第79話 恐るべし、ダンジョンネイティブ世代
「やっと離れたか……チャンス到来、っと」
口の端を吊り上げ、たいきはつぶやいた。
目線の先には、懸命に魔物を倒そうと身体を動かしている『新卒メットチャンネル』のメンバー――キツネドレスがいた。
たいきは息を殺し、ダンジョン内の死角を利用して少しずつ、キツネドレスへと近付いていく。
後方から見るキツネドレスの身体は、たいきの若い欲望をたまらなくかきたててきた。
紺色のタイトなドレスに身を包んでいる彼女の上半身、形が良くハリのありそうな胸が、動く度に扇情的に揺れる。
逆に下半身は末広がりのスカートのようでゆとりのあるシルエットだが、生地が薄いせいなのか、臀部の膨らみがとてもいやらしく見えた。
「…………」
たいきは、口の中に唾液が溜まっていくのを自覚した。
はじめて動画で見た時からずっと、あの身体に自分の欲望をぶつけてみたいと感じていた。
思わず舌なめずりして、たいきは慎重に一歩、また一歩とをキツネドレスとの距離を縮めていく。
なぜたいきは、現代最強の探索者とされている『新卒メット』にすら気付かれず、このように行動することが可能なのか。
それは、たいきの《隠密》のスキルの熟練度が、異常に上達しているからに他ならない。
本人としては、この《隠密》というスキルばかり伸びることにはじめは抵抗があった。
たいきは心の底から『とにかく目立ちたい』と考えているのに、なぜか自分の意志とは裏腹に、気配が消えて“目立たなくなるスキル”ばかりが成長したからだ。
まさか、過去に女子から『特徴なくて忘れる』とまで言われた地味顔が関係しているのでは……そんな思考を抱いたことすらあった。そんなコンプレックスを新卒メットに指摘されたときは、本気で殺してやりたいとまでたいきは思った。
だから、たいきは策を弄することにした。
たいきは自分を『切れ者の策士』だと本気で考えている。自分がちゃんと向き合い頭を使えば、成し遂げられないことなどないと心底から信じていた。
だがそこで、他者に迷惑をかけたり傷つけたりしてはいけないという、言うなれば“善悪の判断”といった価値基準が慮られることは、一切ないのだった。
自分が幸せなら、それでいい。
自分以外の誰がどう思おうがどう感じようが、最優先されるべきは、自分の行く道が快感と刺激で満ちていること――それが多様性を認めるってことだろう?
たいきは、そんな思考を持った若者だった。
「キツネドレスさーん。お一人ですかー?」
「ひっ!?」
気配を殺しきり、一生懸命に魔物を屠っているキツネドレスの背後から――その両肩に、たいきは馴れ馴れしく手を置いた。
キツネドレスの身体が、強張ったのがわかった。
◇◇◇
『新卒メットっ!』
「……ッ!?」
楓乃さんと別れ、最下層で悠可ちゃんと合流した直後。
この対決動画の実況者として、そのトークスキルを存分に発揮してくれていたシルヴァちゃんが、鬼気迫る声で突如叫んだ。
急な大音量に耳がキーンとなり、俺は思わず顔をしかめる。
「ど、どうしたの? 銀よーびさん」
『キツネドレスが、危ないかも!』
「えっ」
イヤホンから語られた言葉によって、急にソワソワとして落ち着かない気分になる。
俺が、離れてしまったから……!?
『向こうのリーダー、なんで前線に出てこないのかと思ってたけど、どうやらなにか悪だくみしてるみたいなの! 上層で安全マージン取ってるキツネドレスに、今ちょっかい出してきてるのよ!』
「あんの野郎……っ!」
クソ、あほんこたいきの野郎……!
というかどうして、楓乃さんと離れる前に気づけなかった?
ダンジョン内にいるときは、常に《気配感知》を使用しているのに。
まさか……それに対抗する《ダンジョンスキル》、例えば《隠密》や《攪乱》などのスキルを持ち、しかも高レベルに熟練度を上げていたということなのか?
確かに、なかなかの手練れである『るいみみ』の二人を束ねていると考えれば、リーダーであるたいきくんも相応の実力があるというのは、違和感のない話だった。
……恐るべし、ダンジョンネイティブ世代。
汚い手じゃなくきちんと対等に、真正面から正当に競い合えたなら、きっと切磋琢磨することができただろうに。
「サッカー仮面さんっ! この辺り、お任せしてもいいですか!?」
「はいっ! お任せくださいですっ!!」
シルヴァちゃんの声に従い、急ぎ上層へ戻るため、共闘していた悠可ちゃん声をかける。
「ありがとう! サッカー仮面さんも、絶対に無理はしないでください!」
「おけですっ! ここはわたしに任せて先にいけ、ですっ!!」
悠可ちゃんは俺に眩しい笑顔を見せながら、最下層の魔物らを歯牙にもかけず屠りまくり、軽やかに鉄や銅などの金属を大量に排出させていた。
俺はその笑みにひとまず安心し、スキルを全開にして上層への道を急ぎ戻る。
「楓乃さん……今行きます!」
俺は胸騒ぎを落ち着けるため、誰にも聞こえない声でつぶやいた。
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