第90話 ヒロインたち、腹割って話す③
「はぁー、楽しかったー」
温泉での夢心地な余韻が残ったまま、楓乃たちは帰りの電車に乗り込んだ。
平日の日中のためか、車内は人もまばらだった。
楓乃、シルヴァ、悠可の三人はお風呂上りのホクホク顔で、並んで座席に腰かける。昼下がりと夕方の間、木漏れのような光が窓から差し込んでいた。
「二人ともありがとうね。私の思い付きに付き合ってくれて」
「別に。アタシも楽しかったし」
「ですですっ、本当、気持ち良かったです!」
お礼を言う楓乃に対して、両側のシルヴァと悠可がそれぞれ返す。
楓乃は右と左、それぞれの態度の違いにくすりと笑った。
「そういえばさ、なんか話したかったんじゃないの?」
「あ」
艶やかな銀髪の毛先を弄びながら、シルヴァが言った。
言われて楓乃は、二人と向き合うために温泉に行ったのにもかかわらず、全然話ができていないことに気が付いた。
……それもこれも、悠可をおっぱい星人にしたツッチーさんが悪い。
あとから話を聞いた楓乃は、シルヴァと同じく説教してやると心の中で息巻いた。
「あの……これからについてなんだけど」
気を取り直して、楓乃は切り出した。
少しだけ、気まずい空気を感じる。
考えなければならないこと。それは――
自分と大地が結婚したら、今のままシルヴァ、悠可と一緒に暮らしていていいのか。
あくまでも現状の同居は、同じチャンネルを運営する仲間としての同居だ。
主に仕事の面で様々な利便性があり、言うなれば『個人事業主が事務所を借りている』ような感覚だ。
しかし、そのメンバーのうちの二人が夫婦となると、仕事は継続するとは言え、さすがにこれまでとは勝手が違ってくる。
楓乃自身の中にも、たまに大地と二人きりになりたいという欲もある。
だが同時に、シルヴァと悠可の二人と離れたくないという気持ちもあった。
そんな二律背反な感情を抱く自分を、楓乃はつくづくわがままだな、と自己嫌悪していた。
「まぁ……常識的に考えれば、同居は解消よね。夫婦な二人と、女子二人が一緒に、四人で暮らしてるって、やっぱ変っちゃ変だろうし」
楓乃が話そうとした内容を察して、シルヴァが言葉を紡ぐ。窓からの陽光を受けて、銀髪が光っている。
「それは……そうだよね」
実際にそういった形で暮らした際に外野から言われることを想像して、楓乃は返事をした。
自分の都合だけを通すわけにはいかない――楓乃は歯がゆさを抱いた。
「世間体も、良くないだろうし」
「……だね」
ダメ押しするように、シルヴァが言う。
それに応える楓乃の声は、次第に小さくなっていく。
――が。
「でも世間体って、気にする必要ありますか?」
「…………え?」
そこで悠可が、あっけらかんとした表情で言い放った。
楓乃とシルヴァの目が悠可へ向く。
「だってダンジョン配信者ってだけで、頭の固い人とか、固定観念に縛られてる人たちは、どんなに丁寧に説明したって『そんな変な仕事して馬鹿みたい』とかって、決めつけて言ってくるじゃないですか」
「まぁ、それはそうだけど……」
「わたしはそんな人たちの一意見で生活を変えるより、大切なみんなとどうすれば幸せに暮らせるかを考えたいですっ!」
悠可は屈託のない顔で、そう主張した。
「……確かに、世間体なんてどうでもいいかもね。大地もそう言うかも」
「シルヴァちゃん……」
今度は逆側のシルヴァが、悠可に同意するように言った。
楓乃は目線をやる。
「大地のヤツがね、前に言ってたの。あのたいきのボケカスに絡まれてチャンネルが炎上しかけて、アタシが責任感じてたとき――『別に燃えたっていいじゃん』って」
シルヴァの口から大地の言葉を聞き、楓乃はその優しさに少し心が温かくなった。
「あとね、こうも言ってたの。――『チャンネルメンバーはな、奴隷じゃねーんだ。家族みたいなもんなんだ!』って。ウケるっしょ?」
「家族……かぁ」
楓乃は一度でいいから、自分も大地の口からその言葉を聞きたいと思った。
「だからさ、悠可の言う通り世間体よりもさ、アタシら自身がどうしたいか……それを真ん中に据えて考えても、いいんじゃない?」
「ですですっ! 価値観なんて常に変わっていくものなんですから、世間の普通に流される必要なんてないと思いますっ!」
「シルヴァちゃん……悠可ちゃん……」
二人の重ねる言葉が、楓乃の心にしみこんでくる。
楓乃の心の中には、二人が自分とはもう一緒にいたくないと思っているのではないか、という考えすらあった。
大地に選ばれた自分を、二人は否定するのではないか、と。
しかし楓乃は、反省をした。
シルヴァと悠可は、自分が思っている以上に――強くて優しい、素敵な女の子なのだと。
「だから、もっと自由でいいと思うんですっ! 出て行きたくなったら出て行けばいいしっ!」
「そうね。でもそれはきっと、みんなが今より成長したときよ。変に一緒にいることにこだわって息苦しくなったら、それはそれでよくないし」
自分が一人でうじうじと悩んでいたことを、二人は蹴散らすように思考を前に進めていく。
楓乃は心底から、最高の“家族”を持ったと感じた。
自然と、視界がにじむ。
「二人とも……本当に、ありがとう」
楓乃は目尻を指先で拭った。
そして――
「私――幸せになるよ」
――と、満面の笑みで宣言した。
それに対して、シルヴァと悠可は。
「「当たり前でしょ(ですっ)!!」」
三人、顔を見合わせて笑った。
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