第81話 バーサーカー大地vs魔物大暴走《スタンピード》
「新米マスクッ!!」
「…………ん?」
「だいっ、新卒メットさん!」
「『キツネドレス』さんから離れろッ!!」
使用可能な《ダンジョンスキル》をすべて使用し、最高速で楓乃さんのいる上層まで戻った俺を待っていたのは。
到底、許容できない光景だった。
壁際まで追い込まれた楓乃さん(キツネドレス)が、般若の面をつけたたいき……いや、ゴミクズ野郎に両手で壁ドンされていた。
彼女の顔はキツネの面でわからないけれど、その細い肩が震えている。間違いなく、怯えている。
怒るのに、それ以上の理由がいるか。
「……今すぐ退けよ。俺こう見えて、結構短気なんだ」
重ねて、俺は言う。
感情が昂り過ぎて、自分で声が震えているのがわかる。
「はぁぁ? おっさんのくせにイキっちゃって、マジ痛々しいっすね」
壁に手を突いたまま、般若のゴミクズがせせら嗤う。マジで般若に謝れよ。
「てかアンタ、準備できてるわけ? この音、聞こえないの?」
「……? 音?」
「ふはっ、アンタが死ぬまでのカウントダウンだよ」
得意げに言うたいきの言葉を無視して、俺は《聴覚強化》を熟練度限界まで使用する。
――耳を澄ませていると、なにやら物々しい“地鳴り”が聞こえてきた。
この音……まさか。
「魔物大暴走か!?」
「その通りでぇーす」
事態を飲み込み、俺は背筋が凍るような気分を味わわされる。
こいつ、意図的に魔物大暴走を発動させたってのか!?
正真正銘の、どクズだ。
「さぁさぁ、新卒さぁーん。どうするんですかぁ? 魔物の大波が押し寄せてきますよぉぉ!?」
「いゃっ!?」
「かっ、キツネドレスさんっ!!」
俺を挑発しながら、ゴミクズたいきは楓乃さんの腕を乱暴に掴んで壁際から離れた。
クソボケがぁぁ……楓乃さんに汚ねぇ手で触ってんじゃねぇぞコラァァ?!
「あー、こんなところにいたら、魔物の波に飲まれてしまうよなぁ。誰かが盾になって、守ってくれたらいいんだけどなぁ」
たいきは猿みたいなキンキン声を発しながら、楓乃さんを掴んだまま移動した。そこはいわゆる、ダンジョン内における“目抜き通り”。要するにメインルート上。
魔物大暴走で発生した魔物たちが、大挙して押し寄せる、いわば地獄の一丁目だった。
「あ! なんか魔物のルート上に、ヘルメット被ったおっさんがいるなぁ? キツネドレスさぁーん、彼、僕らのこと守ってくれるみたいですよぉ?」
「……あー。そういう狙いね」
「っ! に、逃げてください!!」
汚物と大差のないたいきに腕を掴まれたまま、楓乃さんはそんなことを言う。
とびきり不快な状況の中であっても自分より俺を気遣う気丈さに、思わず胸が熱くなる。
「……大丈夫ですよ、キツネドレスさん。俺に任せておいてください」
「……っ!」
「あなたのことは、俺が守ります。いや、守らせてください」
俺は楓乃さんの目を真っ直ぐに見つめた。
「はは、作戦通りぃ! 新卒さぁーん、《分身》使ったら即負けですから、そこんとこお願いしますよぉー!?」
「黙れ。くせぇ息それ以上彼女にかけるな。――殺すぞ」
「……い、言ってろよっ!」
俺は二人に背を向けるように振り返る。
そして、魔物たちが噴出してくるであろう奥へと続く闇を睨む。
深呼吸して、集中力を研ぎ澄ませる。
背後の楓乃さんとクソの状況も意識の端に置きつつ、魔物の波を単騎で迎撃しなければならない。
俺は戦闘系のスキルをすべて、熟練度限界まで解放した。
「……いくぞ」
グオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!
瞬間。
耳障りな咆哮を上げながら、様々な魔物が飛び出してきた。
Dラット、Dカラス、Dボア、Dジカ、Dブル――上級ダンジョンゆえ、若干巨大化した数々の魔物たちが波のようになって群れを成し、押し寄せてくる。
俺は覚悟を決め、マイ警棒を握る両手に力を込め――《狂戦士状態》のスキルを解放した。
頭の中から、おおよそ理性と言える感覚が消失していく。
目の前の動くものを――叩く。叩く。殴る。殴る。消す。消す。潰す。叩く。たたく! たたく! 叩き潰してぶっ潰すッ!!
「オラァァァァッ!!」
自分のものじゃないような荒々しい叫びが耳朶を打つ。
衝動に任せて、感じるままに魔物たちを殲滅する。
攻撃の餌食になった魔物たちの身体が、一瞬で鉄や銅に変わっていく。
「ひゃははは! ウケる! おっさん必死じゃん!!」
「……っ」
背後から、お猿さんみたいなキーキー声が聞こえてくる。
いや、正確に言えばお猿さんと比べるのもお猿さんに失礼だ。
シンプルに、ゴミクズ野郎の発する不快音。
あぁ、魔物と一緒に――ブチコロシテヤロウカナ?
「私たちのためにっ、戦ってくれているっ、あの人を……笑うなッ!!」
「うお、元気いいっすねー。でもあんまり動くと魔物に見つけられちゃいますよ。僕とくっついてないと、魔物にロックオンされちゃいますからね」
楓乃さんの声が、かろうじて俺の理性を繋ぎ止めてくれる。
身の内から溢れる暴力衝動を、なんとか魔物にだけ向ける。
叩け、叩け、叩けッ!!
「ひゃっは、マジでウケるわー。死に物狂いなおっさんとか、本当ギャグ! 後ろから見るってのがいいわー」
「言うな……もうバカに、するなっ!」
集中力が高まったのか、背後で聞こえる楓乃さんとたいきのやり取りが、やけに遠くで聞こえているような感覚になっていた。
「さぁ、あの人どこまで持ちますかねえ? 耐え抜けるかな、単身で魔物大暴走を」
ほくそ笑んでいるであろうたいきの台詞を最後に、俺は目の前の魔物にだけ、意識を絞っていった。
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