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第86話 二度目の土下座と二人の涙

 病室で楓乃さんにプロポーズをした、翌日。


 俺は今、冷たいフローリングの床に額を擦り付けていた。

 俗に言う――土下座の体勢である。


 そう、俺はシルヴァちゃんと悠可ちゃんの二人に、またも土下座をキメているのだった。

 なぜ、こんなことになっているのかと言えば。


 楓乃さんと婚約したことを、二人に伝えるためだった。

 自分で言うのもはばかられる事だけれど、二人は今まで、俺みたいな男を憎からず思ってくれていて、その感情を様々な形で俺に伝えてきてくれていた。


 俺はそんな身の丈以上の幸福に酔い、配信者として共にチャンネルを運営しなければならないことなどをいいことに、ずっと二人の気持ちや言葉、態度をはぐらかし、かわし、誤魔化してきた。


 一人の大人であるにも関わらず、きちんと向き合うことなく、今日まで来てしまった。

 要するに、最低な男だった、今までの俺は。


 けれど、俺は先日のダンジョン配信中、強く自覚してしまった。

 楓乃さんへの、気持ちを。


 俺は楓乃さんのことが、好きだ。誰よりも、愛おしいと思う。

 決して恋愛経験が多くはない俺でも、この気持ちはわかる。


 楓乃さんへは、異性としての恋情も、性的な情欲も、人間的な愛情も、すべてひっくるめて、好きなのだ。ずっとずっと一緒にいたいと、本気で思う。


 だからこそ。

 俺に対して、俺が楓乃さんに向けているような気持ちを向けてくれているシルヴァちゃん、悠可ちゃんの二人を、これ以上ないがしろにするわけにはいかないと思った。


 クソ男は、今日までだ。

 今日からは、少しずつでもいい、楓乃さんに相応しい男になるのだ。


 そして、いつか。

 シルヴァちゃんと悠可ちゃんに、俺を好きになってよかったと胸を張って言ってもらえるような、イイ男になるのだ。


「……というわけです」


 俺は、二人に伝えるべきことをしゃべり終え、顔を上げる。

 正座は崩さない。


「……ま、アタシはどーせ? こうなるだろうなとは、思ってたからさ。別に、そこまで悲しいとか、悔しいとか、そういうのは、ないんだけどさ」


 トレードマークのツインテールにした銀髪の毛先を、シルヴァちゃんはいじっている。その顔はどこか神妙で、身につまされるような気持ちになる。


「……わたしも、悲しさとか悔しさとか、嫌な感情はない、と、思います。大好きな大地さんと楓乃姉さまが、結婚するだなんて、心底嬉しいんです」


 悠可ちゃんは穏やかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 俺は黙ったまま、二人の声に耳を澄ませる。


「でも、なんだろう…………涙が。涙が出てくるんです。嬉し涙、な気もするんですけどっ、でも、そうじゃない気もして……これが一体、どんな涙なのか、自分でも、わからないんですっ。わたしったら、もうっ。ダメダメですねっ」

「悠可……はい、これ。アタシのハンカチ使いなさいよね」


 笑顔のまま、目尻から涙を零しはじめた悠可ちゃんに、シルヴァちゃんがハンカチを差し出す。

 俺はこの場から逃げ出したい衝動を、歯を食いしばって抑え込む。


「シルヴァちゃんありがとっ! えへへ、鼻水も出てきちゃった……ちーーーんっ!!」

「バカーー! ハナはかむなっつーのっ!?」

「あわわ、つい! わたしったら、もうっ!!」


 愛らしい二人のやりとりにも、今の俺ではツッコミを入れたりできない。黙って見守る。


「……ったく、大地って本当、罪な男だし。このアタシと、元トップアイドルをフるとか」

「本当、ごめん。俺がいつまでも中途半端な態度でいたから、二人を余計に傷つけたと思う。ごめん」


 俺はもう一度、頭を下げる。

 ラノベ主人公のような夢の生活は、卒業しなければならないと思った。


 楓乃さんと幸せになるために、俺はすごく大切な二人を——傷つけなければならない。そしてその痛みを、俺がきちんと背負わなければならない。


「えへへ、なんでだろう、止まらないや……っ」


 悠可ちゃんの嗚咽が、リビングに響き続ける。

 シルヴァちゃんは、震える悠可ちゃんの肩に手を置き、ずっとさすりながら寄り添っている。


 俺は胸を引き裂かれるような痛みを、感じていた。

 しかし、もっと痛いのはきっと二人の方だ。

 絶対に目を背けてはいけないし、逃げるわけにもいかない。


「ひとまず『おめでとう』。それだけはちゃんと言わせて。本当、大地と楓乃っていう大事な仲間がさ、そーゆー風になってくれるのは、嬉しいんだから。これは、本当に、マジだから」

