第83話 禁断スキル『無限悪夢』
「楓乃さん!」
叫びながら、眼前の魔物の群れを、屠る。
「楓乃さんっ!」
声をからしながら、ただひたすらに、屠る。
「楓乃さぁんっ!!」
一心不乱、遮二無二に、屠り続ける。
《魔物大暴走》に飲まれてしまった楓乃さんを探して、俺は魔物の波へと飛び込んでいた。
アドレナリンの赴くままに武器を振り回し、ただひたすら視界を埋め尽くす魔物どもを屍へと変えていく。
早く、楓乃さんを見つけなければ。
「楓乃さん!!」
もはや対決の勝敗などは二の次だった。
俺はネガティブ思考から最悪の場合――楓乃さんがいなくなってしまったときのこと――を考えてしまい、いてもたってもいられなかった。
『私と、運命共同体になりませんか?』
『これはもう私たち、夫婦みたいなもんですねっ』
こんなときに限って、なんで楓乃さんの懐かしい映像が脳裏に浮かぶ……?
まさか走馬灯だとか言うんじゃないだろうな?
許さないぞ、そんなもん!
「くそ……!」
なぜか視界がにじんで、ぼやけてくる。
考えるな、絶対大丈夫だ。あの楓乃さんが、俺みたいなダメ人間を置いていなくなるわけないんだ……っ! 楓乃さんは優しいから、俺がちゃんと立派な男になるまで、側にいてくれるはずだ……絶対に!
「楓乃さん……楓乃さんっ!!」
叫びながら無秩序に警棒を振り乱すと、周囲の魔物が金属に変わり果てた。
そうして、視界が開けた先に。
――アオザイ姿の楓乃さんが、倒れ伏していた。
「楓乃さんッ!!」
見つけた!
ようやく、見つけた!!
「楓乃さん、楓乃さんっ! しっかりしてくださいっ!!」
「…………」
必死に呼びかけるが、返事がない。その姿は魔物に踏み荒らされ、無残にも汚れ傷ついてしまっていた。
キツネの面が半分程度に割れ、美しかったアオザイも土埃に汚れ、所々が破けてしまっている。身体のあちこちに傷があり、裂傷からは血がにじんでいた。
言いようのない無念が、心の奥底から込み上げてくる。
俺が、俺がもっとしっかりしていれば……!
楓乃さんを抱く両手が、やるせなさから震えだす。
楓乃さん……楓乃さん! 目を開けてくれ!!
「……いってて。クソ! なんで僕がこんな目に……っ!」
「…………っ」
そこで、耳障り極まりない高音が耳に届く。
近くに倒れていたらしい、たいきだ。
ヤツは服に着いた埃を払いながら立ち上がり、悪態をついた。
……頼む、今は黙っていてくれ。
それ以上喚かれると――本気で殺してしまうから。
「はぁーマジで女って考えなしだわっ! 普通の神経だったらあんなタイミングで突っ込んでくるとかないっしょ?」
誰にともなく、たいきは喚き散らす。
不愉快な声が、頭に響いてくる。怒りと不快感のせいなのか、こめかみの辺りがじくじくと痛むような感覚がある。
「あークソ、プラチナもどっか行ったしさぁ! マジだっる」
「…………おい」
うるさい喚き声の中でも、腕の中の楓乃さんは目を開けてくれない。
「死にたくなかったら黙ってろ」
「……はぁ? マジ、イキってるおっさんとかこの世で一番ダセぇっすよ? その女が自分から飛び込んだんですから、自業自得でしょ。僕にイライラ向けるのおかしくないですか?」
「元はと言えばお前のせいだろっ!!」
俺は叫び、再び警棒を握り締めた。
もう、我慢ならない。
俺は、ヤツを――
《魔物大暴走》の影響で、辺り一面には土煙が充満している。撮影ドローンの映像には、確実にノイズが混じっていることだろう。
今なら、躊躇なくやれる。
心を決め、俺はありったけの殺意を持って立ち上がった。
が。
「…………」
「っ!!」
俺のスーツの裾を――楓乃さんの手が、握っていた。
目線を下げ、その顔を見ると、ほんの少しだけ瞳が開き、俺の顔を見ていた。
『ダメ』と言うみたいに、小さく、頭を左右に振っている。
「楓乃さん……っ」
涙が、あふれた。
安堵と脱力で、俺は膝をつく。
また俺は、楓乃さんに救われた。
後先を考えず、殺意に飲まれそうになった俺を、楓乃さんが助けてくれた。
楓乃さん……いつもいつも、どうして、あなたという人は……!
俺をこんなにも、導いてくれるのか。
「……楓乃さん」
「だい、ち……さん」
俺はもう一度楓乃さんを両手で抱き、そっとその身体を抱きしめた。
急なことに驚いたのか、一瞬彼女の身体が強張ったのがわかった。
そうしたまま、頭の中で念じる。――《状態把握》、と。
これは読んで字の如く、《状態把握》という《ダンジョンスキル》の一つである。
これを使用すると、相手の身体状況、体温などが分かる。
ただ、相手に触れつつ念じることが必要なので、普段はほとんど使用しないスキルだ。強いて言えば、毒罠にかかったときなど、自分自身の状況を判断する際に使う。
「楓乃さん、痛みますよね? あばらの骨にひびが入っているみたいです」
「……は、はい」
「あ、ごめんなさい。声を出すのもつらいですよね。ここで、横になっていてください。すぐに済みますから」
「だ、だいちさん……!」
「大丈夫。楓乃さんのおかげで、落ち着きましたから――いってきますね」
俺は背中に装備していた小型バックパックの中から毛布を取り出し、楓乃さんの頭の下に挟む。これで少しは呼吸が楽になるだろう。
「楓乃さん。この企画が終わったら、お話したいことがあります。聞いてくれますか?」
「…………」
俺の言葉に、楓乃さんは黙って頷いてくれた。
その微笑みに、最高の勇気をもらった。
俺は落ち着いた心で、たいきと正対する。
「なんですか? なんか文句あるんですか? さっき言った通り、その女のケガとかは自業自得っしょ。てかむしろ、プラチナ返せっつーの」
「うん、もうなんでもいいよ。キミみたいなクソ以下の汚物に、自分の時間とか労力とか、まぁ要するにコスト欠けてるの、クソ馬鹿らしいからさ」
「……はぁ? 人に使っていい言葉じゃないですね、今の。人間として最低ですよ。炎上必須ですねこれは」
たいきくんはまだ、意気揚々と軽薄な態度でこちらを煽ってくる。
まぁ、うん。もうなんでもいいや。
「最後にさ、握手しない? もう金輪際、無関係ですって意味も込めて」
たいきくんの知能指数に合わせて、俺もいたって軽い感じで提案する。
「? イミフですね。じゃあ僕らの勝ちってことでいいんですか?」
「まぁ、なんでもいいよ。握手のあとのキミが決めればいいよ」
「……いいですけど」
お互いに近付き、俺とたいきくんは握手をした。
ぐっと、強めにその手を握る。
「これだけは絶対に、もう人には使わないと決めてたんだけど――キミは俺の中で、もう人だと思っていないから」
「は?」
「ご愁傷様。せいぜい苦しんで」
自分ができる精一杯の笑みで、俺はたいきくんへと笑いかけた。
そして、危険すぎて使用を禁じていたスキルを、解放する。
「陥れ――『無限悪夢』」
次の瞬間。
空間を引き裂くような高音の悲鳴が、こだました。
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