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第80話 僕の誘いを断るからいけないんですよ?

「や、やめて! 触らないで!!」


 たいきの手を振りほどき、キツネドレスが二、三歩後退った。

 彼女の肩はあったかくて、柔らかくて、滑らかで――もっと触りたい。たいきは興奮から、身体の芯がゾクゾクする感覚を味わっていた。


「……そんなピリピリしてどうしたんですかー? せっかくなんだし、仲良くしましょうよ」


 たいきが唾液をごくりと飲み込んだ途端、キツネドレスは自らの肩を抱くようにして、こちらに拒否の視線を送ってきた。キツネ面の奥の瞳には、色濃い嫌悪が見えた。

 その拒絶感のある目に、たいきの気分が害される。


 だが、怒りが顔に出ないよう、努めて優し気な声を出す。――警戒してる女には、とにかく穏やかさとスマイルだ――培ったモテテクを使って、たいきはキツネドレスを籠絡ろうらくせんと企む。


「僕、はじめて見たときからキツネドレスさんに憧れてたんですよね。本当、めちゃくちゃ魅力的だなって思ってました」

「…………」

「ほら、銀よーびとサッカー仮面はそれぞれ元タレントじゃないですか。あの二人、紅坂シルヴァと白銀悠可でしょ? まぁ、本人たちが言及してないから、あくまでちまたのウワサですけど。でも特定動画とか見たらバレバレですし」


 たいきは意気揚々と、両手を広げて話す。

 会話相手の警戒を解くには、自己開示が効果的だとインプットされているためだ。


「けどそんな出しゃばりな二人より、キツネドレスさんは魅力的だと思ってたんですよ。マジで、もっともっと前に出るべきだよなって思ってて」


 饒舌に語りながら、たいきは再びキツネドレスとの距離を縮めていく。しかし彼女も、歩幅に合わせて後退する。またもたいきの不快指数が上昇する。


 が、そこで先ほどから飛んでいた撮影用のドローンが去ったのを知覚する。

 運も僕に味方してる――たいきは舌なめずりをした。


「……キツネドレスさん。僕のチャンネルに来ませんか?」


 たいきは自らの中にある“理想のプラン”を披露する。配信者になったときから温め続けていた、とびきりのプランを。


「キツネドレスさんが来てくれたら『新米マスクちゃんねる』を、僕とあなたのカップルチャンネルにするんです。二人でダンジョン配信したり、部屋でイチャイチャする様子とかを見てもらって、憧れの配信者カップルみたいな位置付けを狙うんですよ。そうすれば今以上に、あなたの魅力を世間が知ってくれるし、若い世代にリーチできるし、もっともっと人気出ますよ。そしたらもう、僕ら人生上がりですよ? 一生遊んで暮らせますって」


 たいきは言葉を紡ぎながら、恍惚こうこつとしたたかぶりを感じていた。

 あのたまらない肉体を持つキツネドレスを隣に侍らせながら、悠々自適に暮らすの――想像するだけで、下半身がゾクゾクとした。


「……『るいみみ』の二人は、どうするんですか? 今まで一緒にやってきたチャンネルの仲間ですよね?」

「あーあの二人は別に、ただの大学の同級生ですよ。ヤリサーでたまたま身体の相性良くて。『配信興味あるー』とかなんとか言ってたんで、今まで一緒にやってたってだけです」


 ようやく出てきたキツネドレスからの反応に、たいきは考えることなく返す。

 現状のチャンネルにいる『るいみみ』の存在を気にしたということは、ワンチャンあるかも……たいきの口角が、無意識に上がる。


「キツネドレスさんが来てくれるなら、僕はちゃんと一途になりますよ」


 言い、たいきは顔に着けていた般若の面を額の辺りまで引き上げた。

 そして穏やかな微笑みを、目の前の彼女に贈る。


「……そうですか。わかりました」


 ――手に入れた。

 喜びから、たいきは自らの下品なほどに吊り上がる口角を隠すことができない。


 が。


「――あなたのクズっぷりが」

「…………は?」


 クズ……? 僕が? え、どゆこと?

 ――いきなりの言葉に、たいきは上手く意味を飲み込めない。


「あなたみたいなクズとは、私は一秒だって一緒にいたくありません。それに私には、誰かと比べて、とかじゃなく、どんな私でも、常に肯定してくれる人がいます。そして、その人の隣が――私の居場所だって、私自身がすでに決めていますから」


 やけに通る美しい声で、キツネドレスは言い切った。

 その声が耳朶を打ったとき、たいきのなかでなにかの糸が弾けて飛んだ。


「はぁ…………こっちが下手に出てりゃ、調子に乗っちゃってさぁ」


 この僕の提案する素敵な未来に乗っからないなんて、なんて無知で無能で無価値なんだ……もう、こういう人らは死んじゃってもいいよね?


「あーぁ、間違えたぁー」

「…………?」

「あぁこっちも間違えたぁー」

「……っ!?」


 たいきは気だるげに何度か移動し、わざとらしく足を数回踏み鳴らした。その動きに合わせて、ガチ、ガチ、ガチリと、石と石がかみ合ったような音がした。

 それは、事前に何度も通って調べておいた、トラップスイッチを踏んだ音だった。


 キツネドレスの首筋が、青ざめているのがわかった。


「あなた、なに考えて――」

「僕のスマートな誘いに乗らない、アンタがいけないんだよ。この僕が、可愛がってあげるって言ってるのに」


 焦りの色が浮かぶキツネドレスの声を、甲高いたいきの声がかき消す。その声からは、抑え込んでいた欲望と怒りが滲み出ていた。



「魔物の群れに飲まれて――死んじまえよ!!」



 彼が躊躇なく踏み抜いた罠は――《魔物大暴走スタンピード》。

 開き直ったたいきの顔には、引き裂かれたような歪な笑みが浮かんでいた。


 それはまるで、顔に着けた般若の面が、そのまま表情になったようだった。



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