第84話 炎上騒動、収束
「ぎゃああああああああああああああああっ!?」
:新米マスク、おかしくなったか?
:さっきからずっとあんな感じ
:やべーだろアレ
:オワタ
聞き苦しいほどの悲鳴が、辺りに響いていた。
俺は意識を失った楓乃さんを、ダンジョン入り口の簡易救護室に運び入れ、119番通報し、救急車を呼ぶ。
身体の痛みからなのか、楓乃さんの額には冷や汗が光っている。持っていたハンカチでさっと拭き取る。
あぁ、苦しみや痛みを肩代わりできるスキルがあったらいいのに……。
『ま、まぁ色々あったみたいだけど、ひとまず今回の動画はこれにて終了! よかったらイイネ、チャンネル登録よろしくねっ! 新卒メットチャンネルメンバー、十三日の銀曜日こと、銀よーびでしたっ! バイバイ!!』
イヤホンからは、シルヴァちゃんの無理やりな締めが聞こえてきた。いやー、これだけ混沌としてまとまってない展開じゃ、さぞやりにくかっただろうな……。
丸々トーク部分をお任せしちゃって、本当申し訳ない……。
ただ、おかげ様で撮影はなんとか終了、入ダンしていたメンバーも皆、入り口付近に戻ってきていた。
悠可ちゃんも「お疲れ様でしたーっ!!」とピンピン元気みたいだし、るいみみの二人に関しても、特にケガもなく終わった様子だ。どこか気だるげに俺のいるところまで歩いてくる。
企画の勝敗自体は結局、有耶無耶な幕引きを迎えたことになる。
「……え? なにあれ。イミフじゃん」
「どったの、たいき? それ以上はぶっちゃけ引くんだけどー」
「うわぁぁ、ああぁぁ……うぎゃああああああああああ!?」
ダンジョンの上層、入り口近く。
壁に張り付くようにして、相変わらず耳障りな奇声を上げ続けているたいきくん。その様子を見たるいみみが、不審がりながらも声をかける。
たいきくんは応えることもなく、ただただ涙、鼻水、涎を垂れ流しながら、瞳孔をガン開きにしてなにかに怯え続けている。その目はなにもないはずの虚空を見つめては揺れ、また思い出したように絶叫をはじめる。
俺の隣にいた悠可ちゃんも、あまりの不可解さに不安そうだ。
「……怖がらせてごめん。ちょっとだけ、懲らしめてしまった」
「しょうがないと思います。楓乃姉さまをあんな目に遭わせて……近くにいたら、わたしだってやっちゃってたと思いますっ! 闘将〇イ・キーンばりの危険タックルしちゃってたかもですっ!!」
「あれは絶対ダメ! レッドカード出ちゃうよ!!」
「わわっ、ごめんなさいですっ! わたしったら、もうっ!!」
悠可ちゃんとの他愛無いやり取りが、俺の荒んだ心を癒してくれる。
たいきくんのあの症状は、いわずもがな俺が使った『無限悪夢』によるものだった。個人で勝手に超危険スキルと認定し、使用を控えていた《ダンジョンスキル》だ。
効果としてはその名の通り『無限に悪夢を見せ続ける』という鬼畜なもの。
「たいきー、いい加減叫ぶの終われー。萎えるー」
「あ、それね、ダンジョンから出れば普通に戻るから。安心して」
「そーなの? じゃあほら、たいき。いや自分で立って歩けし!」
「えー、みみも肩貸さなきゃだめー?」
「あああぁぁ、うわぁ、ッ、ぎゃあああああああああ!?」
しかし、そこはあくまで《ダンジョンスキル》。ダンジョンを出れば問題なく消える、儚い悪夢なのである。
なにかに怯え続け、人の体を成さないたいきくんを、るいとみみの二人は両側から支えるようにして、歩き出す。
もはやたいきくんの様子は、糸の切れた人形のようだった。
あの様子では、おそらくもう自発的にダンジョンに入ろうとは、思わなくなるだろう。
