント……アレは、ダンジョンそれ自体が様々な場所へ赴き、知識・文化・情報等を収集する存在。内部には、地上に根付くダンジョンとは違う、独自の生態系が形成されていル」
「あぁ、海外にあった頃の調査で、そういう発見があったって聞いたよ」
通常のダンジョンでは地球上の生物がモチーフとなって魔物が生まれるが、幽鬼級のみ、地球上には存在しない奇妙な魔物が発生している……とかなんとか。
確か、その魔物たちは――『幻想魔生物』と呼ばれることになったはずだ。
「ゾッとしないな……」
幽鬼級の重要情報を思い出し、背筋が冷たくなる。
現実に存在しない魔生物……対処法は、あるのだろうか。
「ならばワレも、ダイチと共に行こウ」
「…………え?」
と。
ヒトガタが、とんでもないことを口走る。
「ワレも一緒に、レヴェナントを探索しようゾ」
「お、おう……」
なんとまさか。
俺はこうして、望外の強力な助っ人をゲットしたのだった。
……《対魔物交流》ってやっぱり、すごいスキルかも?
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