「……うん。ありがとう」


 微笑んで、シルヴァちゃんは祝福をくれた。

 俺も小さく口元で、笑顔を返す。


「ですですっ! わたしも、心の底から嬉しいです! こんなになっちゃってて、説得力ないかもですけど、なんてゆーか、幸せなんですっ!」

「ありがとう」


 瞳を濡らしたまま、悠可ちゃんも笑う。

 込み上げるものがあるが、俺は必死に笑みを返す。


「……ちょっとさ、ごめんだけど悠可もこんな感じだから、ちょっとだけ二人にしてくれる? 大地もそろそろ楓乃の見舞い、行きたいでしょ」

「いや、でも今日は二人に――」

「いいから。行けし。頼むからさ」

「……わかった」


 シルヴァちゃんに強く言われ、俺は立ち上がる。

 フローリングの冷たさが、なぜか名残惜しかった。


「それじゃ、行ってきます」

「「いってらっしゃい」」


 二人はいつも以上の笑顔で、俺を送り出してくれた。


◇◇◇


「ありがと、シルヴァちゃん」

「うん」


 大地のいなくなったリビング。

 シルヴァと悠可は二人、ただ佇むようにソファに並んで腰掛けていた。


「おかげで落ち着いたよ。シルヴァちゃんもわたしの大事なお姉ちゃん!」

「いや、アンタの方が歳上でしょーが!?」


 悠可は鼻をすすりながら「えへへ」と笑った。いつもの笑みが戻っており、シルヴァは少し安心した。


「じゃあ……はいっ、今度はシルヴァちゃんどーぞ!」

「は、はぁ?」


 笑顔を浮かべたまま、悠可は両手を広げた。シルヴァはそれが『自分の胸で泣きなさい!』という意味だと、すぐにわかった。

 だが、シルヴァはそっぽを向く。


「べ、別にアタシはいーし! 男で泣くとか、ないしっ!!」


 精一杯に悪態をつくシルヴァ。

 しかし悠可は笑顔を絶やさず、腕を広げたままだ。


「大地よりイイ男なんて、ど、どーせすぐ見つかるしっ。アタシ、まだ十代だし、全然これからだし、ヨユーだし!」


 シルヴァは自分で言っていて、これじゃいかにも無理しているみたいだ、と思った。

 けれど、一度何かを言い出すと半端なところでやめられないのが、シルヴァの性分だった。


「大地なんて別に、いざってときに何度か助けてくれただけで、普段は全然イケてないし、むしろナヨっとしてるってゆーか、スケベだし変態だし、そこまで顔もいいわけじゃないし、ぶっちゃけ普通だし!」


 話し出すと、やっぱり止まらない。

 シルヴァは言いたい放題に、言葉を紡いだ。


「そりゃ普通だからこそイイトコも、あるとは思うけどさっ! あんなだからさ? 一緒にいて全然緊張しないし、穏やかだし、さりげなく優しいし? 自分に自信がないからか、こっちのことすげーリスペクトしてくるし? いや、もっと自信持てって感じだけどさ」


 言っていて、シルヴァは顔が熱くなっていることに気づいた。

 この感情は、なんなのだろう――そんな思考が一瞬だけ、よぎった。


「と、とにかく、アタシは全然――」


 と。


「シルヴァちゃん」

「な、なによ?」

「涙。出てるよ」

「っ!!」


 言葉の途中で。

 悠可に優しく指摘され、ようやくシルヴァは自分の瞳から、ひとすじの涙が零れ落ちていることに気がついた。


「なっ、なに、これ……? なんの、涙なんだしっ!」


 声が少し、掠れていた。

 震えはじめたシルヴァの肩を、悠可がそっと抱きしめてくれた。


「よしよし。シルヴァちゃん、すごいね。大地さんの前で泣かないで。偉いね」

「…………っ」

「わたしたち。最高の失恋、したよね」

「……最高の、失恋とか、イミフだしっ」


 泣き濡れるシルヴァの頭を、優しく撫でる悠可。その瞳がまた、潤んでくる。


「大丈夫、わたしたちのどちらかがメインヒロインだった世界線も、絶対あるからっ!」

「バ、バカじゃんアンタ!?」


 赤い眼をこすり、気丈に言う悠可。妙なハイテンションに、腕の中のシルヴァも声を上げる。


「思いついた! わたし達と大地さんがイチャラブする同人誌をさ、神作家さんに書いてもらおう! 十八禁でもいいから!!」

「なんでそんなに急に前のめりなんだしっ!?」

「あははは!」


 二人の他愛もないやりとりは、涙が止まるまで続いた。


 気が付けば。

 いつの間にかリビングには、暖かい空気が溢れていた。



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