なにせこの《無限悪夢》を一度でも使用された場合は、一歩でもダンジョンに足を踏み入れた途端、悪夢が五感を支配してくるからだ。
俺は過去、まだダンジョンが出てきたばかりの無法地帯だった頃、このスキルを使い、ダンジョン内で悪事を働こうという入ダン者を懲らしめていた。
今思うと、正義感を暴走させた自警団気取りの痛々しい中二野郎だったわけで、マジで恥ずかしい黒歴史以外の何物でもないのだけれど……まさか、また使うことがあるとは。
「えげつないスキルです……伝説のスーパープレイ、ベ〇カンプターン並みのえげつなさですっ」
「悠可ちゃん、さっきから例えが針の穴通しすぎじゃない……?」
サッカー仮面さんのサッカー例え、絶好調だなぁ。
「あぁもうっ! テメェで歩けしっ!!」
「怒鳴らないでーみみの耳痛くなっちゃうー」
「ダジャレ言ってる場合かよ!」
たいきくんを運びながら、あーだこーだとケンカをはじめるみみ&るい。脱力しきった男一人、女の子二人じゃ重たいだろう。
俺は荷物を置き、るいみみの二人に駆け寄る。
「大変でしょ。俺が運ぶよ」
「マジ? 超助かるー」
「おっさんやさしー。好きー」
「はいはいどうもー」
二人をテキトーにあしらい、たいきくんと肩を組む。その動きに反応してまたキィーキィーと甲高い悲鳴を上げるが、無視して運ぶ。
ダンジョン入り口を通り過ぎ、外に出る。
中とは違う清々しい空気が、通り抜けた。思わず、ヘルメットのバイザーを上げる。
「あぁ、あああぁぁ…………っ、あれ……え?」
悪夢から目覚めたらしいたいきくんが、目をキョロキョロとさせながら、口をパクパクして呼吸を繰り返した。
おそらく今の自分の状況を、必死に把握しようとしているのだろう。
「たいきくん」
「わあぁぁ!?」
ずい、っと顔を近づけると、たいきくんはその顔を恐怖に歪めた。逃げ出さないよう、がっちりと肩をホールドする。
「ごめんね、《無限悪夢》なんて使っちゃって。不可抗力だったんだ。《魔物大暴走》を乗り切ったあとで、俺も興奮していたから」
肩を組んだまま、淡々と語る。たいきくんの目が泳いでいる。
「ちなみにさっきまでキミが見てた悪夢は、今後ダンジョンに入る度に現れるから。覚悟してね」
「え、はあぇ、はえ?」
まだ呼吸が落ち着かないのか、活舌の悪い返事ばかりが、たいきくんの口から漏れてくる。
「でもさ、入ダンのときにキミも言っていたよね」
たいきくんが一生、今日の事を忘れられないように、俺はさらに顔を近づける。
そして耳元で、ささやく。
「――致し方ない事故の場合は、しょーがないよね?」
「あ、あぁ…………っ」
これもどこかでキミが言っていたことだけど――自業自得ということだよ、と。
言い終わり、俺はポンポン、と彼の肩を叩いて、その場に座らせてやった。全ての力を使い果たしたボクサーのように、たいきくんはその場にへたれ込んだ。
遠くから、サイレンの音が聞こえてきた。
俺は楓乃さんを迎えに来てくれた救急車へと、悠可ちゃんと共に乗り込み、笑顔でたいきくんに手を振った。その隣では、もはや彼への興味を失くしたらしいるいみみが、スマホで二人のみの自撮りを開始していた。
もう、永遠に彼に会うことはないでしょう。
さようなら、『新米マスクちゃんねる』。
また逢う日まで――うん、一生ないけどな。
こうして。
俺たち『新卒メットチャンネル』の炎上騒動は幕を閉じた。
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